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第二十四話 『神』の指示

 史上最悪の迷惑コンビが仕掛けた悪趣味なゲームの舞台で、史上最も危機感のない英雄たちは、いつも通りの混沌を繰り広げていた。

 氷の壁から現れた醜悪な魔物は、なおも不気味な唸り声を上げ、一行を威圧し続けている。

 だが、その威圧は、アイリスを除いた全員に全く効いていなかった。

 ギルは幻影と殴り合う気満々で拳を鳴らし、ジーロスは芸術論をぶち、テオは商売の算段を立て、シルフィは怪物の食生活を心配している。

(ああ、もう…! 私の仲間たちは、なぜこうも一筋縄ではいかないのでしょうか…!)

 アイリスが頭を抱え、この破天荒なメンバーをどう率いていけばいいのか途方に暮れかけた、その時だった。

 彼女の脳内に、外部のノイズが嘘のように消え去った、クリアで冷徹なノクト()の声が響き渡った。

『―――新人、聞こえるか。第一フェーズの解析が完了した』

 その声は、まるで超難関レイドダンジョンの攻略法を見つけ出した、伝説のプロゲーマーのような、絶対的な自信に満ちていた。

(神様!)

『まず、この空間の構造だが、奴らの魔力で王城の物理法則から完全に切り離されている。レイラの氷結魔法がフィールドの「骨格」を、ミストの幻術魔法が「内装」と「イベントフラグ」を制御している、複合型のインスタンスダンジョンだ。ご苦労なことだな』

(は、はあ…ダンジョン、ですか…)

『そうだ。そして、奴らが提示した「三つの試練」というのは、このダンジョンに配置された三つのクエストに相当する。あの氷壁に浮かび上がった紋様が、それぞれのクエストゲートだ。火の紋様、氷の紋様、星の紋様…芸のない三属性。呆れるほど古典的だ』

 ノクトは、アイリスの脳内に、彼が解析した広間の立体マップを直接投影した。

 そこには、分断された各区画と、それぞれの区画に配置されたアイリス分隊のメンバー、そして三つの「クエストゲート」の位置が、完璧な精度でマッピングされている。

『さて、ここからが本題だ、新人。この三つのクエストを攻略するための、最適なパーティー編成を伝える。俺の指示通りに各ユニット(メンバー)を配置しろ。これは、このクソゲーを最短でクリアするための、唯一の最適解だ』

(は、はい!)

 アイリスは、背筋を伸ばして脳内の声に集中する。

 ついに、神託が下されるのだ。


『まず、一つ目の試練。「火の紋様のゲート」だ。内部構造の解析によると、物理的な破壊力と、確率論的な思考が要求される。よって、このクエストには二つのユニット(メンバー)を割り当てる』

 ノクトの思考が、マップ上のギルの駒とテオの駒をハイライトした。

『タンク兼物理アタッカーとして、ギル。奴の「剛力」のステータスは、このパーティーでは突出している。単純な物理障壁の破壊には、奴以上に適した駒はない』

(ギルさんは、分かります。ですが、なぜテオさんを…?)

『テオは「神官」のクラスでありながら、信仰心はゼロ。その代わり、「金銭欲」と「詐欺的思考」のパラメータが異常に高い。奴の商才とは、すなわち、最小限のリスクで最大限のリターンを得るための、超高速な確率計算と状況判断能力だ。ミストが仕掛けるであろう、小賢しい確率の罠や心理的な駆け引きに対して、奴のその歪んだ思考は、最高のカウンターとなるだろう』

(さ、詐欺的思考がカウンター…)

 アイリスは、神のあまりにドライで的確な分析に、もはや反論する気も起きなかった。


『次に、二つ目の試練。「氷の紋様のゲート」。ここは、術者の美的センスと、空間認識能力を狂わせることを目的とした、トリッキーな迷宮となっている。ここにも、二つのユニット(メンバー)を割り当てる』

 今度は、ジーロスとシルフィの駒が、ノクトの思考によって選択された。

『まず、ジーロス。奴の「光輝魔術」は、幻術に対する一定の耐性を持つ。だが、それ以上に重要なのは、奴の「過剰な自意識と歪んだ美学」だ。ミストの幻術が作り出す「美しい罠」に対して、奴は「僕の美学に反する!」という、極めて個人的な理由で、罠のロジックそのものを無視、あるいは破壊する可能性がある。いわば、バグ技のようなものだ』(バグ技…)

『そして、相方にはシルフィを付ける。いいか、新人。ここが最重要ポイントだ。奴の「絶望的な方向音痴」は、一見、最大の弱点に見える。だが、この迷宮において、それは最強の「チート能力」と化す』

(ええっ!? 方向音痴が、ですか!?)

