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第五話―朽ち果てた龍洞レグイア―

・各話基本的に3000字くらいで文量をユルく書いていきます。

・更新は本編優先なので不定期です。

・本編で煮詰まったり、息抜きしたい時にちょこちょこっと書けるものが欲しくて書いています。

 


 洞窟の中はジメジメとした湿気はほとんどなく、むしろ適度な冷風が緩やかに吹き快適だった。

 内部は長い間放置されていたらしく、壁の所々は崩れているし、床に当たる部分も割れた石畳に苔が生えている。だが不思議と魔物の類はまったくいなかった。

 通常、こういった洞窟には魔物や原生生物が住み着いて根城にしているものなのだが、痕跡自体はあるものの肝心の生物そのものは蝙蝠の一匹すらいなかった。


 洞窟内を歩きながら、魔道師イーゼル=ベレイエはその構造を紙に書き留めていった。

 洞窟の構造はそんなに複雑なものではない。

 まず最奥にあの本好きの一風変わった黒龍が鎮座している大広間があり、その手前には一回り小さいものの十分な広さがある広間があった。

 そこには大量の年季の入った武具や人骨が散乱しており、イーゼルの予想では位置的に考えて洞窟への侵入者を迎え撃つ最終防衛の役割を持つ部屋だと思われる。


 黒龍の話では、ここに来たのは十日くらい前の話で、気を失っていたイーゼルを連れて偶然見つけたこの洞窟に踏み入ったらしい。

 幸いにもこの洞窟は主はもう長らく不在で、それこそ数百年に渡って放置されていたらしい。

 これも黒龍から聞いた話だが、ここの元々の主もドラゴンだったらしい。


 情報の全てを黒龍から受け取るもので、『らしい、らしい』と不確定な情報ばかりになっていた。

 それではイカンと、溢れる好奇心と当分自身が住む場所の構造を知ろうと、まずは洞窟内の見取り図を作る為に今こうしてイーゼルは洞窟内を歩いていた。


 話を戻すが、戦闘用に使われていた広間を抜けると道が四叉路になっていた。イーゼルがやってきた通路が、主がいる部屋と最後の戦闘を行う部屋に繋がっていたことを考えれば、この残る三本の道全てが出入り口に繋がるとは思えない。

 だとしたら、正解の道は一本で残りはブラフということになる。

 イーゼルは手の平に三つの光球を生み出すと、それをそれぞれ闇に閉ざされた通路の先へと送り出す。

 記憶は無いくせに魔法の使い方は習慣のように覚えているのだから、便利なようで不便だと自分の脳味噌を罵りつつ、三つの偵察用魔法の光球が送ってくる視覚情報を受け取る。


 結論から言えばイーゼルの読みは正しかった。

 一つ目の道は、途中で発動済みの落とし穴をいくつも発見し、その先は行き止まりだった。

 二つ目の道は、通路の途中で槍衾が壁から飛び出るようになっており、こちらもやはり発動済みで通路には穴だらけになった白骨死体が幾つも転がり、その先はイミテーションの扉があり、その手前にも大きな落とし穴が口を開けていた。

 残る三本目の道を進むと、大きく歪曲した一本道で最初は人一人通るのがやっとな道だったが、しばらく歩くと馬車くらいなら通れそうな広い通路になった。

 そこには光苔の類が繁殖していたようで、広い通路を薄緑色の光がボンヤリと照らしていた。


 しばらくその広い通路を進むと、壁そのものが大きな扉になっている境にやってきた。

 扉は外側から打ち破られたらしく、扉の中心が円状に破砕しており、扉の片方は突破された際に蝶番が壊れていたらしく加えて長年にわたり放置されたことで自重に耐えられずに崩れ落ちていた。残る片側の扉も、熱せられた破城槌で何度も打ち据えられたようで、中央は溶けて捲れ上がった破壊痕が半円状に残り錆び付いた扉はビクともしない。

 通路とその先の境目には、扉をこじあけたと思われる即席の破城槌が転がっていた。

 イーゼルが触れてみると、何処かの柱に使われていたと思しき石柱をベースに形質強化の呪文がかけられ、先端部には鋼鉄製の円錐型をした突起物が取り付けられていた。予想通り高温で熱せられていたらしく、金属の表面には気泡が浮かび上がりところどころが高温に耐え切れずに裂けていた。


