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薔薇は満月に咲かない  作者: Rii
第1幕

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13/24

第13話 王になれない家

回廊を抜け、静かな謁見室へ入ると、重い扉が背後で閉じ、広間のざわめきが完全に遮断された。


ルカリウスは扉の外に立った。踏み込まない。それが護衛の線引きだった。


音が消えると、光の白さだけが際立つ。高窓から差し込む白い光が磨かれた床を冷たく照らし、青い衣を纏った男の輪郭を静かに縁取っていた。


セラフィオンは一定の距離を保ったまま、先に頭を下げた。その所作には無駄がなく、卑屈さもない。ただ、正確だった。


「先ほどの提案が性急に映ったのであれば、謝罪します」


声音は澄んでいる。余裕はあるが、誇示はしないその態度に、ローゼリアはゆるやかに目を細めた。


「愛人契約のことかしら」


「私はあなたを利用するつもりはありません。ただ、守れる立場に立ちたい」


その一言で、空気がわずかに変わった。研究者の理論ではない。家を背負う当主の声だった。


「アストラ家は王族と並び得る血筋です。ですが──王位には触れない。それは建国以来、一度も破られたことのない掟です」


淡々とした説明。その裏に、個人的な時間が滲む。


ローゼリアが返す言葉を探すより早く、セラフィオンの青い瞳がほんのわずかに揺れた。王になれない──その言葉の奥には、幼い頃から積み重ねてきた時間が沈んでいる。


──白い光の中、青の記憶が浮かぶ。



◇◇◇



まだ背丈の低い少年。黒髪は今より短く、青い瞳は素直で、隠すことを知らない。


「王女殿下を守るのは、私の役目です」


星図を抱えながら、母上に胸を張って言った。自分より二歳年下の、白薔薇の庭園で一度だけ会ったことのある王女。


「早く……また、お会いしたいな」


婚約者という言葉を、疑いなく未来だと思っていた頃。けれど──双子の王子が死んだあの日。王家から直系の男子が消えた。


同時に、アストラ家に受け継がれる掟が二人を引き離した。王になってはならない。王配となってもいけない。アストラ家は“支える側”として生きる。


「もう……会えないのですか」


婚約は、静かに消えた。消えたのは紙の上だけで、感情まで消えたわけではない。


生きているのに、死者として扱われる。それが、王女から遠ざかるために許された唯一の方法だった。


死んだことにされたのは、最も波風が立たないからだ。生きていることは、時に罪になる。


守るということは、時に、手放すことでもある。



◇◇◇



高窓から落ちる白い光が、セラフィオンの青を静かに現実へ引き戻す。


「それだけではありません」


青い瞳の奥に、かすかな熱が宿る。


「あなたが何かを背負っていると感じたからです。あなたの周囲で、異変が強まっている」


ほんのわずか、衣の内側で指先が動いた。星詠みの盤に触れてはいない。けれど、観測者の本能が反応している。


「私は研究者です。異常は放置しない。そして王族の血は、無防備であるべきではない」


ローゼリアは瞳だけをわずかに細めた。


「満月を待つのであれば、それまで近くで守ります」


ローゼリアの瞳が鋭くなる。


「……なぜそれを知っているの?」


「古い血統の家なら、断片は知っています」


セラフィオンはそれ以上を語らなかった。


「愛人契約は、形式上の盾として有効だと思います」


肯定でも拒絶でもない。事実の確認だった。


「それは私が決めるわ」


ローゼリアのその一言で空気が締まった。


「あなたは“近くに立つ権利”を得るだけ。満月の夜、私が誰を選ぼうと、あなたは口出ししないで」


はっきりとした線引きの提示だった。


「それを決めるのは元からあなたです」


セラフィオンは、目を逸らさない。


「私は王族の血を守る立場にある。あなたの“選択”を尊重することも、その一部です」


そこで言葉を切った。セラフィオンの視線がふとローゼリアの右手へ落ちる。小指に浮かぶ紫の薔薇。


「……困りましたね」


「え?」


「いえ、何でもありません」


ローゼリアは息を吐くと、まっすぐと青い瞳を見つめた。


「形式上の契約は、認めるわ」


「あなたを縛るつもりはありません」

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