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第十話―鎮魂祭・表―

・各話基本的に3000字くらいで文量をユルく書いていきます。

・更新は本編優先なので不定期です。

・本編で煮詰まったり、息抜きしたい時にちょこちょこっと書けるものが欲しくて書いています。

 燦然たる太陽が完全に没し、魔性の月が夜空へと浮かび上がる。

 人々は魔と夜の象徴である月を忌むこともあるが、今宵ばかりは亡きレーゼの盟主を弔わんが為に、平素であれば村人は各々の家で夕餉の準備を行い、納屋などで明日の仕事に向けての支度が行われているはずの時間。

 だが、今夜は村の全員が住居と農場の境にある広場に集まっていた。


 女たちは炊き出しを行い、男たちは即席の櫓を建てて鎮魂のために行う演奏用の楽器を用意していた。

 鎮魂祭ではあるものの、人々の表情は決して暗いものではない。むしろ生まれた時から背負わされていた見えない業を、今ようやく果たすことが出来るとという喜びが滲んでいた。

 不快に思っていたわけではないし、忘れ去りたいと思っていたわけでもない。


 レーゼの麓、最も龍洞に近い場所で世代が何度移り変わろうとも、レイデの者たちは子供に孫にと、木漏れ日の下で、夕食後の団欒の最中暖炉の前で、昔話をせがまれた夢枕で。

 レイテの者たちは語り部を絶やすことなく、忘れることのないように、悲劇が繰り返されることのないよう、悔恨が風化してしまわないよう、それらを日々追い迫る重圧として感じていたわけではない。

 忘れずることなく語り継ぎ、心に秘めて想うことこそが自分だちに唯一出来ることだと信じていたのだ。


 今、数百年に渡って秘め続け語り継いできた想いが、一つの節目として成就しようとしている。


「あ、イーゼル様っ!」


 集落側から鎮魂祭の会場である広場にイーゼルが訪れると、いち早くそれを発見したトイトとトリア駆け寄ってきた。その声を聞いて、他の村人たちも現れた魔道師の男に友好的な笑みを浮かべていた。


「よう、お招きありがとう」


 気安く片手を上げて挨拶すると、二人は嬉しそうに笑った。

 二人は最初に村長のヨイテルとシグと共に龍洞を訪れ、率先してイーゼルの提案した龍洞内の片付けと、戦没者の埋葬を手伝ってくれたこともあり、イーゼルに対して他の村人よりも近く接している。

 村で三番目の規模を誇る牧場を持っているため、トイトはそちらの世話を優先しなければいけなかったが、トリアに関して言えばほぼ全日作業に参加していたと言っても過言ではない。


「二人とも俺の思いつきに付き合わせて悪かったな、ありがとう」


 そう言って頭を下げるイーゼルに二人は慌てたように両手を首を横に振るが、その息の合った兄妹の仕草にイーゼルは苦笑しつつ二人の肩に手を置いた。


「特にトリアちゃんは毎日参加してくれてたよな。トイトもトリアちゃんをこっちに付きっ切りにさせちまってすまなかった。普段は牧場の手伝いをよくしてたんだろ?」


「いえ、トリアが望んでやったことですから、イーゼル様が気に病むようなことではないですよ。それに龍洞内に討ち捨てられていた躯の埋葬と、それを果たしてのレグイア様の鎮魂はレイテの悲願でした」


 そう言って建築された櫓の下、三段重ねの石段式祭壇に村人が列を成し、代わる代わる祭壇に『祈竜草』と呼ばれる植物を一束備えては、跪いて両手を固く結んでは深く頭を垂れて祈っていた。

 幼い子供たちは見よう見まねではあったが、その他の村人は献身的に、そして龍が為に祈ることが出来る喜びと、長き外的因習を払拭できることを噛み締めているようだった。


「イーゼル様、ようこそおいで下さった。あっちに村長が席を設けておりますんで、どうぞおいでください」


 イーゼルが来村したことで広場に俄かにざわめきが起き、様子を見に来たシグが三人の姿を見つけて声を掛けた。シグはトイトたちに頷き、イーゼルを案内するために北口から向かって祭壇の左側にある宴席へと案内した。