 壊れた扉のある境を抜けると、そこには先ほどの最後の戦闘用に用意されていた部屋よりももっと広く、黒龍が鎮座している場所以上の広さがありそうな開けた空間に出た。

 そこに広がる光景にイーゼルは眉をひそめる。

 空間の広さは高さ五十メートル、横幅二百メートル、縦に百メートルといったところだろう。

 扉は元々は八本の柱で支えられていた白い神殿の奥にあった。

 今はその神殿も風化で崩れ落ち、白い石材の瓦礫となっていた。今でも何本かの石柱が折れたり、屋根の一部を残したまま立っている。

 破城槌に使われた石柱は、どうやらこの中の一本らしい。


 瓦礫に昇って空間を見渡せば、そこには惨劇の跡が生々しくもかび臭く残っていた。

 床は縦向きに三段階で平坦な部分と傾斜になっている部分が交互に分かれており、神殿がある方が高くなっている。攻め入った敵に対して、高所の方が迎撃に有利だからだろう。

 広間の壁や床には魔法によるものと思われる爆発の跡があり、そこかしこに穿った傷跡が残っている。

 そして広間を埋め尽くすのが、おびただしい数の死体と屍骸だった。

 甲冑を着た人骨の死体と、魔物と思われる形容し難い白骨屍骸と原生生物の屍骸。

 ここで激しい戦闘が行われたのは間違いなく、それも守る側としても攻める側としても主戦場および総力戦の場となったのだろう。守り側にスケルトンがいたなら数は定かではないが、攻めて側と思しき転がる人骨の数は千はあるだろう。逆に守り手の魔物たちは物量で圧されたらしく、巨大な生物の頭蓋骨には幾本もの剣や槍が突き刺さっていた。


 あまりに静かなその古戦場で耳を澄ませば、当時の血と狂気に染まった戦場の激情が耳に聞こえてくるようだった。

 出来る限り屍を踏まないように広間を歩いていくと、人骨の武具には三種類の紋章が刻印されていた。察するにここを攻めたのは、三つの勢力の合同作戦だったらしい。

  紋章は簡単に分ければ一本の剣、二つの盾、三本の槍の三種類だった。

 やたらと造形が似ている点を考えれば、もしかしたら一つの主流から派生した勢力なのかもしれない。

 

 これだけの屍が散乱している場所である以上、腐敗していた頃は疫病の類が蔓延していただろう。そしてそれは全てが乾燥してしまっている今でも、細かな粒子となって空気中漂っている。

 顔の周囲に空気清浄化のフィルターを形成する魔法を使用し、空気中に漂う塵一つ吸引することのないようにして、イーゼルは古戦の主戦場を中央から横断した。


 神殿があった高台からなだらかな勾配を降りて、反対側の扉の前に立った。

 扉の周囲に横一列に移動用の台車に乗った朽ちた大砲が五門配置されていた。

 二門はそこそこキレイな形で残っているが、残りの三門は台座が破壊されたり、石を詰められた暴発によって砲身が裂けていたりと無残なことになっている。特に最後の一門は、巨大な四足の魔物が横合いから突っ込んだらしく横倒しになった大砲の横に角が折れた大きな獣の骨が横たわっていた。


 風化して脆くなっている旗槍が、イーゼルに踏まれて乾いた音を立てて粉々になる。

 それを見てから再度振り返ると、攻めて側の景色が目に映るわけだが、そこには守り手側の神殿から見た時と変わらず無残な戦の跡が広がっていた。


「兵共が夢の跡……って言うには、かび臭すぎるなぁ」


 扉に向き直ると、そこにも争いの爪跡はありありと残っていた。

 大きな青銅製の門扉の残骸にはドラゴンを象った模様が描かれているのが見て取れた。その門扉は大砲を使用して抉じ開けたらしく、砕けた門扉の破片が散乱しその中に変形した砲弾が数発混ざっていた。


 そこを抜けると長い一直線の坑道になっていて、一直線に続く暗い穴の先に外の光が見えた。

 その坑道にも魔物と人間の白骨死体が散乱していたが、坑道の中ほどまで移動するとどういうわけか死体が片付けられた形跡があり、死体はおろか武具の一つも残っていなかった。

