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心が読める少女の物語  作者: A
一章 -出会い-
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席替え -誠-

 

 朝起きて、飯を食って、学校に行く。

 授業を受けて、家に帰る。ゲームをして、寝る。


 たぶん、俺の人生はそれで足りている。


 何かを変えたいと思ったこともない。

 変わらないことに、不満を覚えたこともない。

 毎日が同じなら、余計なことも少ない。


 そういう考え方は、もしかしたら少し年寄りくさいのかもしれない。


 席替えで「学校一のマドンナ」とやらの隣になったと、隆と健介に騒がれても、正直なところ、実感はなかった。


「お前さ、運だけは妙に強いよな。ステータス極振りかよ」

「ただの確率論だ」

「くー、俺ならこの機会、絶対無駄にしないのに」

「何を無駄にしないんだよ」

「そりゃお前、青春をだな」

「今で十分楽しいだろ」


 健介が大げさに肩を落とし、隆が横で笑う。


「まあ、誠は無駄にしない以前に、そもそも動かないからな」

「動く必要がないだけだ」

「それを動かないって言うんだよ」


 隆はそう言って、少しだけ俺を見る目を細めた。


「お前、昔からそうだよな。人のこと見てるくせに、踏み込むのは遅い」

「どの話だよ」

「別に。一般論」

「都合のいい一般論だな」


 健介が、机に肘をついたままこちらを見た。


「でもお前、ああいう子に興味なさそうだよな」

「興味以前に、よく知らない」

「そこから始めるんだよ、普通は」

「普通は大変だな」


 チャイムが鳴った。

 隆と健介は、まだ何か言いたそうにしながら自分の席へ戻っていった。


 隣の席なんて、せいぜい半年。

 普通というのなら、大した交流もなく終わるほうが、普通だ。


 よくわからないものに、わかったような顔で近づくのは苦手だ。

 近づいていい距離を間違えるのも、嫌だった。


 昔、妹の早希に同じようなことで怒られたことがある。

 泣いているように見えたから理由を聞いたら、「聞かれたくないから黙ってたのに」と言われた。

 慰めるつもりで伸ばした手が、相手にとっては余計なものになることもある。


 それ以来、俺は少し待つようになった。


 仲良くならなければいけないわけでもない。

 話さないことに、意味はある。


 だから、今回もそうなると思っていた。





◆◆◆◆◆





 翌朝。


 いつも通り、ぎりぎりの時間に教室へ入った。

 隣の席は、まだ空いている。


 鞄から教科書を出して、机に突っ伏す。

 チャイムまで寝る。

 それが、たぶん一番効率のいい朝の使い方だった。


 目を閉じかけたところで、廊下のざわめきが近づいてきた。


「ふぁあ……ねむ」


 顔を少し上げる。


 教室の入口に、人だかりができていた。

 待ち構える女子と、偶然を装って近づく男子。

 他クラスの連中まで混じっている。


 誰かが名前を呼び、誰かが鞄につけたキーホルダーを褒め、誰かが用もないのに通路を塞ぐ。


 その中心を、一人が通り抜けてくる。


 背筋を伸ばしたまま、速度を変えずに。

 女子には柔らかく、男子には淡々と。


 同じ笑顔なのに、返し方だけが少しずつ違う。


 器用というより、慣れているんだろうと思った。

 慣れなければ、たぶん通れない道なのだろう。


 蓮見透。

 昨日から俺の隣の席になった女の子。


 学校一のマドンナ、という呼び方は隆たちが勝手にしているだけだと思っていた。

 入口の様子を見る限り、どうやらそうでもないらしい。


 彼女は何人かに短く返事をして、最後に小さく会釈して、人だかりを抜けた。


 そして、俺の隣に座る。


「……おはよう、蓮見さん」


 隣になる以上、挨拶くらいはしておく。


「おはよう」


 短い返事。

 それで終わりだと、もう一度机に伏せようとして――視線に引っかかった。


「…………」


 顔を上げる。

 蓮見さんが、こっちを見ていた。


 いや、見ているというより、「観察している」という表現のほうが近いかもしれない。


 入口で振りまいていた完璧な笑顔とは違う。

 無表情というほど冷たくはない。


 何かをじっと探るような、妙に無防備な目だった。


「……何かついてる?」

「え? ……ううん、何も」


 昨日も、似たようなことを聞いた気がする。


 一応、髪を触る。

 寝癖は、たぶん大丈夫だ。


 今度こそ寝ようと、視線を外す。


 ――なのに。


 もう見られていないはずなのに、視線だけがそこに置き去りにされたみたいだった。


 背中でもなく、顔でもなく。

 もっと曖昧なところに、引っかかっている。


 気のせいにするには、少しだけはっきりしていた。


 横目で確認する。


 蓮見さんは、もうこちらを見ていない。

 教科書を開いて、いつも通りの、隙のない綺麗な顔をしている。


 さっきの探るような顔のほうが、よっぽど不自然で――人間らしかった。


(……まあ、いいか)


 考えかけて、やめる。

 理由もわからないことを考え続けるのは、得意じゃない。


 机に突っ伏す。

 その直前、もう一度だけ横目で見る。


 蓮見さんは、教科書を開いていた。

 姿勢も、表情も、もういつも通りに戻っている。


 ただ、さっきの目だけが妙に残っていた。

 見られていたというより、何かを確かめられていたみたいな目。


 理由はわからない。

 わからないまま、俺は机に額を預けた。



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