第40話 海の見える執務室で
新しい執務室の窓からは、港の先までまっすぐ海が見えた。
帳簿棚、公開板の控え、検品札の箱。そして窓際には、小さな丸卓が一つ置かれている。昼をまたいで仕事をする日が増えるだろうと、私が最初に頼んだ家具だった。
その卓に、今日は二人分の昼食が並んでいる。白身魚の香草焼きと、豆の温菜、澄んだ魚介スープ。港の仕事を象徴するような、飾りのない献立だ。
「執務室らしくなったな」
アーベルが窓辺に立つ。私は椅子を引きながら答えた。
「食事ができるので、かなり」
彼は小さく笑い、それから卓の向かいではなく隣へ来た。
「エレナ」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「港の再建はまだ続く。艦隊も、通商も、また面倒を増やすだろう」
「ええ」
「それでも、君の隣にいる立場を、仕事以外の言葉でも決めたい」
呼吸が止まりそうになる。けれど視線は逸らさない。
「正式に、婚約を申し込みたい」
提督らしい、回りくどさのない言葉だった。私は少しだけ笑ってしまう。
「条件があります」
「聞こう」
「私は通商長を続けます。席も印も手放しません」
「望むところだ」
「海の見える卓は、ときどき私が先に使います」
「それも構わない」
即答に、今度は私のほうが笑った。
「では、お受けします」
窓の外では、整え直した灯台が昼の光を返している。保険簿の嘘も、市場の濁りも、前ほど簡単には戻れないだろう。私は匙を取り、隣に座る人の気配を確かめる。
追い出された先で終わるはずだった人生は、海の見える執務室で続いていく。




