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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第三章 トールデ街編
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領主さまの使い、がやってきた!

短い話



村の入り口が、何やら騒がしかった。

私は夜遅くまでスレイマンと「土から塩だけを取り出し粘土状の土を畑に適した物に変化させるにはどうすればいいか」を論じ、試行錯誤していたため寝坊した。


確か今日は領主さまの所から冬の館に向かい入れる子供を連れて行くため使いの者がやってくる日、の筈。


起こしたら呪われそうな程穏やかな顔で寝ているスレイマンの布団をかけ直し、私はそっと家を出る。太陽はもう直に真上に来るというところ。いやぁよく寝てしまった、と反省しつつ騒がしい方へ進んでいく。


「あ!エルザちゃん!!!魔術師の旦那は!?」


村の入り口、大きな広場になっているところには人だかりができていた。皆心配そうに人だかりの中心の方を見ているが、私に気付いた村人がスレイマンも一緒でないことに顔を曇らせる。


「遅くまで魔術式の研究をしてて、まだ起きてこないですけど……」

「あぁそうか……旦那ならなんとか、いや、でも相手はお貴族様の使いだ……やっぱり俺たちは黙っていう事を聞くべきなのか……」


話しかけてきた村の男の人は頭を抱え、顔を顰める。

それで私はなんだかよくない事が起きていると考え、人垣をかき分けていく。


「マーサさん!!?」

「エルザちゃん……!!」


中央にいたのはこれまでこの村や、時々くる隣町の人間、その雇われの傭兵たちとは明らかに身なりの違う人間だった。綺麗な色の付いた布、丁寧に縫われ、刺繍がされている。髪は整えられ、私の目にも「おしゃれなのだろう」とわかる帽子をかぶっている。


貴族の使い、という言葉は正しい。なるほどうちの村を管轄する領主殿は、田舎の村に使いに出す者にさえこうして綺麗な恰好をさせるだけの余裕があるのか。


……うちは塩もまともにないのに!!!


「なんです、この小汚い小娘は」


使者の物色するような眼が上から下まで私をじろじろと無遠慮に眺める。水商売をしていた前世だってこんな風に不躾に見られることはなかったが、あれはきちんと私を人格のある人間扱いしてくれる人たちが相手だったのであり、貧しい村の子供を見る貴族の使用人の目、というのは、まぁこういうものかもしれない。


「村娘です」


名前を言っても覚える気がないのはわかっている。私は丁寧に服の裾を軽くつまみ頭を下げてから、マーサさんの様子を見る。


そしてその頬に殴られたような跡があるのを見つけ、瞬時に叫んでしまった。


「…………ワァアアカアアイァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!うちの聖女が殴られてんぞぉおおおおおおぉおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

「っ!!!?ヒ、ヒィイイ!!!!?」


私の叫び声と共に、ドドドドドッドドドッドドドドドとどこかからか地響きのような、重々しい蹄が何度も何度も怒りで大地にぶつけられながらこちらに向かってくる音がする。


「ヒ、ヒ、ヒィイイ!!!!!?な、な、な、なん、なん、なんだ!!?何なんだぁアアア!!!!!?」


どうもごきげんようからこんばんは、野生の転生者エルザです。


一瞬でワカイアたちに囲まれ荒い鼻息を間近に浴び尻もちをついている使者殿を一瞥し、私もフンス、と鼻を鳴らした。


「すいません、分別のつかない愚かな村の小娘なので、使者殿がうちの特産品でありおそらく領地にとっても貴重な魔法種ワカイアたちに頭蓋骨とか踏みつぶされそうになっても、止めません。すいません小汚い小娘なので。マーサさんに謝ってくれたら考えますけど?」

「だ、誰が村娘などに!!私は使者だ!私は領主さまの代理人!私の言葉は領主さまの言葉である!領主さまは今年もこの娘を館へ連れてくるようにと仰せだ。それをこの娘は…!!断るなど!!」


この状態でもまだ自分は正しいと信じ貫く気か、きつくマーサさんを睨む使者殿。ワカイアたちの嘶きがあちらこちらから上がった。


ワカイアたちの為に道を開けてくれた村人たちは「そうだ、マーサさんは行きたくないって言ったんだ!それを無理矢理!!」「いくら領主さまだからって!」「去年この村が酷いことになった時、何もしてくださらなかった!」と怒りを沸かせている。


