第四十六話 王女の晩餐会
セレノア王国 王都カリストラ郊外。
王都から馬車でしばらく進んだ森の中に、王室所有の離宮が建っていた。
淡いクリーム色の石造りの建物は二階建てで、庭園に面した側には列柱が並んでいる。赤褐色の瓦屋根の下、玄関へと続く石畳の両側には花壇が設けられていた。
日本国使節団の一行が到着すると、王女イレーネ・アルカイア・セレノアが玄関前で出迎えた。
「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。どうぞ、お入りください」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
使節団の代表が礼を述べ、一行はイレーネに案内されて建物の中へ入った。
広間の壁は白とクリーム色を基調とし、腰壁には濃色の木製パネルが使われている。床には淡い色の石材が敷かれ、中央には大きな絨毯が置かれていた。
彫刻を施した家具や刺繍入りのカーテンが、室内に落ち着いた華やかさを添えている。
壁際の飾り棚には、陶器やガラス器、銀製の花器、小さな彫刻などが並んでいた。
「見事な調度品ですね。こちらは王室で代々使われているものですか」
「そういったものもございますが、私が集めた品が多いですね」
イレーネは飾り棚に目を向けた。
「こちらの陶器は南部の工房で作られたものです。そちらの銀細工は西方から届いた品ですね」
「各地の工芸品を集めていらっしゃるのですね」
「ええ。土地によって作り方も模様も違いますから。気に入ったものを見つけると、つい手元に置きたくなってしまうのです」
使節団の一人が、壁に取り付けられたランプを見上げた。
「こちらのランプも、室内の調度によく調和していますね」
「ありがとうございます。セレノア国内で作られている魔導具なんですよ?」
「魔導具……となると、魔力を使って明かりを灯すのですね」
「はい。最近は貴族の邸宅などでも、よく見かけるようになりました」
「国内で量産されているのですか。他にも、同じように量産されている魔導具があるのでしょうか?」
「そうですね……。私も生産の詳しいところまでは存じませんので……」
「我が国では魔導式小銃と山砲を国内で設計し、製造もしていますよ」
背後から声がした。
一行が振り返ると、第二王子ニコラウス・アルカイオス・セレノアが侍従を伴って歩み寄ってきた。
「兄上。いらしてたのですか」
「少し遅くなった。邪魔をしたか?」
「ちょうど、魔導具の話をしていたところです」
「そうか。日本の方々にも、我が国の魔導技術に関心を持っていただけたのだな」
ニコラウスは使節団に向き直った。
「ただ、量産できる魔導製品となると、今のところはその程度ですね」
「魔導技術の民生利用は、まだ限られているのですか」
「ええ。魔導ランプのようなものはありますが、ほかの分野ではなかなか進んでいません。兵器を作ることには熱心でも、民間の工場で魔導技術を使おうという動きは鈍いのです」
「それは、技術者や生産設備が不足しているのでしょうか」
「それもあります。ですが、そもそも民間で使う魔導具を量産するという考え自体が、我が国ではあまり広まっていないのもあるでしょうな」
ニコラウスは壁の魔導ランプに目を向けた。
「魔導技術は、兵器を作るためだけのものではありません。民間の産業にも取り入れれば、生産技術も発展するでしょう。結果として、軍の装備も改善されるはずです」
「国をさらに発展させるためにも、民間産業を育てていく必要があるとお考えなのですね」
「その通り。軍だけでなく、国全体の技術を底上げしたいのです」
「もう、兄上はそういう話になるといつも長くなりますね」
「重要な話じゃないか」
「ええ、それは分かっています。でも、今日はせっかく皆様をお招きしたのですから」
「……そうだったな。失礼した」
ニコラウスはそう言って、軽く頭を下げた。
イレーネは使節団のほうに向き直って、微笑んだ。
「皆様、どうぞお食事の続きをお楽しみください」
広間の壁際には、料理を並べた長卓が設けられていた。焼いた肉や魚、香草を添えた野菜料理、チーズやパン、果物などが並んでいる。
庭園側の扉は開け放たれ、テラスにも料理や飲み物が用意されていた。森から吹き込む風が広間を通り抜ける。
広間の一角では、四人の演奏家が弦楽器を奏でていた。二挺のヴァイオリンにヴィオラ、チェロを加えた四重奏だった。
「素晴らしい演奏ですね」
「ありがとうございます。宮廷楽団の方々に、今夜のために演奏をお願いしたのです」
「弦楽四重奏ですか。落ち着いた曲ですね」
「お気に召されましたか?」
「ええ。こうした演奏を聴きながら食事を楽しめるとは、贅沢な時間ですね」
「良かったです。私もこの方々の演奏が好きなので」
「今夜の曲は、宮廷でもよく演奏されるものなのですか」
「はい。古くから親しまれている曲です。舞踏会などでは、もっと華やかな曲も演奏されますよ」
「それも聴いてみたいですね」
「機会があれば、ぜひお聴きください」
イレーネは使節団を庭園側のテラスへ案内した。
庭園の先には森が広がり、木々の間を小さな水路が通っている。その途中には石造りの噴水があり、水が静かに流れていた。
「こちらの庭園も、よく手入れされていますね」
「ありがとうございます。森の景色を残したかったので、庭園はあまり広げていないのです」
「この水路はどこから引いているのでしょうか」
「森の中に小さな水源がございます。そこから水を引いて、庭園に巡らせているのです」
「自然の地形を生かしているのですね」
「ええ。季節によって花も変わりますし、ここから森を眺めるのが私は好きなんです」
イレーネはテラスの手すりに手を添えた。
「王宮は大勢の方が訪れますから、どうしても堅苦しくなってしまいます。こちらでは、もう少し気楽に過ごせますので」
「王女殿下にとって、くつろげる場所なのですね」
「そうですね。私のお気に入りの場所です」
その後も、イレーネは各地の工芸品や料理について使節団と話を続けた。ニコラウスも産業の話題から離れ、セレノアの歴史や周辺諸国との交流について説明した。
晩餐会は穏やかな雰囲気の中で進み、日本使節団はセレノア王国の宮廷文化に触れる機会を得た。
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