 アイリは、思わず素っ頓狂な声を上げそうになった。

『そうだ。ミストの迷宮は、常人の論理的思考や空間認識能力を逆手に取って、迷わせるように設計されている。だが、シルフィの思考回路には、そもそも「論理」や「空間認識」という概念が存在しない。故に、迷宮の罠が一切機能しない。シルフィが「こっちが近道です!」と進んだ道は、ほぼ百パーセントの確率で、制作者が意図していない正規ルート外の隠し通路、すなわちショートカットだ。シルフィは、歩くバグ報告者なのだよ』

 神の、あまりに常識を超えた分析。

 それは、アイリスの悩みの種であったシルフィの欠点を、最強の長所であると断言するものだった。


『最後に、三つ目の試練。「星の紋様のゲート」だ。ここは、このゲームのメインクエストであり、ボス部屋に繋がっている。挑むのは、お前一人だ』

(私、一人で…?)

『当たり前だ。お前は、このパーティーの主人公であり、俺が直接操作するプレイヤーキャラだからな。安心しろ。俺の完璧なナビゲートがあれば、ラスボスだろうと、開始三十秒でハメ技に持ち込んでやる』


 全ての指示が下された。

 あまりにゲーム的で、あまりに人間味のない、しかし、恐ろしいほどに理路整然とした作戦。

 アイリスは、深呼吸を一つすると、仲間たちに向き直り、神の言葉を、できるだけ穏便な表現に翻訳して伝え始めた。

「皆さん、聞いてください! これから、三つの試練に分かれて挑みます!」

 彼女の凛とした声に、混沌としていた仲間たちが一斉に注目する。


「まず、ギルさんとテオさん! お二人は、あの『火の紋様の扉』へ向かってください! ギルさんの力と、テオさんの…その、機転を利かせた判断力が必要な試練です!」

「おお! ついに我が剛力を見せる時が来たでありますか! お任せください、姉御!」

 ギルが、嬉々として拳を打ち鳴らす。

「ひひひ…! 俺の機転、ねえ。まあいいだろう。で、その試練をクリアしたら、報酬はどのくらい貰えるんだ?」

 テオは、すかさず報酬の確認を始めた。


「次に、ジーロス様とシルフィさん! お二人は『氷の紋様の扉』へ! ジーロス様の美学と、シルフィさんの…その、独特の感性が、きっと道を切り開いてくれるはずです!」

「フン、僕の美学が必要なのは当然だね。だが、この方向音痴のエルフと組むのかね? 僕の完璧な行軍の足を引っ張らないか、心配だよ」

 ジーロスは、扇子で顔を隠しながら、露骨に嫌そうな顔をする。

「わあ! ジーロス様と一緒なのですね! よろしくお願いします! 私、今度こそ迷子にならないように、頑張ります!」

 シルフィは、能天気にぺこりとお辞儀をした。


「そして、私は、一人で、あの『星の紋様の扉』へ向かいます」

 アイリスがそう宣言すると、ギルが血相を変えて反対した。

「なっ、姉御を一人で行かせるなど、断じて認められんであります! このギルがお供します!」

「いえ、これは、リーダーである私が、一人で挑むべき試練なのです。…大丈夫です。私には、見守ってくださる方がいますから」

 アイリスは、仲間たちを安心させるように、力強く微笑んだ。

 その笑みの裏で、(この神様、絶対に見守るんじゃなくて、コントローラー握る気満々だわ…)と、遠い目をしていることには、誰も気づかなかった。


 神の指示は下された。

 奇妙な組み合わせのパーティーは、それぞれの決意(と欲望と勘違い)を胸に、不気味な紋様が浮かぶ、それぞれの試練の扉へと、ゆっくりと歩みを進めるのだった。

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