 宴席には陶器に入れられた酒と、慎ましくも食欲をそそるご馳走が用意されていた。

 村を代表して一番に祭壇での礼拝を済ませた村長のヨイテルがおり、その側には埋葬の際に祈りを捧げていた村唯一の牧師がいた。

 二人は並んで座り、感慨深そうな表情で祭壇で礼拝をする村人を見ていたが、シグと共にイーゼルが現れたのを目にすると、二人は顔を綻ばせた。


「おぉ、ベレイエ様。ようこそおいで下さいました」


「礼拝もつつがなく進んでおります」


「あーそのままそのまま、二人とも村の前途を現役で担う身なんだから。それに俺なんて単なる野良魔道師なんだし、そんなに畏まらなくていいぜ」


 立ち上がろうとする二人を手で制すると、イーゼルは二人の勧めるままに宴席の一つに腰を下ろした。そして目の前に置かれた料理に顔を綻ばせると、隣に座る二人の老人に目を向けた。

 ヨイテルは儀礼用の古い民族衣装を身に纏い、牧師の男も小奇麗な法衣を着ている。こんな時でなければ、恐らく王都にでも招かれない限り着る機会がないのではないかというくらいに、二人にとってはまさに一張羅と言うべき服だった。


「両御仁、クロウシスの旦那から言伝で、『龍洞内の整備及び埋葬ご苦労。今宵の鎮魂祭でレイテの者に真の安息が訪れ、同胞レグイアの御魂が鎮まることを祈る』って旨のことを託った」


「おぉ、新たなる盟主様の御言葉、ありがたく存じます」


「まこと、この度のことはレイテに住む者の悲願でございます」


 村の中でも最も威厳ある二人の年寄りが敬意を払い、年長者である二人に対しておよそ適切とは言えない言葉遣いをしているにも関わらず、それを咎める者どころかそれに疑問を抱くものすらいない。

 イーゼルが単なる魔道師であれば、ここまでの信頼のされ方はしていなかっただろうし、むしろ地方の村民が魔道師に対して持つ印象が概ね悪いことを考えれば、魔道師である事実のみで考えればマイナス修正と言える。では何故、イーゼルがレイテ村の老若男女から大きな支持を得ているかと言えば、理由は二つある。


 一つは、クロウシスと非常に近しい関係にあることが大きい。レイテ村にとってクロウシスの存在はある意味既知であり、そして限りなく未知な存在だった。

 まして相手は世界に比類なき最強の生物、ドラゴン。

 敬い畏れ奉ずるも、近寄り難き存在なのは間違いなかった。本来であれば、その接見を行うべき巫女がいるはずなのだが、レグイア討伐時に巫女もまた処刑された。そしてその血と共に巫女の存在も絶えてしまい、今ではその存在もまた、語り継がれる御話の中にしか存在しない。

 そんな折に、新たなる龍脈の盟主と共に現れた魔道師の存在は、レイテの者たちにとっては巫女に代わるこの上ない橋渡し的な存在としてありがたい存在だった。

 ましてや、実際の姿を見た者は村でも少数ではあるが、あの黒く禍々しくも美しいドラゴンと対等に話をする姿を目にして、レイテの村にとって敬うなという方が無理なのだ。


 二つ目は、これは単純にイーゼル=ベレイエ個人の人柄によるところが大きい。

 一つ目の理由の通り、ドラゴンと近しく親しい間柄でありながら、それを鼻に掛けたり勘違いした威光を振りかざすような素振りは一切なく、気さくで明るく周囲にいる人間を自然と笑顔にさせる話術と、魔道師然とした高圧的な雰囲気も一切ない。

 そしてこの度の龍洞の整備と戦没者埋葬の提案。

 これはレイテ村の人間にとって内々に秘めた悲願ではあったが、それは決して気軽に口に出していい願いではなく、いずれ新たなる盟主であるドラゴンともっと親交を深めた後に提案すべき案件だった。

 だが、それをイーゼルが提案したことにより、すんなりと――それも新たなる龍洞の主たるクロウシスの認可どころか助力すら得て行うことが出来たのだ。しかも、その現場にも常に参加して村人と共に汗水を流して過すというのは、常に日々を生きる為に体を資本として働き続ける民にとって、何よりも存在を近しく感じて、その存在を受け入れることの出来る行為だと言える。


