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第十九話 王宮舞踏会への招待状

 王都の喧騒から切り離された、どこか異質な空間。

 そこは、レイラとミストが自らの魔力を結合させて作り出した、一時的なアジトだった。

 眼下には、彼らの魔力が作り出したオーロラに覆われた王都のミニチュアが、不気味な光を放っている。

「フフフ…見たまえ、レイラ。我々の才能が融合すれば、世界はかくも美しく、そして脆い盤上となる」

 ミストはミニチュアの王城をつまむような仕草をしながら、悦に入っていた。

「ええ。ですが、次の舞台はもっと華やかでなければなりませんわ。アイリス様を私のコレクションにお迎えするための、最高の舞台が必要です」

 レイラはうっとりとミニチュアを眺める。

 彼女の頭にあるのは、あくまでアイリスという至高の芸術品を、いかに美しく手に入れるか、ということだけだった。

 二人の目的は同じようでいて、その実、微妙に異なっていた。

 ミストは、アイリスという究極のライバルを、知略の限りを尽くしたゲームで打ち負かすことを望んでいる。

 一方、レイラは、アイリスという存在そのものを、永遠に凍てつかせ、独占することを渇望している。

「次のゲームは、もはや小手先の謎解きでは通用しない。奴の、あの異常なまでの攻略速度を封じるには、奴の思考そのものを、盤上へと引きずり出す必要がある」とミストは言う。

「ならば、最高の舞台を用意するまでですわ。誰もが注目し、誰もが逃げられない、華麗なる舞台を」とレイラは応じた。

 そこで二人の意見は、完璧に一致した。

 アイリス・アークライトという「主役」を、最も輝かせ、そして最も追い詰めることができる舞台。

 それは、王侯貴族が一堂に会する、王宮の舞踏会に他ならなかった。

「フフフ…国王陛下ご本人に、私たちの舞台の演出家になっていただきましょう。これ以上のサプライズはありませんからな」

 ミストの歪んだ芸術家のプライドと、レイラの狂気に満ちた独占欲が、王国そのものを巻き込む、次なる迷惑行為の計画を静かに練り上げていた。


 その翌日。国王レジス・ソラリアの執務室は、戦場と化していた。

「陛下! 北方からの魔力通信が、またしても文字化けを! これでは、防衛計画に支障が出ます!」

「商業ギルドからは、決済用の魔力通信が遅延し、多額の損失が出ているとの報告が!」 大臣たちが次々と上げる悲痛な報告に、レジスは深いため息をつき、こめかみを強く押さえた。

 二人の魔族の共闘は、彼が想定していた以上に、王国の機能を蝕んでいた。

 その、疲労困憊の国王の目に、ふと、一瞬だけ虹色の光がよぎった。

 それは、常人には決して知覚できない、ミストが仕掛けた高度な幻術の始まりだった。

「…静まれ」

 凛とした、しかしどこか芝居がかった声に、大臣たちは一瞬、言葉を失う。

 国王はゆっくりと立ち上がると、窓の外に広がる王都を見下ろし、高らかに宣言した。

「今こそ、祝賀の宴を開くべき時だ! 我らが英雄、聖女アイリスとその仲間たちの偉業を称え、魔王討伐を記念する、王国史上、最も盛大な舞踏会を催すのだ!」

「へ、陛下!? 今、舞踏会と仰いましたか!? この国難の最中に、そのような…!」

 財務大臣のボードワン卿が、血の気の引いた顔で抗議する。

 だが、国王は聞く耳を持たなかった。

 彼の瞳は、どこか虚ろで、しかし熱狂的な光を宿している。

「何を言うか、ボードワン。民が不安に沈む今だからこそ、希望の光を示すのだ! それが王の務めであろう! 費用など気にするな! 国庫の全てを注ぎ込み、最も豪華で、最も芸術的な一夜を演出するのだ! これは、決定事項である!」