 重い大砲を台車に乗せて運んだ名残が通路に幾条もの細い溝として残っていた。

 

 長いようで短い一直線の坑道を抜けると、そこには外の世界が広がっていた。

 昼下がりの斜光が木漏れ日となって差し込み、近くや遠くで虫と鳥の鳴き声がする穏やかな山腹。

 古錆びた古戦場の外は、驚くほど穏やかな世界が広がっていた。


「――お?」


 外の空気を胸一杯に吸い込んでいると、洞窟の前に妙なものがあることに気がついた。


 木で作られた台座の上に両手足を縛られた豚が二頭。

 葉の大きな野草を敷き詰めて、その上に口を竹串で刺して5匹連ねたものが山ほど盛られた川魚。

 編みこんだ籠の上に山と盛られている果物。

 畑で採れたと思われる農作物。

 そして、それらのそばに打ち込まれた杭に繋がれた牛が一頭、のんびりと草を食んでいた。


 単純に見て、それは供物としか思えなかった。

 農作物だけでも大変なはずだが、生きた家畜まで捧げるのは尋常なことではない。

 この近辺に住む人間――もとい、これを捧げた者たちがどのような立場の人間化は知らないが、ここにあるのは貧しい農民であれば一財産に相当するものではなかろうか?

 それをこの場所の鎮魂に対して当てられるには些か大げさにも思える。

 一年に一度の供物であればまだ納得もいくのだが、魚の鮮度を見る限り今朝方ここへ置かれたものに思えた。だとすれば、これを捧げた相手はもしかしたら――。


 イーゼルの脳裏には、あの読書狂の黒龍が思い浮かんだ。

 とはいえ、あの黒龍もここへ来て十日だと言っていたし、そんなつまらない嘘をつくような存在には到底思えなかった。だとしたら、この供物は一体何に対して捧げられたものなのか。


「ふぅーむ……」


 顎に手を当てて考え込むと、目の前の食材が目に入りイーゼルの腹が大きく鳴った。

 目覚めてから腹が減ったと主張したのだが、あの黒龍は知らぬ存ぜぬといった体で黙々と書物を読みふけり、仕方が無く暇を持て余すのも性に合わなかったので、こうして洞窟内の見取り図を作っていたわけだが、依然として空腹状態なのは変わりなく、目の前には山の幸が盛り沢山。


「……」


 とりあえずイーゼルは、果実の一つを手にしてそれを弄びながら洞窟の中へと引き返した。


                    ◇◆◇

 

「おぉ~い、クロウシスの旦那」


 薄緑色の魔光が照らし出す光の中で、黒龍は変わらず小さな本から投射した本の文字を追っていた。

 先ほどまで何やら怒涛の勢いで話し続けていた魔道師の男は、クロウシスの完全なる黙殺に口勢を弱めてやがて『ちょっと探検してくるわ』と言って洞窟の坑道へと消えていったが、どうやら帰ってきたらしい。

 戻ってきた紺碧のローブを纏った魔道師の手には、果実が一つ握られていた。

 

「旦那、洞窟の入り口になんか捧げ物みたいなものがあったぜ。あれは旦那宛か?」


 イーゼルが手にした果実を弄びながら尋ねると、黒龍は投影されている書物の貢から視線を外してイーゼルを見下ろした。


「この山の麓に住む住民が毎朝捧げに来ているものだ。どうやらここへ降りる際に姿を見られたらしい」


「あーやっぱりか。てか毎日なのか?」


「我がここへ来て二日ほど経ってから毎日だ」


 ここに来てから十日経っているということは、既にあの供物が八日間出され続けているということになる。豚や牛はそのままかもしれないが、農作物や魚は毎日取り替えているはずだ。それに牛や豚も野生動物や魔物に襲われる可能性だってあり得る。

 それでも受け取られない供物を一日も欠かすことなく捧げるということは、それなりに捧げ側にも覚悟や事情があるのだろう。


「ふぅーむ、何か捧げる側にも事情があるんじゃねーのかな」


「たとえそうだとして、ここで我は部外者のようなものだ。周囲の環境に対して干渉するつもりはない」


「けどよぉ……」


 めっちゃ淡白(スーパードライ)な黒龍を見上げながら、イーゼルは手にした果実を人差し指の先端でクルクルと回しながら話す。


「供物に使われてた編み籠とか自生してる果物を捧げてるあたり、多分これを捧げに来てるのは貧しくも慎ましい生活か、貧しくも税を納めることに追われる農民ってのが相場だ。そいつらにとって、アレだけの捧げ物を毎日欠かさずに捧げるってのはかなり大変なことなんだぜ?」