 その二つの理由からして、魔道師イーゼル=ベレイエの存在はレイテ村にとって非常にありがたい存在であり、その感謝も含め、村長と牧師の二人は畏まって頭を下げる。

 二人の心情を悟った上で、イーゼルもまた必要以上に村人の思いを邪険にすることはせず、むしろ『ありがたく思われているなら、それに応えよう』というスタンスでいた。


「じき礼拝が終わります。その後、私から村の皆に話をして宴としましょう」


「おう、それまではゆっくりさせてもらうよ」


 軽く頷いて視線を前に戻せば、そこには老人から幼い子供まで村に住む人々が列をなして、石段の祭壇で祈りを捧げている。

 誰も彼もが真剣な表情で、だが確かな喜びを滲ませている。

 礼拝の列を照らすように置かれた篝火の中、心中にあった重石を少なからず砕いて、その祭壇に置いていっているようだった。その証拠に礼拝を終えた者たちの表情は、明らかに礼拝を行う前よりも明るいものになっていた。

 そんな光景を見ながら、イーゼルは懐からクロウシスから渡された小さな石像を取り出して、それを自分の宴席前に置くと、世界を見下ろす夜空を見上げた。


                    ◇◆◇


「皆の者、以前新たなる盟主様再臨の際に話をしたが、改めて聴いて欲しい」


 村に住む者全ての礼拝が終わり、今は広場の右方にある宴席付近に村民の全てが集まり、その注目を一身に集めるヨイテルが立ち、その場に座って自分を見つめる村人たちに向かって話をしていた。


「我々は過去に過ちを犯した。立つべき時に立ち上がる覚悟を持てず、レーゼに連なる龍脈の盟主を失ってしまった」


 隣で聞いていたイーゼルにとっても興味深い内容だったので、青い瞳にヨイテルを映した。

 村の人々も声を潜め、真剣な眼差しでこの場で唯一立つヨイテルを見つめていた。


「祖先の判断は正しかったのだろう。そして仕方が無かったのだろう。子孫の未来を人質に、目を瞑り耳を塞ぎ口をつむいで、家族と共に膝を抱えて全てが終わるまで待つことを強要されたのだ……我々に祖先を悪く言う資格はない。失ったものは戻りもしない、それが命であるならばなおさらだ……」


 そこで一度言葉を切り、伏目がちに地面へと視線を送り数瞬それを彷徨わせると、視線を村の北東へと向かわせ、闇夜に浮かぶうず高きレーゼの威容を見上げる。

 村人たちもその視線を追い、レーゼ山を見上げた。


「神は我々に今一度の機会を下された……だが、今は失われし盟主レグイア様の御魂に祈りを捧げよう」


「皆様、目を瞑りお祈り下さい。レーゼで朽ち果てし者たちも、今は土の中でございます。死して土に戻れば人に身分なく位なく、全ては平等に地神様の腕(かいな)の内へと召されました。今宵この時は、恨みを忘れ祈りを捧げ、心穏やかに盟主レグイア様の御魂が心安らかなる故郷の地、アルザードへ導かれることを願いましょう」


 ヨイテルと牧師が言葉に込めた思いは、この村で暮らす誰よりもレーゼに纏わる歴史と業を背負ってきた者達の言葉として重みがあった。

 その思いの重さを知っていた者、今感じた者。

 村の人々は皆、真摯な態度で祈りを捧げていた。


「……」


 心を一つとして祈りを捧げるレイテの村人たちを眺めながらも、イーゼルは釈然としないという表情で人々を見ていた。

 村の長と村に骨を埋めた牧師が皆をまとめ、村人もまたそれに応えて心を一つに祈りを捧げている。

 まるで非の打ち所のない鎮魂祭ではないか。

 だが、イーゼルにはそれがどうもしめやか(・・・・)に過ぎるように思えた。


(もっと喜んでいいんじゃないのかねぇ……皆、謙虚すぎるな)


