表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第三章 黒塔と防衛隊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/116

第二十八話 ここ、福岡だよな

朝、康生は寒さで目を覚ました。

正確には、目を覚ましたというより、外気温の低下を構成体が検出し、人格ログ側へ不快感として通知してきた、という方が近いらしい。

だが、本人の感覚としては普通に寒かった。

「…寒っ」

康生は小屋の床で身を起こした。

隣では、亮太が毛布を肩までかけて眠っている。

左腕は固定されたままだ。

昨夜はさすがに疲れ切っていたのだろう。

防衛隊。

黒塔。

アオイ。

村長。

神扱い。

全部を一度に浴びたのだから、無理もない。

康生はそっと立ち上がり、小屋の戸を開けた。

白かった。

村の屋根。

柵。

畑の端。

地面の草。

そのすべてに、薄く霜が降りていた。

康生はしばらく固まった。

「…え?」

吐く息が白い。

空は明るい。

朝日も出ている。

それなのに、空気は冬のようだった。

「いや、待て」

康生は小屋の外へ出る。

足元の霜が、ぱり、と小さく鳴った。

「ここ、福岡だよな?」

背後からアオイの声がした。

「はい。旧福岡県北部に相当する地域です」

「だよな」

「はい」

「何で霜降りてんの?」

「現在の外気温は、摂氏一・八度です」

「一・八」

康生は空を見上げた。

「福岡の朝って、こんな寒かったっけ」

「あなたの記憶時点における同地域の平均気温とは、大きく乖離しています」

「だよな。俺の記憶、そこまで壊れてないよな」

「一部に問題はあります」

「今そこ突っ込まなくていい」

亮太が小屋の中で身じろぎした。

「…朝から何を騒いでる」

「寒い」

「寒いな」

亮太は普通に答えた。

「普通に受け入れるなよ」

「季節によっては、こんなものだ」

「季節によっては?」

康生は眉を寄せた。

「今、何月くらいなんだ」

亮太は少し考えた。

「春の終わりだ」

康生は空を見た。

霜。

白い息。

春の終わり。

「いや、おかしいだろ」

「そうなのか」

「そうだよ。少なくとも俺の知ってる福岡は、春の終わりに霜で白くならない」

亮太は不思議そうに周囲を見た。

「昔は暖かかったのか」

「もっと暖かかった」

「羨ましいな」

その一言が、妙に重かった。

康生は黙った。

羨ましい。

この時代の人間にとって、寒い春は当たり前なのだ。

     *

村の中では、朝の作業が始まっていた。

霜の降りた畑を見て回る者。

柵の補修を続ける者。

無線小屋の青いランプを確認する者。

炊き出しの火を起こす者。

その手つきは慣れていた。

寒さに驚いているのは、康生だけだった。

いや、アオイも驚いてはいない。

亮太も、村人たちも、ただ淡々と動いている。

「…これが普通なのか」

康生が呟くと、アオイが答える。

「現地人類にとっては、通常気候として認識されている可能性があります」

「三百年も経てば、寒いのが普通になるってことか」

「はい」

「嫌な普通だな」

「同意します」

「お前が同意すると不安になる」

アオイは無線小屋の方を見た。

「黒塔七号の一部環境ログを参照可能です」

「参照できるのか」

「正式管理者権限はありません。ただし、昨日の規約外修復により、現地検証予定地点に関する環境データの閲覧権限が残っています」

「それ、また抜け道じゃない?」

「保守安全評価の延長です」

「便利な言葉だな、保守安全」

「はい」

「褒めてない」

アオイの瞳が淡く光った。

空中に、小さな表示が浮かぶ。

青白い文字。

――地域環境ログ。

――旧福岡北部。

――三百年前推定平均気温比、低下。

――年平均低下幅、八・一度。

――季節変動、拡大。

――霜害発生日数、増加。

康生は表示を見て、しばらく声が出なかった。

「八度?」

「はい」

「平均で?」

「はい」

「下がりすぎじゃね?」

「大きな変動です」

「大きな変動で済むのかこれ」

亮太が横から覗き込む。

「八度低いというのは、どれくらい違う」

康生は少し考えた。

「雑に言うと、温かい場所が寒い場所になる」

「分かりやすい」

「冬の強さが変わる。作物も変わる。海も、森も、全部変わる」

亮太は畑の方を見た。

「だから、昔の作物は育たないのか」

康生は、ぎくりとした。

「そうなのか」

「ああ。村に残っている記録には、今より収穫量の多い作物の名前がある。でも、今は育ちにくいものが多い」

「寒さで?」

「寒さだけじゃない。土も痩せた。雨も変わった。海も昔ほど魚が獲れない」

亮太は淡々と言った。

淡々と言うからこそ、重かった。

康生はアオイを見る。

「原因は」

アオイは少し沈黙した。

「複合的です」

「一番大きいのは?」

「旧文明の環境管理システムが、管理者不在のまま稼働を継続している可能性があります」

「環境管理」

康生は嫌な予感がした。

「具体的には」

アオイの表示が切り替わる。

――大気炭素固定網。

――二酸化炭素回収群。

――軌道反射制御。

――海洋富栄養化抑制。

――下水浄化・リン回収系。

――一部システム、管理者応答なし。

――停止条件、未確認。

康生は顔をしかめた。

「またか」

「はい」

「また、良いことする機械が止まらなくなってるのか」

「その可能性が高いです」

康生は額を押さえた。

黒塔。

村を守るための演算塔だった。

だが、壊れて村を低価値拠点として扱うようになった。

今度は環境管理。

温暖化対策。

水質改善。

下水浄化。

たぶん、旧文明では必要だったのだろう。

必要だったはずのものが、止まらない。

再調整する人間もいない。

ルールだけが残っている。

「正義に停止ボタン付けとけよ…」

康生が呟くと、アオイが首を傾げた。

「正義?」

「良いことのつもりで作った仕組みだろ」

「はい。旧文明において、大気中二酸化炭素濃度の上昇、海洋富栄養化、水質悪化は重大な環境問題でした」

「だから回収した」

「はい」

「で、人類が減っても、戦争で文明が壊れても、ずっと回収し続けた」

「その可能性があります」

「止めるやつがいないから」

「はい」

康生は霜の降りた畑を見た。

村人たちが、白くなった葉を払っている。

寒さで傷んだものもあるらしい。

女が一人、葉を見て小さくため息をついた。

それでも、作業は続く。

康生は胸の奥が重くなった。

「善意の自動化が、世界を痩せさせてるのか」

「表現としては詩的ですが、概ね正確です」

「詩的って言うな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