 その有無を言わせぬ迫力と、普段の彼からは考えられない浪費家のような発言に、大臣たちはもはや何も言うことができなかった。

 王は、まるで何かに憑かれたかのように、次々と指示を出し始める。

「アイリス分隊の者たちには、主賓として、国王の名において正式な招待状を送れ。一枚一枚、黄金の装飾を施した、最高の物を用意させよ!」


 その、あまりに場違いで、あまりに豪華な招待状がアイリスたちの元に届けられたのは、その日の午後のことだった。

 アイリス分隊の作戦会議室では、国王から与えられた全権をどう行使すべきか、議論(という名の混沌)が繰り広げられていた。

「姉御が国王陛下から全権を委任されたからには、話は早いであります! 今すぐあの迷惑コンビの居場所を突き止め、このギルが原子レベルまで粉砕してくれるでありますぞ!」

 ギルが拳を握りしめ、部屋の壁を震わせる。

「ノン、ノン! ただ破壊するだけでは、美しくない。彼らの醜悪なコラボレーションアートを、僕の光魔法で浄化し、真の芸術とは何かを教えてやるべきだね」

 ジーロスは扇子を広げ、あくまで美学にこだわる。

「ひひひ…どっちでもいいが、奴らを捕まえたら、見世物にして金を稼げねえかな?『史上最悪の迷惑コンビ・イン・王都大監獄』! こいつは儲かりそうだぜ!」

 テオは、すでに次のビジネスプランを練っていた。

 そんな混沌とした空気の中、一人の王室執事が、恭しく豪奢な招待状を差し出した。

 アイリスが受け取り、その封を開くと、中から現れたのは、国王の署名が入った「魔王討伐祝賀記念舞踏会」への招待状だった。

「舞踏会…? この、大変な時にですか?」

 シルフィが、純粋な疑問の声を上げる。

 招待状に書かれた、あまりに華やかで、芝居がかった美辞麗句の数々に、アイリスは即座に危険を察知した。

(――神様! これは…!)

 彼女が脳内で呼びかけると、即座に、苛立ちに満ちたノクト()の声が返ってきた。

『…ああ、見た。王城全体の魔力監視網に、ミストの幻術の残滓が干渉している。奴ら、国王本人を操り人形にして、この茶番劇を仕組んだか。面倒なことをしやがる…!』

 やはり、罠だった。

 国王は、二人の魔族に操られている。

 この舞踏会は、アイリスたちをおびき寄せるために用意された、巨大な舞台なのだ。

『新人。その招待状は、古典的なゲームにおける強制イベントのフラグだ。奴らが作り上げた盤面に、我々を強制的に参加させるためのな。断れば、国王への反逆と見なされる。受ける以外の選択肢はない』

 ノクトの分析は、冷徹で、そして的確だった。

 アイリスは、仲間たちに向き直り、静かに告げた。

「この舞踏会は、レイラとミストが仕掛けた罠です。陛下は、彼らの幻術に操られています」

 その言葉に、ギルは激昂し、ジーロスは眉をひそめ、テオは「王様まで操るとは、大した奴らだ」と妙な感心を見せた。

 彼らは、それぞれが、この理不尽な招待状に、怒りと闘志を燃やした。

「罠だと分かって、のこのこ出かけていくということでありますか、姉御!」

「ええ。ですが、ただ参加するのではありません」

 アイリスは、黄金に輝く招待状を、強く握りしめた。

 その瞳には、聖女としての慈愛ではなく、神の駒として戦場に赴く、一人の騎士としての、鋼の決意が宿っていた。

「これは、奴らからの挑戦状です。ならば、私たちも、それに応えなければなりません。彼らが用意した舞台で、彼らのルールで戦う必要はありません。…これは、私たちの、反撃の舞台です」

 史上最悪の迷惑コンビが仕掛けた、悪趣味なゲームの幕が上がろうとしていた。

 だが、その舞台の主役は、もはや彼らだけではなかった。

 『神』の怒りを代行する聖女と、個性豊かすぎる英雄たちが、その理不尽な脚本を、根底から書き換えるために、静かに、そして力強く、反撃の狼煙を上げたのだった。

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