 良くも悪くも国の一部、領地の一部、村は『国』の欠片の一つに過ぎない。

 耐える事に対してあまりに慣れすぎている。

 苦労することを当たり前だと思い、喜びを爆発させて騒ぐことを戒めている。


(八百長みたいにもなるが、仕方あるめぇ……自分たちが受け入れちまった存在(もの)の正体を見せてやらんといかんだろう。なぁ、旦那……)


 自分の宴席前に置いた小さな黒龍像を指で弾くと、詠唱すら必要としない魔法を紡ぎ、それをすぐさま完成したそれを解放した。

 唱えたのは使役の呪法。

 対象は投薬と魔法によって、自然の摂理を外されたモノ。

 それらはすぐに現れた。


「お、おい……なんだアレはっ!」


 最初の気づいたのは村で猟師をしている男だった。

 さすがは野山を駆け回り、弓と手斧で動物や低級ではあるが魔物を狩っているだけあって、その感覚は静謐なる祈りの時だからこそ、良く働いたのだろう。


「ファグリムだっ……で、でかい。それに数も多いぞ」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「皆落ち着けっ! 子供たちを納屋の二階へっ!」


 村の南に広がる森から、トイトとトリアを襲った異常なほどに巨大なファグリムが群れをなして押し寄せていた。群れは広場の手前で止まり、血走った目は眼球が一瞬も止まることなく動き回り、黄ばんだ牙が飛び出た口からは止め処なく涎が垂れていた。


 村人は一転恐慌状態となり、女子供を広場の北側へ誘導し、猟師たちは狩猟道具を取りに家へと走り、それ以外の男たちは女子供や年寄りの盾になるために前へと並んで、こちらを見て鼻を鳴らすファグリムたちと対峙していた。


 恐怖と混乱で慌てながらも、村という集団として、弱い存在を守ろうとする姿勢はイーゼルにとって素晴らしいものに映った。まさに人間として、こうあるべきという姿に思える。

 だからこそ、こんな茶番を演出してでも安心を得させたい――という、何様だという傲慢な行いをしようとしているのだ。


(まぁ、黒龍の神様にくっ付いた小悪党の魔道師としちゃー上出来な行いだよな)


 あまりにひどい内心に苦笑していると、ふと視線を感じて顔を巡らせると、そこには沈痛な表情を浮べたヨイテルの顔があった。

 村の長として、イーゼルの立場を一番理解していると思っている者として、その表情は間違ってはいない。だからこそ、イーゼルはニヤっと笑みを浮かべると立ち上がった。

 そしてヨイテルの肩を気安くポンと叩くと、悠然とした足取りで人々と魔物との間へと向かう。


(情勢を聞く限り隣国辺りから嫌がらせで放されたモノなんだろうなぁ。薬物投与とチンケな魔法で図体と気性だけ尖らせて、あとは殺意と食欲の赴くままにってか。悪趣味だねぇ……被害を受けるのがこういう小さな村だけって分かっててやってるところが下衆いなぁ)


 生身であれば戦闘訓練を受けた者たちでも、それなりの人数と統率の取れた者達でなければ、ここまで弄られたケダモノを始末するのは骨だろう。であるならば、単なる村人たちであればその犠牲は計り知れない。

 シグたちから龍洞での作業中に話を聞き、実物を見たクロウシスからの情報でこの魔物正体については、先ほどの思考の通りで見当はついていた。


 同情に値する存在ではあるが、野放しにしておけるものではない。

 それがイーゼルの簡潔な判断だった。


(さてと、村の為とはいえ俺が仕組んだことだ。無駄に格好つけても惨めになるだけだし、パパっと片付けて俺は悪どい(・・・)魔道師だけど、新たなる龍神の子飼いとして頑張っちゃうぞー! ってところを表明しとかないとな)


 別にクロウシスの部下であるわけではないのだが、恐らく今後出会う多くの者が自分に下す評価はそういったものであるだろうと、イーゼルは確信していたし、別にそれで構わないと思っていた。

 大切なのは当人同士の認識だ。


 かくして、イーゼルは村人と魔物の間に立った。

 ざわめき合っていた人々は、動くことも喋ることも止め、堂々とした足取りで恐ろしい魔物の前へと立ってみせた魔道師の姿に釘付けとなった。

 時間が停止したような沈黙の中、トイトとトリアのリーデ兄妹が群衆の中から割って出て、巨大なファグリムの群れの前に立つイーゼルの姿を見て目を見開き、思わず叫んでしまった。