 捧げている人間が目撃した黒龍に対する恐怖で捧げ物をしているのか、それとも何かそれ以外の理由があるのかは分からない。だが、クロウシスが現れなければ捧げる必要のなかった供物であるとも言える。


「もし食うに困るような連中が無理して捧げてるなら、捧げることを拒否して止めさせることくらいはしてやっても罰は当たらないんじゃねーか? 部外者ってことは、ここを間借りさせてもらってるようなもんだろう? 家賃払えとは言われないにしても、無用な混乱や気を遣わせておいて知らぬ存ぜぬは冷たいってもんだぜ」


 饒舌なのは先ほどと同じだが、言葉には生活苦に苦しんでいるのかもしれない農民に対する確かな配慮が感じられた。そして言っていることは、クロウシスとしても一理ある。


「――明日の朝、新たな供物を捧げに来た際に応対しよう」


「お、さすがは旦那。話が分かるぜ」


 高位のドラゴンは知性が非常に高い者が多いのだが、そういったドラゴンは得てして下位種族に当たる人間を蔑む傾向にある。故に本来であればイーゼルが今のような忠告をしても、クロウシスがそれに耳を傾けて考えを改めるようなことはないのが普通なのだ。


 ドラゴンとしては風変わりではあるが、その強面な見た目とは裏腹に人間を蔑むことなく接する態度に対し、イーゼルは目の前に鎮座する黒龍に対してより好感を持った。

 ニヤっとニヒルな笑みを浮かべながらイーゼルは周囲を見渡す。


「そういやここは妙にキレイだよなぁ。他の部屋を今ざっと見てきたんだけど、なんかここに元々棲んでた元々の主に討伐隊が差し向けられてたっぽいぜ。何せそこら中、カビ臭い白骨死体だらけだったぞ」


「――その討伐隊の隊長格が持っていた書記がここにある」


 そう言って、クロウシスは現在読んでいる書物を目線で指した。空中に浮いている本は、ボロボロの羊皮紙で作られた本で、その破けた表紙には先ほど見た三種類の紋章の一つ、一本の剣を縦に描いた紋章が見てとれた。


「何が原因でこういうことになったのかとか、その理由とか書いてるのか?」


「悔恨の念を持って討伐に当たったと書いている。ここに住んでいたドラゴンは、この辺り一帯を古くから縄張りにしていた存在で小国では守り神として崇められてもいたようだ。だが、幾つかの不幸な巡り合わせが重なった結果、このドラゴンを討伐せざるを得ない状況になったと書いてある」


 腕を組んでその話を聞いていたイーゼルは、素朴な疑問を口にする。


「その不幸な巡り合わせって何だ?」


「三国間の戦争による国力の疲弊。その時期にドラゴンの発情期が被り、その発情期による凶暴化が例年よりも特に激しかったこと。戦争によって縄張りを荒らされたことによって怒りを買い、代償として三国の王族――その直系の血を引く子供を生贄として寄越せと要求されたこと」


「あー……なんて言うか、どうしようもねーな」


 国力が疲弊した時に発情したドラゴンが領地を荒らしまわるのはかなりキツいだろう。農地を焼かれれば食料の確保が難しくなるし、街や砦を襲われても民や兵士を失い国力は更に低下する。そして民の不安は増していき、その矛先は最終的には王家への不満に変わるのだ。


 討伐隊が残したその書記に書かれている情報から推察すれば、なるべくしてこうなったとも言える。周囲の小国からは神として崇められていたことを考えれば、討伐するに際しての反発も少なくはなかっただろう。そもそもその三国間による戦争が大元の原因とも言えるのだから。

 ここの主だったドラゴンにとっても、さぞどうしようもない結果だったことだろう。


「……ん?」


 ここの主だったドラゴンの無念さを考えていると、イーゼルにふと疑問が浮かんだ。そして周囲をキョロキョロと見渡す。

 部屋は広大な広さを持ち、見上げれば天井が滞留する闇で見えないほどに高い。床はよく磨かれた黒曜石のような黒い石材が剃刀一枚入りそうにない間隔で整然と敷き詰められ、その何処にも戦いの名残を感じさせるものはなかった。

