8 君の行く道は
エピローグです。
神殿のある街の、門の外。
黒髪を一本の三つ編みにしたリリアムが、藁色の髪をした騎士ソーンパスに最後の別れを告げていた。
「誰が知らずとも、自分自身が知っています。
罰を望むこと、それは、罰を受けて償うことで、許しを請うことに他なりません」
目の前にいるソーンパスに、というよりも、まるで自分に語りかけているような口調だった。
「相手がいないのに、どう許しを請えばいいのか、わたしにも分かりません。だからといって」
目を合わせ、決して反らすことなく、奮い立たせるように言い切った。
「何もしないでいいわけがありません。
だから。
人に尽くして、生涯かけて尽くし通して野に果ててしまえば、その頃には諦めもついているのでは、思っています。
それでもし、途中で他に良い考えが浮かべば、それを実行したら良いだけのことです。
いずれにせよ」
リリアムが心の底から溢れんばかりに、祈る、祈る、祈る。
鐘の音のように響き渡る福音が、ソーンパスの胸中に打ち返す波のごとく途切れることなく鳴り響く。
「神様は、見ておられます。声一つ伝えることもできない、何もできない神様ですが。
ずっと、見放すことも見捨てることもせず、いつだって見守って下さってます」
――奉仕の旅へ出よ。人に尽くせ、生涯かけて尽くせ、野に果てるまで尽くし通せ。
二代目の遺した言葉。
「奉仕の旅を、罰とします。一生、茨の道を歩くという、きっと報われることの無い重い罰です。
それでも、こんなにも見守られているのですから、心折れることなく、やり通せると信じています」
一度振り返って礼をした後は、二度と振り返らず去っていく背中を、リリアムは静かに見送った。
見守るしかできない、何もできない無力な神と同じく。
リリアムが後ろを振り返ると、少々目つきを悪くしたアンダロと目が合った。
「先ほどの話、一体誰に対しての罰ですか、リリアム様」
一生に渡る奉仕の罰、それは、その行動は。
「誰に言われずとも、自分の罪は自分が一番よく知っています。
挫けそうになった時は、ケイトちゃんを、お嬢様を、思い出します。
……こんなわたしに付き合わせてしまい、アンダロ様には……」
「リリアム様の専属護衛騎士、誰にも譲るつもりはありませんよ。
そうではなく。貴女も、ソーンパス殿も、罰を受ける筋合いは無いと、僕は思うのですが」
申し訳なさそうな表情を浮かべるリリアムに、アンダロが何度となく繰り返した言葉を口にする。
「哀れにも彼らの犠牲になってしまった方々へは、僕も祈らせていただきますが。
彼らに関しては、彼ら自身の行動の責任を取らされただけだと、一生そばにいて何度だって言いますから、覚悟しておいてください。
さて、それでは一旦、街へ戻りましょう。殿下とロサ嬢が、お別れ会の準備をして、待ってますよ」
一生、とさらりと口にしたアンダロが、リリアムに手を伸ばし――リリアムはそっと、その手に自らの手を重ねた。
~・~・~
五年後。
魔獣の被害に曝される辺境の地で。
襲い来る魔獣たちの前に真っ先に駆けつけ、盾となって人々を守り、決して退かないという騎士の噂が、人の口に上るようになった。
十年後。
魔獣の被害に曝される辺境の地に。
褪せた藁色の髪をした騎士の『癒し手様』がいると噂になり、人々が集うようになった。
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昔、昔の言い伝え。
まだ人も少なく、町も砦も姿形さえ無く、この辺りが辺境と呼ばれていた頃のお話。
騎士の『癒し手様』が、人々の剣として身を捧げ、盾となって人々を守り、この地の礎となったという。
これにて、完結です。
サブタイトルは、卒業シーズンのあの歌から。何故、君は行くの、と。
事件解決までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。