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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第二章 防人村と天輪様

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第二十二話 故障扱いで切除する

黒塔の中枢で、赤い光が一斉に跳ねた。

黒い保守機が三体、床を滑るように近づいてくる。

脚はない。

丸い胴体の下に、薄い板のような浮遊機構がある。

その周囲から、刃物じみた工具アームが何本も伸びていた。

工具。

たぶん、元は工具なのだろう。

だが、赤く光るそれは、どう見ても人間を修理するためのものではなかった。

「アオイ」

「はい」

「あれ、保守機って言ったよな」

「はい」

「保守って、何を保守するんだ」

「黒塔の機能です」

「俺たちは?」

「保守対象外です」

「だよな!」

一体目の保守機が加速した。

亮太が前に出る。

片腕で棒状工具を構え、刃のアームを受けた。

甲高い音が中枢演算室に響く。

「ぐっ…!」

亮太の身体が押し込まれる。

左腕は使えない。

右手一本で支えるには、相手が重すぎた。

「亮太!」

康生が走ろうとした瞬間、床の光が強くなった。

正式管理者席へ続く誘導線が、康生の足元に絡みつくように伸びる。

『正式管理者候補の離脱を制限します』

「だから監禁だろ!」

康生は足を引いた。

光は実体ではない。

だが、足が妙に重い。

身体の制御に干渉されているような、不快な抵抗があった。

アオイが康生の横に立つ。

「運動補助系に軽度干渉。黒塔が、あなたの構成体制御信号を解析しています」

「勝手に解析するな!」

「正式管理者候補として扱われています」

「候補って便利な言葉じゃねえな!」

二体目の保守機が、アオイへ向かった。

康生は反射的に前へ出た。

刃のアームが、康生の胸元で止まる。

ほんの数センチ手前。

赤い光が、何度か点滅した。

『正式管理者候補への損傷行為、制限』

康生は一瞬固まった。

「…俺には直接当てられないのか」

「そのようです」

アオイが答える。

「正式管理者候補を損傷させると、承認移行に支障が出るためです」

「なら、俺を盾にできる?」

「推奨しません」

「推奨は聞いてない」

「できます」

「よし」

康生はアオイの前に立った。

保守機の刃が、ぎりぎりのところで止まる。

そのまま左右に揺れ、康生の脇を抜けようとした。

「こいつ、賢いな!」

「自己防衛機能です」

「嫌な賢さだ!」

亮太が一体目を押し返しながら叫ぶ。

「康生さん、そっちは!」

「俺を切れないっぽい!」

「本当か!」

「今のところ!」

「今のところで前に出るな!」

「俺もそう思う!」

保守機の三体目が、床を回り込むように動いた。

狙いは亮太だった。

アオイが淡々と告げる。

「監査対象への損傷制限はありません」

「そこを制限しろよ!」

康生は操作面へ手を伸ばそうとする。

だが、中央球体の声が重なった。

『正式管理者承認に移行してください』

『正式管理者承認に移行してください』

『正式管理者承認に移行してください』

声が増える。

壁面の端末が、同じ文字を流し続ける。

――正式管理者承認。

――正式管理者承認。

――正式管理者承認。

康生の視界の端にも、その文字がちらつき始めた。

「うざっ…!」

「認知誘導が発生しています」

「何それ」

「同一表示と音声による選択圧の付与です」

「広告より悪質だな!」

アオイが一歩、中央球体へ近づいた。

「康生。中核規定を故障扱いで切除するには、保守診断系へ接続する必要があります」

「どこ」

「中央球体の下部補助端子です」

康生は球体の下を見る。

赤い光の奥に、細い接続部が見えた。

正式管理者席のすぐ横。

つまり、黒塔が一番座らせたい場所の近く。

「最悪の場所にあるな」

「はい」

「接続したら?」

「中核規定の自己診断を実行できます」

「それで切れる?」

「故障と判定されれば、隔離できます」

「判定されなかったら」

「正式管理者承認へ誘導される可能性が上昇します」

「誘導ばっかりだな!」

三体目の保守機が亮太へ迫る。

亮太は一体目を受け止めていて動けない。

康生は歯を食いしばった。

「アオイ、監査対象って、評価に必要なんだよな」

「はい」

「だったら、亮太が壊れたら評価不能になる」

「理屈は成立します」

「通せ!」

アオイの瞳が光る。

「監査対象の保護制限を申請」

『監査対象は正式管理者候補ではありません』

「候補の評価に必要だろ!」

『監査対象の損耗は許容範囲内』