 この部屋に関しては、目の前に鎮座する黒龍が滞在する目的で部屋そのものを整備したのは分かる。だとしたら、ここへ元々あったもの――いや、あるべきものがないのだ。


「旦那。俺の考えでは、ここでそのドラゴンが討伐隊と最後の戦いを行ったと思うんだが、その死体はどこにいったんだ? 焼いたりしたのか? それともそいつは死なずに――」


 そう言い掛けた時、イーゼルの背筋に底冷えするような感覚が走り抜けた。

 慌てて背後を振り返ると、クロウシスが鎮座する一段上がった座台の真正面の壁際に、それはあった。

 壁際の黒い床に黒曜石の黒色とは明らかに異質な、どす黒い染みが出来ていた。それはまるで沸々と沸き上がる底無し沼のような気泡を沸き上がらせ、同時に黒い染み自体もその面積を広げていた。

 じわじわと広がる黒い染みはやがて紫黒色の煙を噴き上げ始め、最終的には直径二十メートルほどの歪な楕円形となり、噴き上がっていた紫黒色の煙は怨嗟混じりの唸り声に変わる。


「お、おいおい……こいつはっ!」


 後ずさるイーゼルの視線の先で、それは姿を現した。

 黒曜石の床を侵し、絶望的なまでに黒い深淵の中から怨嗟と呪いの歌を吐き出しながら、それは浮上してくる。常人では耐えられない腐臭と共に幾千もの浮かばれぬ魂をその身に縛りつけ、煉獄へと堕ちることを拒否して現世に戻ってきた。


「……死屍竜(アンデットドラゴン)っ!」


 朽ち果てた全身はそのほとんどが皮と骨になっているが、頭部や胸部にはまだ若干の腐肉が残っている。全長は二十メートル以上あり、全高も二十メートル近くあるだろう。骨すらも黒い瘴気に侵されて、既に元々持っている体色の判別は出来なくなっていた。

 開いた口から瘴気が漏れ出し、身体の周囲には拘束されて浄化されない死霊が飛びまわっている。闇から脱した呪われたドラゴンは、虚ろに灯った目で生ある者を探し求める。


「やべーぞ旦那っ! 死屍竜(アンデットドラゴン)は理性がないから力加減の制限が無いからアホみたいな膂力持ってるし、知性がないのに本能で魔力を使え――」


 イーゼルがクロウシスに死屍竜(アンデットドラゴン)の危険性を語っている最中に、黒龍の眼が一瞬の閃光を放つと、黒い瘴気の闇沼から抜け出た死屍竜が頭上から不可視の力を受けてグシャグシャに押し潰れ、続いて二十メートルもの大きさに広がった闇の沼を完全に囲む魔法陣が現れる。

 明滅する光に呑まれて、潰されて再生を始めようとしていた死屍竜は引き連れていた死霊たちと、その発生源である沼ごと強制的に浄化させた。


「……」


 シンと静まり返った洞窟の中で、イーゼルはガリガリと頭を掻くと黒龍に向き直る。その黒龍はというと、先ほどと何も変わった風はなくすぐに本を読み始めていた。


「……なぁ、旦那。今ので奴は浄化できたのか?」


「いや、アレはここで死んだ全ての生物の魂を道連れにして、この洞窟を内包する山そのものに呪いを掛けて死んでいる。もしアレを強制的に完全浄化させれば、この洞窟はおろかこの山を含めた二十三個の山が噴火するか、もしくは土石流となって崩れることになるだろう」


 その説明を聞いて、イーゼルは眉をひそめる。

 この洞窟が倒壊するくらいは分かるが、何故そこに二十三個の山なんてものが付随してくるのか。


「おいおい、急に話が大きくなってないか? 何で関係ない山にまで影響があるんだよ」


「ドラゴンが山に棲む場合、魔力を効率的に得られるように山から力を吸い上げようとする。そして年月が経てば自身が棲んでいる山と他の山を繋ぐ道を開き、更に強力な魔力を得ることが出来るようになる。こういったことが出来るからこそ、ドラゴンは他の種族よりも一線を隔した魔力を単体で保有できるのだ」


