最終話 新たな日常
俺はカインを殺したあの日からずっと宿で、1日に22時間寝るというコアラの如く怠惰を貪っていた。
もうあの場所には戻れない。そう思う度にやるせなさが増していく。
魔界で特訓を続ける毎日もつまらなくはなかった。
それでも、あの夢のような数ヶ月に比べるとやはり面白い日々だったとは言い難い。
あの日常に戻りたい。
しかし、それは叶わない。
カインに壊されてしまった。
いや、カインはきっかけに過ぎない。結界を壊して学校を破壊し、それを俺がやったと裏付けるようにカインに殴りかかり、挙げ句の果てに弁明もしようとせずに逃げ出した。
カインの部屋から奪ってきた証拠を出せば俺の正当性は認められるだろう。
しかし、それはあくまでも誤解が全て解けるだけだ。
王城に侵入したのはそれで正当化されることでもないし、返り討ちの形とはいえ王族を殺したことはまずかっただろう。
しかも、それで例え罪が全て不問となっても、フェルとセラリアが以前と同じように接してくれるとは思えない。
なんたって兄弟が殺されたのだ。
フェルにとっては、ずっと仲良くすることを夢見たかわいい弟。セラリアにとっては、長年一緒に辛い訓練を積んできた兄。
例え自分の命が狙われていたとしても、2人は俺がカインを殺してしまったことを怒るだろう。
俺はずっと王城に行くことができなかった。
▼
コンコン。
俺の泊まっている部屋のドアがノックされたのはカインを殺してから4日ほど経った日の真昼。
「…………あーい」
長い沈黙のあと、めんどくさいと思いながらも俺は返事をする。
そして入ってきた人物の顔に驚きを隠せない。
それは、もう二度と会うことはないと思っていた人物。
その人物は長い銀髪を揺らしながら静かに入ってきた。
そして―――俺に抱きついた。
「どうして私たちを置いて行っちゃったのよ……」
フェルの予想外の一言に俺は戸惑う。
「怒っていないのか……?」
「だから怒ってるわよ!どうして置いて行っちゃったの!?」
怒気からか口調が強くなる。
「違う、そうじゃない、俺が聞いているのはカインのことについてだよ!」
俺は罵倒されることを覚悟した。
しかし、対する反応も予想外のものだった。
―――さらに強く抱きついてきたのだ。
「だってリンクは私を守ってくれたのよね?」
「違う、そうじゃない、俺は自分が殺されるのが嫌であの結界を壊したんだ……あれのせいで多くの人が死んだ。俺のせいだ。全部俺のせいなんだよ!」
俺は涙を流しながらそう言った。
泣いたのなんて初めてだ。
多くの人を殺した罪悪感に?フェルの優しさに?
恐らくどちらもだろう。
「だけど、そのおかげで私は助かった。リンクが守ってくれなかったら私は今頃死んでいたわ」
ああ、どうしてこんなに優しいのだろう。
愛する兄弟が死んで悲しくないはずがないのに、それなのに俺を慰める。
「ありがとう、リンク。ありがとう」
彼女の言葉に涙がとめどなく溢れてくる。
「ありがとう。私と友達になってくれて」
入学式直後の話だろうか。
「ありがとう。私を救ってくれて」
合宿のときの話か。
「ありがとう。私を助けてくれて」
フェルの言葉の一言一言に思い出と感謝が込められていて。
フェルの思い出と感謝の気持ちがどんどん溢れてきて俺を包み込む。
フェルの優しさに涙が止まらない。
「好きよ、リンク」
俺はフェルの胸に抱かれて泣き続けた。
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フェルに連れられて久しぶりに宿から出る。
そこには仲間たちがいて、優しく微笑んでいた。
俺はなんて良い仲間を持ったのだろうか。
心からそう思う。
俺のせいで全てが壊れたというのにいつものように笑ってくれる。
それが本当にありがたかった。
▼
俺はサイギルの王城に来ていた。
今回の件について報告するためだ。
俺は発端から全てを伝える。
カインに手紙で呼び出されたことから始まり、王城に忍び込んだときのことまで全てを詳細に話す。
証拠を差し出すと、「今回のことは不問にしよう」と国王が言ってくれた。正直ありがたいが意外でもある。
そして俺はもうひとつ目的があってこの王城に来ていた。
「差し出がましいお願いだということは理解しておりますが―――」
そう、これは国の重要機関を破壊し、王子まで殺した俺にはあまりにも差し出がましいお願い。
「―――フェルを俺の嫁にくれませんか?」
フェルが綺麗な蒼い瞳を見開く。
「うむ、わしはフェルさえ良ければ良いぞ」
国王の答えは意外だった。
俺は自分の頬が朱くなっているのを自覚しながらフェルの方を向く。
フェルは満面の笑みでただ一言。
「はいっ!」
その笑顔は今までで一番美しい笑顔だった。
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修理された学校。
そこには新たな、そして平和な俺達の日常があった。
この作品はここで完結とさせていただきます。
ここまでお付き合いいただいた方々、本当にありがとうございました。
ノロアほとんど何もしなかったな……。