「イーゼル様っ!」


 見知った兄妹が思わず放ってしまった、イーゼルの事を心配する気持ちが多分に含まれた声を聞き、思わず口元がほころんでしまう。

 しかしその声は同時にファグリムたちをも刺激し、魔物の群れは雄叫びを上げながらイーゼルに向かって突進を開始した。

 地響きすら巻き起こすその突撃行為は、ファグリムの巨大も相まって巻き上げる砂煙の中、まるで小山が押し寄せるかのような光景だった。だが、その悪夢のような現実感の乏しい光景を前にしても、青い魔道師の背は小揺るぎもすることもなかった。

 不意にその青い背が振り返り、固唾を呑んで見守る村人の方に横顔を見せると、そこには恐怖どころか気負いさえ一切感じているようにない笑みがあった。

 その笑みは見る者に当人の年齢を曖昧にさせる効果があるかのようで、年相応の青年にも見えるし、もっと若く無邪気な少年のようにも見えるし、はたまた老獪な老人にも見えた。

 だが、村人たちは一つだけ共通に思ったことがあった。


 ――何か凄いことが起こるかもしれない、と。


 押し寄せる群れを前に、イーゼルは右腕を高く垂直に上げた。

 村人たちが思わずその手の先に注目すると、そこには親指と中指だけを伸ばして、それをくっ付けた状態で静止した右手があった。

 暴走するファグリムの群れは既にイーゼルと目の鼻の先以下の距離にまで迫り、その圧倒的質量が魔道師の体を踏み荒らし、肉塊へ変えるまで数瞬もなかった。

 だが、イーゼルが右手を高く上げて親指と中指を合わせたまま、動こうとしない。そして遂に押し寄せるファグリムの群れと立ち尽くすイーゼルとの距離が零になった。


『――――っ!!』

 

 村人たちが声にならない悲鳴を上げ、トイトたちも耐え切れず両手で目を塞いでしまった。だがその瞬間――広場に一つの音が鳴った。


 ――パチン、という指を打ち鳴らす音。


 その音は信じられないほどに良く響き、聞いた者の耳に強く残った。

 押し寄せるファグリムの群れがイーゼルを揉み潰そうとした時、高く掲げられたイーゼルの指がその音を鳴らした瞬間、ファグリムの群れは青い炎に包まれて灰燼と化した。

 燃えながらもイーゼルへと突撃したが、ファグリムの巨体がイーゼルを捉えた時には既に物質としての存在を保っておらず、青く燃え上がる幻影がイーゼルをすり抜けて走り、そのまま灰となって消え去った。


 目の前で起こったことが理解し切れずに、村人全てが呆然としていた。

 まるで時が止まったかのように固まり、見たこともない強力な魔法によって意図も容易く行われた恐るべき事象の結果に声を無くす。


 そんな村人たちに向かってゆっくりと振り向いたイーゼルが、ニヤっと笑って拳を突き上げると、人々は呪縛から解放されたかのように、隣り合う村の仲間たちと顔を見合わせ、互いに今目の前で起こったことが夢ではないことを確認し合う。


 そして――。


『――――――ッッ!!』


 夜空を震わす歓声が沸き起こった。


                     ◇◆◇


 丸い月がレーゼ山の上で輝く夜。

 広場は活気ある喧騒に包まれ、人々は先ほどの事を口々に話ながら盛り上がっていた。

 先ほどまでは篝火を焚いただけで少々薄暗かった広場は、今は煌々と燃える巨大な炎に明るく照らされていた。それというのも、広場中央の櫓に火が点けられ今はそれが巨大な焚き火となり、夜空を焦がすような勢いで燃え盛っていた。


