第九話―馬鹿笑いの夜―
・各話基本的に3000字くらいで文量をユルく書いていきます。
・更新は本編優先なので不定期です。
・本編で煮詰まったり、息抜きしたい時にちょこちょこっと書けるものが欲しくて書いています。
夕闇に包まれた外界とは隔絶される洞窟。
陽の当たらない場所は、朝であろうと昼であろうと夜であろうと変わりはしない。
差し込む陽光も入り口だけであり、それも太陽の場所によって左右され、この龍洞ではもっとも太陽が傾く時がもっとも奥まで光が差し込む時でもあるのだが、それでも入り口から最初の部屋まで続く道の半分にも満たない位置までしか届きはしない。
それでも苔を生すには弊害であったらしく、毎日陽の当たっていたそれらの場所と、そうでない場所とでは明確な境界線を有するように確かな違いが生じていた。
洞窟内に転がっていた死体は、その光を求めるように倒れていたのかもしれないが、過去にこの場所に転がっていた骸を埋葬し、その行いによって処刑されたレイテ村の者たちも足を踏み入れることが出来たのは、その陽が当たる場所までだった。
その境界を越えて踏み込めば、自分達もそこへ引きこまれてしまい、二度と戻ってこれない。
光とは人にとって最も身近な加護をもたらす存在であり、同時にそれによって生み出される影は人にとって最も身近な恐怖を生み出す存在。
身近な『影』でそれだけの恐怖をもたらすのだから、人にとって『闇』とはどれほどの恐怖をもたらすのか。
人々はそれに包まれてしまわれないように、夜に火を焚き光を生み出し恐怖を乗り越える。
得体の知れないモノから、自分達を生活圏を守ろうと必死に抵抗する。
人間の多くはあらゆる面で弱く、不完全で、未完成で、未熟な生き物だ。
だからこそより強く、より完全なものへ、より完成した存在へとなるべく貪欲な向上心を見せる。
その器は欲望に満ちやすく、精神は脆弱に壊れやすく、志は安易に捩れる。
だが、人間は繁栄する。
どれだけ強大な敵と相対し、薙ぎ払われ、根絶やしにされようとも。
人間は必ず復活し、それを打ち倒す。
百年前まで猿と変わらない存在であったとしても、百年後は予想がつかない。
短命な寿命故なのか、まるで生き急ぐ突発性の猛菌のように生と死を繰り返して変化を模索するのだ。
人の命など鍛治師の金槌が打ち据えるられる時に生じる火花のような、一瞬の輝きでしかない。否、その命の大半が輝きを放つことさえなく、消えていくのが大半だ。
だがしかし、時にそれは強烈な輝きを放つ。
長命な寿命を持つ種族が、一生を懸けても届かないほどの眩い輝きを放つ。
多くの人間は取るに足らない有象無象の存在であり、悪に染まり易く怠惰なモノへと堕ちる。
しかしながら、そんな中に存在するからこそ、それは一層の輝きを放つのだろう。
運命を変えた、始まりの巫女。
運命を導いた、終わりの巫女。
あの時代を隔てた二人の同一なる巫女を筆頭に、文字通り天地を爆砕し、神魔を滅した動乱を生き抜いた人間――全ての種族の者たちは美しくも気高く輝いていた。
幼き小兵から年老いた老兵までも、その命を燃やし尽くさんと、金槌が振り上げられ打ち据えられる。そんな刹那的な刻限を走り抜けて、打ち据えられると同時に燃えて逝った。
悔恨と慙愧に慟哭しながらも、仲間に看取られて――あるいはその屍を踏み越えられて逝って、逝って、逝って、逝った。
歴史に名を残すこともなければ、次代に子孫を残すこともなく、種子を抱えた綿毛が燃える炎に呑まれて意味も無く消え去るように、何一つこの世界に生まれた痕跡すら残せずに死んでいった。
しかし、それでもなお、あの人間たちは進むことを止めなかった。
まるでそれこそが、己たちが持つ唯一無二の強さであるかのように、諦めずに命を散らしていく。
神にも魔王にも屈すること無く、ひたすらに抗い続けた。
――素晴らしい、ではないか。
他の種族にそれが出来ない、とは言わない。
だが、いつだってそれをなして来たのは、間違いなく人間だ。