普通に考えて、確かに領主からの使者に逆らうのはまずい。ここは素直にいう事を聞いて、マーサさんは今年も冬の館に行くべきだろう。

だが去年の悲劇、そして今年は初めて悲しみという感情を消されず怒りを覚えることもできるようになった村人たちが冬を越す。どんなことが起きるかわからない。


だからこそ、次の村長候補であり、村人たちに信頼されているマーサさんは村にいたいと考え、私もマーサさんは村にいるべきだと思っている。


村の事情も聞かずに「領主さまの決めたことだから」と腕を掴んで連れて行こうとしたら、それは抵抗するだろう。


これまでは従順だった村人たちの抵抗に使者殿や、馬車に乗る御者が驚いているのはわかる。


「わ、私に手を出せば……領主さまの怒りを買うぞ!!こんな村などすぐに潰してくれる!!」

「聖女の結界のある泉を守るワカイアを皆殺しにする、ってことですか、それ」


この村に手を出すということはワカイアという魔法種を敵に回すことだ。

それを知らぬ領主ではないはず。


なぜならば私は、クロザさんの件で領主という貴族を疑っている。


クロザさんは領主さまからの手紙により、この村のワカイアの秘密や聖女の結界の存在に気付かされていた。クロザさん本人はそうは思っていないだろう。


だが私には、領主が、何か自分の都合のためにクロザさんを唆していたのではないかと、そんな予感があった。考えすぎかもしれないが。だが、私はあの事件の最初の最初、そもそもなぜクロザさんがドゥゼ村に来たのか、その最初の理由を、クロザさんの話をこの数か月、何度も思い出して、そして領主を疑った。


なんか最初から、いろんなことを全部仕組んだのは領主ではないか、そんな予感さえある。


「領主さまにお伝えいただけませんか?ちょっとこの村、今いろいろ大変なんですよ。恙なく、例年通りのワカイアの体毛をこの村から出荷した方が領主さまにとってもよろしいかと思いますので、どうか、今年は放って置いて頂けませんか、と」


言えば使者殿の顔が怒りで真っ赤に染まった。


「ぶ、無礼な……!!」

「申訳ありません。三歳児なので。出来る限り丁寧に言ったんですけど。お許しください」


心底反省している、という顔をし頭を下げるが、自分がこんなこと子供にやられたら間違いなくバカにされていると思う。


自分が正しいと思いそれを通すために女の子を殴るヤツだ。私は敵意しかない。


「エルザちゃん……」


私の傲慢な態度にマーサさんが心配そうな顔をする。


「!!?」


突然、ワカイアたちがキィイイイィイイと普段けして上げない奇声を発した。

私は身構え、目の前の使者が何かする気配でもあったのかと顔を向けるが、使者もその奇声に驚いている。


「ッ、エルザちゃん!!!!!」

「マーサさん!!!!?」


私の遥か頭上から、マーサさんの悲鳴のような声が上がった。


上!?


慌てて声のした方を向くと、そこには翼の生えた獅子にまたがりマーサさんを抱き上げている騎士のような男がいた。


「クリストファ様のご命令通り、速やかにこの娘を館へ連れて行く。何をごたごたと遊んでいる?グスタフ」

「……っ、はみ出し者が」


騎士風の男は使者と同じく領主の配下らしい。だが使者は仲間の登場に苦い顔をしている。自分ひとりでできたはずのものを、手柄を横から攫われたようなそんな顔だ。


私はマーサを案じて鳴くワカイアたちを宥めながら上空の男に叫ぶ。


「この人攫い!!マーサさんを返してよ!!」

「ふざけた言い分だ。身の程をまるで弁えていないあまりにも見当違いな非難だな。この村は領主様のものであり、領に住むすべての民は領主様のものだ。主が必要な時に手に取って使うのは当然だろう」


男は私を子供と侮る目をしていなかった。

大人たちをかき分けて、貴族の使者相手に魔法種を従えて挑んだ私をきちんと「抵抗者」だと認識している目だった。


騎士の乗る獅子の翼が大きく動く。


「私は先に館へ戻る。貴様はノロノロと地を這っているがいい」

「この……言わせておけば!!セレーネ様のご結婚が決まれば貴様など!!」


何やら職場の人間関係、色々大変らしい。


口論にもならぬ、まるで相手にされていない使者を一瞥することもなく騎士はマーサさんを連れて去っていく。大きな翼の獣はすぐに見えなくなってしまって、私は茫然と立ち尽くした。



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