 あの後、歓声を上げた村人に揉みくちゃにされたイーゼルは、一つの事をレイテの人々に提案した。その提案の結果が、今の状態となっている。

 その提案とは、次のような言葉で語られた。



 しめやかな弔いもいいだろう。

 だが、相手は数百年もあの山の奥深くで待ってたんだ。

 祈りを捧げるのも間違っちゃいない。

 だけど、それだけじゃ届かないかもしれない。

 声を上げないといけない。

 あの山に、あの山の奥へと届くような大きな声を。



 それを聞いた村人たちは不安そうに顔を見合わせた。

 今日この日まで先祖代々の罪悪感を受け継いできた人々だ。

 鎮魂祭で明るく騒げと言われて困惑しないほうが問題である。

 だが、イーゼルはそんな人たちの心情を明るく笑い飛ばした。


「死んだ果てに恨みと憎しみしか残ってないなんて、あまりにも寂しいだろ? 慰めるなんて言うと、あんた達は恐れ多いって気持ちになっちまうんだろうけど。でもよ、鎮魂も慰霊も大した違いなんてないさ。要はこの村が溜め込んできた贖罪の念もまた、あのドラゴン殿にとって呪縛になってるってことだ」


 それを聞いて人々は目を見開いた。

 貶されたわけでもないし、全てを否定されたわけでもない。

 だが、自分たちが代々受け継いだ想いが絶対的に『良いモノ』だと思い込んでいたのも事実だった。自分達は後悔し、懺悔して忘れることなくレグイアの事を想ってきた。

 しかしそれが盟主レグイアにとって、必ずしも喜ばしいものだとは限らない。


 数百年分もの想いは、いつしかあらぬ力を持ち、知らぬ間にレグイアの憎悪を増幅させていた。だが村の人々の想いが悪いものだったというわけでもない。

 一つ一つは取るに足らない単なる人の想いに過ぎなかった。それは紛れも無く人が心の内に持つ一人一人の想いに過ぎなかったが、永き時を経ても忘れ去ることなく語り継いできたその想いは、いつしか小さな力を持ち始めた。

 単なる想いになど何の力もないが、持続され捧げられ続ける内に『想い』は『思念』となる。思念となった想いはなおも途切れることなく寄せられ続け、やがて微小微弱ながらも神霊力(マナ)と結合した。

 この世界においてマナの力は圧倒的に大きい。

 たとえどんなに小さく弱々しいものであろうとも、それを何者かが取り込めるのならば、絶大なる力となる。


 レイテに住む人々の想いが作り上げたマナの一欠片は、限りなく無垢な存在だった。そしてその微細なマナの欠片が一定の力を持つものへと成長した時、指向性を持ったそれは人々が望むがままにレーゼの奥深くで死屍竜(アンデッドドラゴン)として甦る時を待ち望んでいたレグイアの元へ向かい、程無く人々が望むがままに朽ち果てたレグイアへと吸収された。

 人の想いで作られたその無垢なる力は、その時その瞬間――憎悪によって黒く染まった。


 人々の想いが思念となり、やがてマナと結合したその力は、物質世界から半分抜け出た死屍竜(アンデットドラゴン)にとってこの上ない力をもたらし、その力を使って大きな災厄を世界に振りまくはずだった――のだが、結果的に予定よりも強力な力を得て甦りはしたのだが、龍洞の新しい住人が理不尽にも程があるほどに強すぎた為に、不幸な巡り合わせで得た幸運の力を、何一つ活かすことなく叩き潰されてしまった。


 そこまでの事情は知らないにしても、人々はしばらく黙ってしまっていたが、シグたちを中心とした龍洞の整備等に多く関わった者達が呼びかけ場を盛り上げ始め、イーゼルがヨイテルの許可を得て櫓に火を点けて燃え上がらせた。

 そして人々は段々と羽目を外していき、村の男たちが楽器で明るい曲を演奏し、女たちが歌い出せば、後はまるで収穫祭を思わせるような騒ぎへと発展した。

 イーゼルが見せた魔法の腕前を目の当たりにして、村の人々が今まで表に出すことはなかったが心の内で懸念していたとある(・・・)事柄について一縷の希望を得たことも、村の人々が感じていた重圧が緩和される要因になったと言えた。