なんと業の深い生き物なのであろうか。
醜くも美しく、儚くも揺ぎ無い。
まるで矛盾という器に混沌を詰め込み作り上げたような存在。
無限の可能性を持ちながらも、多くがそれを試すことなく死んでいく。
性急な成長を模索し続け、僅かな生涯の果てに次世代へと託し続ける。
昔はそれらが不可思議でならなかったが、今は理解出来ている。
だからこそ、命を懸けて成し遂げたのだ。
その事に関しては後悔はない。
幾星霜の果てに手にした勝利は、全てあの巫女たちが勝ち得たものだ。
無様な敗北をすすぐために立ち、ただ一つの誓いのためだけに戦ったのは己の為だった。
あの時、自壊する女神に一矢報いたのは、数百年に渡った戦いを語る者が必要だったから。
――否。
真実とはもっと単純なものだ。
まるでらしくもなく、理にも適っていない個人的な感情。
それを認めたのは――認められたのは、死の間際だったのだろう。
あの一瞬が、その一瞬が、どれほどに尊いものだったか。
だからこそ――これなのだ。
深層心理に燻るのは、紛れも無く――なのだ。
◇◆◇
「――な? 旦那? おーい旦那!」
「――イーゼルか、どうした?」
何度目かの呼びかけでようやく反応を示した黒龍に、イーゼルは肩眉を上げた。
寝ているような様子もなかったが、呼びかけても反応がなかった。
何か深く考え事をしていたのかもしれないが、いつも隙の無い御仁であることを知ってるだけに、その様子は少々不可解だった。
「何度か呼びかけたんだけど、精神をどっか飛ばしてたりしてたのか?」
「……いや。そうか、呆けていたか。この我が」
可笑しそうに言葉尻に笑気さえ滲ませて、巨大なアギトの口角を上げるクロウシスに驚きながらも、イーゼルは少し調子を狂わされながら頭を掻く。
クロウシスが可笑しげな様子が治まるのを待ってから、イーゼルは口を開く。
「用っていうか、確認なんだけどよ。村娘のトリアちゃんに石操兵の存在権限を丸々全部渡してただろ? アレって何でなんだ? 指示権限くらいなら分かるけど、存在権限ってのは穏やかじゃなくね?」
ゴーレムのような無生物の使役構築物を生む出した場合、それを操る権限が生じる。そのあらゆる権限は創造主たる生み出した者が持つのだが、他人にそれやそれの一部を預けることもできる。
単純かつ基本的な指示を与えれるのがここでいう『指示権限』に当たり、『自壊』、『創造主への攻撃』、『他者への指示権限の貸与または譲渡の不可』、『創造主によって予め設定された禁則事項に触れる命令』などは命令できないが、それ以外のことなら指示権限を貸与された者の指示に従う。
イーゼルが言っている『存在権限』は、その四つの事項すら可能であり、完全にあの五体のゴーレムの存在そのものを丸々受け渡したに等しいことなのだ。
「あんなか弱い村娘に園丁用みたいなもんとはいえ、ゴーレムを五体あげてどうすんだ?」
疑問を真っ直ぐにぶつけると、クロウシスは黄金の眼を僅かに細めた。
「――どうするつもりだったと思う?」
「……お? おいおい旦那、質問に質問で返すのは、よくねぇんじゃねないか?」
まだ付き合いそのものは浅いのだが、それでも今のような礼節を失する物言いはこの黒龍らしからぬものだった。
不審そうな目で見上げると、クロウシスはクスりともせずにもう一度言った。
「どうするつもり……いや、どうなると思った?」
その言葉を受けて、イーゼルはクロウシスが言わんとしていることを理解した。
結果的には質問に質問で返すための質問ではなかったのだが、限りなく質問に性質を持ったその回答はまるで謎掛けのようなものだった。
イーゼルはすぐにその答えを探すべく、口をへの字に曲げて腕を組み、首を傾げた。
「ふーん、なるほどなぁ。非力な上に無知で無垢な存在が、ある日突然に、しかも本人が自覚しないまま強力な力を持ってしまったら、どうなるか、どうするか――か」
その状況を意図的に作り出せば、その結果の一例を見る事ができる。
なるほど。
これは一つの事象を研究・考察するにはもってこいの状況だ。
