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泉鏡花『花間文字』 現代語リライト  作者: らいどん


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2/2

(あとがきにかえて)

 現在読み進めている鏡花全集巻二十七、小品の部では、


『術三則』(明治三十九年二月)

『聞きたるまゝ』(明治四十年二月)

花間文字(かかんのもんじ)』(明治四十一年四月)


 と、漢籍からの逸話を紹介する短文が、ほぼ一年置きの間隔で三篇続いている。

 独自の解釈が施されているわけでもなく、ただ内容を紹介するだけの文章なので、それほどの意味があるとは思えないのだが、三篇を続けて読むと、職人的な技能や教育に内容が偏っていること、一貫したその傾向が最後の『花間文字』に集約されていることに気づく。

 このとき現実の鏡花は、高学歴、かつ留学経験ありの文豪たちが幅を利かせる明治の文壇に、高等小学校やミッション・スクール中退という貧しい学歴の身で果敢に斬り込んでいたわけで、父親の家業から受け継いだ職人技能的な創作姿勢という武器を磨いていくしかなかった。そんな、最も心を占めていた劣等感とそれを振り払おうとする士気が、三篇の内容に反映されたのだ、という見方もできる。

 上の三篇の流れには、意識的にか無意識的にか、弓道や画道の求道者が常人の理解を超えた達成を示すさまが繰り返されているのだし、『花間文字』に至っては、晩唐を代表する文人を平伏させることになる。


 すでに明治三十三年、生涯の代表作の一つとなる『高野聖』を世に問うていた鏡花が、時流の迫害を受けて三浦半島の逗子へと、一種の流刑の憂き目に遭っていた時期(明治38.7下旬 - 42.2)に書かれたものだが、不当に過小評価された身を嘆きつつも、自身の創作術にかんしてはますます自信を深めていく過程が如実に表れた三篇の並びではないか。


『花間文字』に登場する韓湘には、あきらかに鏡花自身が重ねられていて、自身を白皙(はくせき)の美少年にたとえるナルシシストぶりは毎度のことながら、その彼が見せる技もまた、絢爛とした花のイメージに彩られる。

 その一方で疫病がはびこる僻地へ左遷された韓愈にも、その時点での自身の立場が重ねられているかのようで、今に見ていろという決意がみなぎっているように思える。

 韓湘が韓愈を慰めて言った「(いた)むこと(なか)れ、(われ)()る、(きみ)(つつが)あらず、(かつ)(ひさ)しからずして朝廷(てうてい)(また)(きみ)(もち)ふ」という予言は、鏡花に対しても的中したのである。



 韓愈の詩「左遷至藍關示姪孫湘示」の一節は『黒百合』(明31)でも引用され、『紅雪録』(明37)でも「藍関(らんかん)より来るべき汽車を待ちつつ、秦嶺(しんれい)の嶮を説くなりけり」と、修辞として使われている。おそらくは鏡花は、何度も読み返した愛着のある話として、これを挙げたようだ。

 左遷されるにあたって、わざわざ逢いに来てくれた姪孫(てっそん)の湘へ、韓愈があらためての別れを告げた詩なのだが、その韓湘が超能力者めいた異能の持ち主だったという伝説がからんで、『花間文字』の内容のようなファンタジスティックな物語が派生したのだろう(陝西省西安市には八仙の一人である韓湘を祀った湘子廟があり、逡巡酒を作ったと伝わる井戸「香泉」が残っている)。

 韓愈と韓湘のエピソードは複数の書物にかたちを変えて記されているようで、鏡花がどれを基にして本作を書いたのか、中国の古典に馴染みのない私などにはわからないのだが、細部の類似からして、おそらくは『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』巻十九にある逸話と、『太平記』六「無礼講事付玄恵文談事」が主になっているのではないか。



 リライト訳の訳文は、鏡花の文章に基づいた自由な解釈で、一つ一つの語義を正確に汲んだものではありません。

 この結末は、まるでホルヘ・ルイス・ボルヘスの『パラケルススの薔薇』ではないかと、鮮やかな花びらのイメージを楽しむために、自分に馴染んだことばで書き直してみました。


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