「イーゼル様っ! あの魔法本当に凄かったです!」


「あんなの見たの初めてですっ!」


「王都の宮廷魔道師よりも凄んいんじゃないか!?」


「まぁーとにかく飲んでくれっ!」


 宴席に戻ったイーゼルをリーデ兄妹を含めた大勢の村人が囲み、魔法についての話をせがまれたり、称賛を受けたりお礼を言われたり、酒を注がれたりと大人気になっていた。

 最初は控えめに相手をしていたイーゼルだったが、周囲を取り囲む皆がイイ笑顔を浮べていることに段々と気を良くし始め、魔法に関しては適度にはぐらかしながらも盛り上がっていった。


「イーゼル様、新しい料理あっちからもらってきますね!」


 そう言って離れていくトイトの背を見送ると、近くに座って一口サイズにカットされた果実をシャリシャリと食べているトリアが目に入り、イーゼルは約束の事を思い出した。


「トリアちゃん。あの石操兵(ゴーレム)のことなんだけど、クロウシスの旦那には頼んでおいたから。今度何かあれば、トリアちゃんにはあのゴーレムたちを貸してくれるってよ。青いのは俺がもらっちまったけど」


 そう言って笑うイーゼルに、自分との約束覚えてくれていたことに驚いて目を丸くしたトリアだったが、すぐに嬉しさに顔を綻ばせた。


「ありがとうございます、イーゼル様」


 にこやかに笑う少女に頷き、広場で楽しそうに過す人々を見てると、不意に声が聞こえてきた。


『鎮魂祭が、かくも賑やかなものだったとはな』


『お、旦那じゃん。んーまぁ、いいじゃないの。せっかく止まってた時間が動き出したっていうのに、いつまでも俯いてお祈りお祈りってやってたら陰気すぎると思ったんだ。やっぱ人間、笑ってなんぼよ』


 大鐘楼の鐘みたいな重厚な声音を頭の中で聞きながら、イーゼルは目に映るレイデ村の人々を見つめながら酒を喉へと流し込んだ。


『それはそうと、さっきは随分と格好(・・)が良かったな、魔道師殿?』


「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 しれっと一切声音に変化なく切り出してきたクロウシスの冷やかしに、イーゼルは盛大に口に含んでいた酒を霧状に噴出した。

 その端から見た分には、あまりに脈絡のない突然の大噴出に村人たちは呆気にとられていた。


「げほっごほっ! この野郎っまともに鼻に入ったぞっ! ごほっゴホッ! あ、大丈夫大丈夫っ!」


 周囲の視線を感じて慌てた様子で手を振り、近くにあった花瓶から花を引っこ抜いて水を飲んでいると、それを見た子供たちが大声で笑い、大人達がそれを窘めるがその大人達も笑いを噛み殺していた。


『あーー気に酒が回ったわ……いきなり何してくれてんだよ、旦那』


『うむ。最初こそ自作自演に等しい行為に負い目を感じている節が見受けられたが、途中からは随分と堂に入った開き直り方をしていたのでな……あの手指を弾くのは格好がいいではないか。我も今度やってみよう』


『嘘こけっ! 心にもないことを言いやがってっ! それにあんな物騒な獣を野放しにしとくのはイカンだろうと思ってだな! まぁ、演出に利用したのは間違いないし……その演出が過剰になったのも間違いないけどね……? ん? あれ? 旦那聞いてる?』


 繋がってる感じはまだあるのだが、声が聞こえてこないことにイーゼルが首を傾げると――。




 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――パチンっ。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 信じられねぇーほんとにやってるよ! この野郎っ!!  言っておくけどなぁ、爪で弾いて音出すのは邪道なんだかんなっ!」


 酒の入った陶器の器を手に立ち上がったイーゼルの叫びが、鎮魂の夜に木霊した。


                     ◇◆◇


『クソゥ! もうしらん! 飲むぞオラァァァァァァ!!』


 自分にではなく、周囲の人々に向かって叫ぶ魔道師の言葉を聞きながら、クロウシスは忍び笑いを漏らした。

 騒々しい男だが、何かにつけて面白い男ではある。

 柄にもなく冷やかしてみたが、返って来た反応は中々に愉快なものだった。


 隣国が放った獣の処理は必要なことだった。

 村の者達がやったのでは多くの犠牲が出ただろうし、下手をすれば全滅もあり得ただろう。それを思えば、薬物と魔法で狂った獣の精神を乗っ取り予め(・・)誘き寄せておき、村人たちの前で鏖殺(おうさつ)するくらいのことは今後のことを考えれば必要なことだったと言える。