「すげーな、旦那。俺が介入したせいでゴーレム達は強制待機になっちまったけど、今からでも再起動してトリアちゃんにノシ付けて渡してくるかっ!」
「うむ、恐らく三日もすれば動きが出るだろう。楽しみだな、イーゼル」
「まったくだ。こりゃー面白くなるぜ」
人相が悪くなったイーゼルがニヤりと笑みを浮かべ、それを見下ろすクロウシスもまた尊大に顔を上向けて目線だけをイーゼルへと落とし、二人は邪悪な笑みを浮かべて哄笑した。
「あーはっはっはっはっ!」
「ふはははははははっ!」
腰に両手を添えて大笑いする魔道師と、それを見下ろして笑う黒龍は大いに笑った。
龍洞の広間が僅かながら震動するほどに、両者が無意識に込めた微弱な魔力を帯びた笑いの波動は、洞窟の壁面にぶつかり乱反射してやがて山を轟かすほどに増幅した。
鳴動するレーゼ山の中心部で、二者は一頻り笑っていたが、その終わりは唐突だった。
「――なわけないだろ」
「――当たり前だ。手間を取らせたな」
突然イーゼルが真顔になって、寸瞬前までの件を全部まとめて蹴っ飛ばすと、クロウシスもまたいつも通りの調子で本の貢を捲った。
「結局のところはウッカリってことなのか? なんかそれはそれで全然らしくねーんだけどさ」
訝しげに自分を見上げてくる魔道師に対して、黒龍は簡潔に答えた。
「戯れだ」
「ふーん。まぁいいけどよ、俺はこれからレイテ村の鎮魂祭に行ってくるわ。旦那も来るか?」
「遠慮しておこう。亡き主を弔う祭事の場に間借りの居候風情が伴うほど、我の面の皮は厚くはない」
「そんな堅っ苦しく考えなくていいと思うけどねぇ」
責める、というよりはつまらなそうにイーゼルが口を尖らせるが、クロウシスが黙するとそれ以上食い下がるようなことはなかった。
堅い考えだと思う一方で、筋の通ったことを言っていることも理解しているからこそ、残念な思いはあったが無理強いするようなこともなかった。
イーゼルが大人しく一人で村へと向かうべく踵を返したところで、クロウシスは本から投影される文字列から視線を切って広間のとある一点に視線を移した。
壁に設置されたものと足の長い燭台に灯る青い魔炎が照らし出す中、その場所だけは床材である黒曜石など問題にならないほどにドス黒い闇が染み付いている。
その一角を一瞥したクロウシスは、入り口へと消えようとしている青い魔道師の背に声を掛けた。
「待て」
「お? っとと、おぉ?」
急な声に振り向くと、受け止めるのに丁度いい位置と強さで何かが投げて渡された。受け止めて手元を見てみると、そこには手の平に乗る大きさの、龍洞の入り口前に置いてある黒龍を模した石像があった。
手の平に乗った小さな黒龍を見た後に、視線を上げて広間の奥に鎮座する本物の黒龍に意図を視線で尋ねようとするが、その時にはクロウシスは再び投影された文字列へと視線を落としていた。
「ふーん?」
イーゼルはどこか嬉しそうに、そして楽しげに口元を歪めると、そのまま鼻歌を歌いながら出て行った。
青い背が通路の闇へと消えたのを確認し、クロウシスが本の貢を捲りその文字を吸読していると、通路の奥から慌てた様子でイーゼルが戻ってきた。
「そうだそうだ! 旦那、トリアちゃんに石操兵なんだけどよ。今後村にゴーレムを貸し出す時は今回作った個体を貸してやってくれよな! それと、あの中の一体を俺にくれっ! 何だよ専用機って、格好良すぎるだろ! 欲しいのは青な! 青っ! もう名前も決めてあるからよっ! じゃあ伝えたからな! マズい、腹減ってきた!」
トタバタと出て行くその背を一瞥し、クロウシスはフンと鼻を鳴らす。
そして第一の間で強制待機になっているゴーレムたちを再起動させて、ここに戻ってくる命令を飛ばしてから再び投影された文字列へと視線を戻し、ほんの僅かに口角を上げる。
「騒々しい男だ……」
龍洞は静寂に包まれた。
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