「――龍脈ってやつか」


 黒龍の分かり易い説明で自分が持っている知識と符合して答えが出てきた。そのイーゼルの正しい解答にクロウシスは頷き話を続ける。


「このドラゴンは死を覚悟していたのだろう。故に、自身が死ぬと同時にここで死んだ全ての生物の魂が己と共にこの場所に縛りつけ、討伐した人間たちによって行われた死屍竜(アンデットドラゴン)化を防ぐ呪法に身代わりの魂を用意した」


「んで、人間たちはまんまとその意図にハマって身代わりの魂を浄化して安心したと」


「復活しても死屍竜(アンデットドラゴン)である以上、理性や知性を伴って復活できない。だからこそ、このドラゴンは用意周到な呪いをかけたのだ。死屍竜として復活した自身が再度討伐されて、完全なる浄化を強制的に受けた場合、自分が築き上げた龍脈によって深い結びつきのある山々が暴走するように仕向けた」


 その執念とも言えるやり口と、実際にそれが起きた時の被害を想像するとイーゼルの背に冷たいものが過ぎった。どれほどの怒りと恨みを溜め込めば、それほどの罠をはれるのか。


「つまりただでさえ強力な死屍竜が甦り、唯一倒す手段が魂を完全に浄化することなのに、それをすると火山が噴火したり、山の持つ水脈が暴走して山そのものが液状化して土石流になったりすると」


「その通りだ」


「うっわ……ほとんど詰みだな、それ。倒してすぐに封印とか無理なのか?」


 魔道師として、生物的にも魔法行使能力においても上位であるドラゴンが残した難解なパズルに挑むような気持ちで、イーゼルはその抜け穴を探ってみる。


「これほどの呪いを自身に掛けている存在を封印する場合、恐らく人間にとって安くない触媒が必要になるだろう」


「あー具体的には?」


「一度の封印で牛一頭分ほどの純銀が必要だろう」


「おっふ……それは確かに安くないな。しかも封印される際も、最初と同じで死霊を身代わりにできることを考えれば、封印そのものが現実的じゃなくなるな……」


 まさに打つてなし。

 復活する度に倒すにしても、さっきのはこの黒龍だからこそバカみたいにあっさりと倒してしまったが、人間が戦うなら軍隊を率いて被害覚悟で倒す必要のある相手なのだ。


「復活の周期は? てか、旦那が来るまではどうしてたんだ、こいつ」


「魔力の循環具合から考えて、一度討ち滅ぼせば十日間は復活しないだろう。このドラゴンが最初に復活する切っ掛けは、この部屋に侵入することだったようだ。我がここへ来た十日前に最初の復活をした。無論討ち滅ぼしたがな」


 つまりはこのドラゴンにとって、まったくもって予想外で最悪の相手が最初にこの部屋に訪れたわけだ。溜め込んだ恨みと呪いを抱えて甦ったら、自分よりもずっと強力なドラゴンが目の前にして呆気なく討ち滅ぼされ、十日かけて甦っても、さっきのようにすぐさま滅ぼされてしまう。

 それは何とも悲運で滑稽でよく出来た話に思えた。


「――あはははははっ! このドラゴンも何て言うか、運がない奴だなっ!」


 ツボに入ってしまい爆笑してると、黒龍もフンっと微かに鼻で笑った。

 黒龍が同族であるここの主だったドラゴンに肩入れしないことに対し、不思議に思うと同時にこの黒龍ならばそれも不思議ではないかっと思ってしまう。その何とも摩訶不思議な感覚を覚えながら、イーゼルは爆笑した。

 笑い声が大きく反響する洞窟内の部屋を見渡し、イーゼルはすっと立ち上がると一つの提案を持ち出す。


「なぁ、旦那。この洞窟にゃ死体がわんさかある。まぁ、旦那みたいなドラゴンが住むには趣きがあっていいのかもしれないけどよ。そんな辛気臭い場所にいつまでもしていたら、それこそこのドラゴンも呪いを溜め込み続けそうだしさ。いっちょ掃除がてら埋葬しまくろうと思うんだが、手を貸してくれないか?」


 イーゼルの提案に対し、黒龍は静かに『いいだろう』と頷いた。


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