 演出がやや過剰だった点については、先ほどの一件で十分に醜態を晒して清算しただろう。


 積み重ねた書物の一つから投影している文字列を読み進める中で、今後のことを片手間に考える。

 あの(・・)場にいた三つの軍勢は、既に各々動き始めている。

 どうするつもりもないが、どうかしようとしてくるのならば、どうにかしなければいけないかもしれない。


 神霊力(マナ)を失ったことに世界はようやく気づきつつある。

 いや、世界そのもので言えば大部分が承知しているはずだ。

 だがしかし、集団としてのしがらみに囚われた者たちは、それを認めることによって生まれる混乱と歪みを恐れて隠しているのだろう。

 平穏なのは今の内だけだ。

 望む望まないにしても世界は常に回り続ける。


 その身の内にとんでもない異物を抱え込んでも、世界は変わることなく明日を寄越し続けるのだ。


 普段は物音どころか風の音も水の音もしない龍洞の中に、今は打楽器と吹奏楽器を中心とした演奏と、明るい調子の歌が響いていた。

 音源はクロウシスの傍らに置かれた小さな自身を模した石像。

 イーゼルに渡したものと繋がっており、今はあっちから聞こえてくる音声のみを集音して龍洞へと届けている。

 聞こえてくる楽器の演奏も、しょせんは田舎で作られるものであり、原始的とまでは言わないにしろ牧歌的で優雅さはなく、ひたすらに賑やかで楽しげだった。

 歌声も同じで、年齢問わず色々な人間が歌っているらしく、独演だったり合唱だったりと無茶苦茶だった。その最中、時折イーゼルの奇声が聞こえては笑い声が響き渡る。


 およそ読書をするには適切な音楽とは言えない。

 だがクロウシスは聞こえてくる音を断つことはなく、黙々と本を読んでいた。

 そんな中、それは静かに起きた。


 クロウシスの視界の端、広間の壁に程近い場所にある大きな黒い染み。

 拭い切れない憎悪と恨みの果てに、自身に呪いを掛けて死んでいった今は亡き主の痕跡。

 コールタールのような粘性の強い闇に、小さな波紋が起きた。

 波紋は外的な要因ではなく、内的なものだった。


 波紋は徐々に大きくなり、やがて粘つく闇の中からそれは現れた。

 腐臭を漂わせながら穢れに満ちた竜頭部が黒沼に浮かび上がり、空洞になった眼窩から液状の闇が流れ落ち、後には闇が滞留する虚ろな空洞が残った。

 

 十日の周期で甦ることが出来る存在であるレグイアだったが、前回圧壊させて仮初の浄化を施してから数えれば、まだ十日経つにはやや猶予がある。

 クロウシスが首を巡らせて、不可解な復活を遂げたレグイアに視線をやり、その眼に僅かな力を込めようとした時、様子がおかしいことに気づいて動きを止めた。


 レグイアは頭部のみ、それも上顎だけが沼面に出る位置で浮上する動きをピタリと止めた。

 見た目には分からないが、クロウシスが僅かに怪訝そうな顔で浮き上がったレグイアの顔を見ていたが、微動だにしない死屍竜(アンデッドドラゴン)の頭部は、まるで何かに誘われて出てきたかのようだった。

 そこでクロウシスは全てを理解して、愉快そうに口を歪めると頭部を元の姿勢へと戻し、何事もなかったかのように再び本を読み始めた。


 風の音も、水の音もしない。

 聞こえてくるのはレイテ村の人々の楽しげな声のみ。

 そこに居るのは新旧の盟主。

 ただ静かにそしてゆっくりと、刻は流れていた。


(なるほど、騒々しいのも悪くはない……)


 広間の上段部に鎮座する黒龍の背後、誰の目にも入らない場所で黒龍の禍々しい尾が聞こえてくる牧歌的な音楽に合わせて、まるでリズムを刻むかのように上下して地面を音も無く叩いていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

ご意見ご感想はお気軽にお寄せください。

とても励みになります。


ありがとうございました。

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