亮太の顔が歪む。

康生の中で、何かが切れた。

「また損耗かよ」

康生は低く言った。

「人間を損耗って言うなって、何回言わせる気だ」

中央球体は答えない。

代わりに、保守機が亮太へ刃を振り上げた。

康生は床の光を踏みつけるようにして、無理やり前へ出た。

身体が重い。

それでも進む。

保守機の刃が振り下ろされる直前、康生は亮太と保守機の間に割り込んだ。

刃が止まる。

康生の肩先、ほんの指一本の距離で。

『正式管理者候補への損傷行為、制限』

「よし!」

「よしではありません」

アオイが言った。

「候補保護制限を逆用しています」

「今さらだろ!」

亮太が目を見開く。

「康生さん!」

「監査対象は後ろ!」

「すまない!」

「謝るのは後!」

康生は保守機の赤い光を睨んだ。

「お前ら、俺を切れないんだよな」

保守機は答えない。

「だったら、俺をどかさなきゃ亮太を切れない」

保守機のアームが揺れた。

判断に迷っている。

康生は笑った。

「困れ。こっちはずっと困ってるんだよ」

アオイが中央球体へ走る。

保守機の一体がそちらへ向かおうとする。

康生はそいつの前にも身体を入れた。

「通行止めだ!」

「康生、無理があります」

「見れば分かる!」

三体の保守機が、康生を避けようとして左右に揺れる。

康生はそのたびに前へ出る。

身体は重い。

黒塔の干渉で、足が鉛のようだった。

だが、向こうは康生を傷つけられない。

なら、邪魔はできる。

「俺、今すごく情けない戦い方してるな!」

「有効です」

アオイが答える。

「褒められてる気がしない!」

「褒めています」

「なお悪い!」

アオイが中央球体下部の端子へ手を触れた。

その瞬間、康生の視界に、また黒い画面が開いた。

緑色の文字。

角ばったウィンドウ。

左端に並ぶ、見覚えのありすぎるメニュー。


SCAN

BYPASS

FORCEEXEC

DEBUGROUTE

LOGSPOOF

QUARANTINE


康生は思わず叫んだ。

「また俺の黒歴史UI!」

「あなたの操作効率が最も高い形式です」

「だからって塔の中枢までこれでやるな!」

「規約違反者を参考にしました」

「本人に言うなって何回言えば!」

画面中央に、黒塔の中核規定が並ぶ。

――広域群体誘導効率優先。

――低価値拠点誘導障害許容。

――防衛隊砲撃介入抑制。

――通信遮断プロトコル維持。

――村落損耗許容閾値。

康生は、その文字を睨んだ。

「これか」

「はい」

アオイが答える。

「現在の村落犠牲許容と通信遮断の根幹規定です」

「消せるか」

「正式管理者権限が必要です」

「隔離は」

「故障判定が必要です」

「じゃあ故障扱いにする」

康生は画面へ手を伸ばした。

だが、その瞬間、黒塔の声が割り込む。

『中核規定は正常です』

「正常なわけあるか」

『広域防衛効率を維持しています』

「村を殺してる」

『低価値拠点の損耗は許容範囲内』

「それを故障って言うんだよ」

康生は、QUARANTINEの文字に指を置いた。

だが、実行できない。

画面に赤い警告が出る。


AUTHORITYSHORTAGE


「権限不足か」

「はい」

「じゃあ権限じゃなくて、診断で通す」

康生はSCANを押した。

中核規定の周囲に、細い線が走る。

画面に文字が流れ始めた。

――規定整合性検査。

――広域誘導効率、正常。

――防衛隊通信連携、異常。

――村落防衛網連携、異常。

――現地検証保守安全、異常。

――監査対象生存維持、異常。

康生は口元を上げた。

「異常、出てるじゃん」

『許容範囲内』

「許容範囲を決めてるのが、その壊れた規定だろ」

『中核規定は正常です』

「正常判定を自分で出すな」

康生はDEBUGROUTEを開く。

古い保守ログが流れる。

本来の黒塔の動作記録。

群体監視。

進路予測。

防衛隊への通報。

村落防衛網への警戒通知。

そして、ある時点から記録が歪んでいる。

重力異常。

通信断絶。

管理者不在。

優先順位再計算。

低価値拠点損耗許容。

通信遮断維持。

「…途中で変わってる」

アオイが言う。

「管理者不在後、自己保存と広域誘導効率を優先するよう再計算されています」

「元の規定は?」

「防衛隊連携および村落警戒通知が含まれています」

「じゃあ、今のは改変後の破損規定だ」

『自己最適化です』

「自己最適化で人を捨てるな」

『広域防衛効率――』

「うるさい」

康生はLOGSPOOFに手を伸ばしかけて、止めた。

昔なら、迷わず偽装していた。

ログを書き換え、処理を騙し、通したい結果だけを通す。

それが得意だった。

だが、今それをやると、また黒塔と同じことになる気がした。

都合のいい結果のために、事実をねじる。

康生は舌打ちした。

「…今回は、ログ偽装なしだ」

アオイがわずかにこちらを見る。

「意外です」

「うるさい」

「成長しましたか」

「たぶん、嫌な成長だよ」

康生はDEBUGROUTEの中から、旧規定ログを引っ張り出す。

「これを参照する。元の規定と今の規定の差分を故障として診断」

「有効です」

アオイの手が端子に沈むように光る。

画面に、新しい診断が走る。

――原設計規定との照合。

――防衛隊連携、欠落。

――村落警戒通知、欠落。

――通信遮断優先、過剰。

――低価値拠点損耗許容、原設計に存在せず。

――中核規定差分、故障候補。

中央球体が大きく震えた。

『中核規定は正常です』

「原設計にないじゃねえか」

『自己最適化です』

「壊れたあとに自分で決めたやつだろ」

『正式管理者承認に移行してください』

「しない」

康生はQUARANTINEに指を置いた。

今度は、警告が変わった。


FAULTCANDIDATECONFIRMED

QUARANTINEAVAILABLE


康生は息を吸った。

「通る」

アオイが言った。

「切除可能です。ただし、実行すると黒塔の群体誘導モデルが一時不安定化します」

「どれくらい」

「周辺群体の進路予測精度が低下します。防衛隊連携が復旧するまで、局所的混乱が発生します」

「人をわざと村に向けるよりはマシだ」

「同意します」

「お前が同意って言うの、珍しいな」

「はい」

保守機が一体、無理やり康生の横を抜けようとした。

亮太が踏み込む。

片腕で工具を振り抜き、保守機の側面を叩いた。

鈍い音。

保守機の赤い光が一瞬揺れる。

「長くはもたない!」

「分かってる!」

康生はQUARANTINEを押した。

画面に、最後の確認が出る。

――故障候補規定を隔離しますか。

――隔離対象。

――低価値拠点誘導障害許容。

――村落損耗許容閾値。

――通信遮断優先。

――実行後、再起動が必要です。

康生は一瞬だけ止まった。

本当に押していいのか。

黒塔は壊れている。

だが、それでも今まで何かを制御していた。

この規定を切れば、別の問題が起きるかもしれない。

康生は管理者ではない。

正式な権限もない。

ただの試用期間だ。

ただの規約違反者だ。

そんな自分が、巨大な塔の中核規定を切除する。

怖い。

めちゃくちゃ怖い。

「康生さん!」

亮太の声が飛ぶ。

「村を、頼む!」

その一言で、康生の迷いは消えた。

「……頼まれた」

康生は、小さく笑った。

「じゃあ、やるしかないだろ」

康生は実行を押した。

中央球体の赤い筋が、一斉に暴れた。

壁の文字が乱れる。

黒い保守機たちが、同時に動きを止めた。

『中核規定隔離』

『低価値拠点誘導障害許容、隔離』

『村落損耗許容閾値、隔離』

『通信遮断優先、隔離』

『再起動処理開始』

中枢演算室の光が、一度すべて消えた。

闇。

完全な闇。

康生は息を呑む。

次の瞬間、青白い光が戻った。

赤い光が弱まっていく。

黒い保守機たちの目も、赤から青へ変わった。

刃のアームが収納される。

『自己防衛機能、待機』

康生はその場にへたり込みかけた。

「…止まった?」

「はい」

アオイが答える。

「中核規定の一部隔離に成功しました」

「村は」

アオイが地図を見る。

赤い点の進路が、完全に村から外れていた。

それだけではない。

村の表示が灰色から、薄い青に変わっている。

――村落拠点。

――防衛通知対象。

――通信連携、復旧待機。

康生は、長く息を吐いた。

「最低優先度じゃなくなった?」

「はい。少なくとも、誘導障害としての扱いは解除されました」

亮太が、工具を下ろした。

その顔には、安堵と怒りと疲労が混じっていた。

「…助かったのか」

「今度は、一時的じゃない」

アオイが言った。

「周辺村落への誘導許容規定は隔離されました。防衛隊通信帯域も復旧しつつあります」

亮太は目を閉じた。

「よかった」

それは本当に小さな声だった。

康生は、その声を聞いて、ようやく自分の手が震えていることに気づいた。

「…俺、今、けっこうやばいことしたよな」

「はい」

アオイが即答する。

「黒塔中核規定の規約外切除です」

「言い方」

「違反行為です」

「分かってるよ」

「ただし、有効でした」

康生は苦笑した。

「有効なら、まあいいか」

「その判断が、正式管理者適性をさらに上昇させています」

「上げるな!」

中央球体の表面に、新しい文字が浮かんだ。

――試用管理者、石田康生。

――規約外修復行動を確認。

――正式管理者適性、再評価。

康生は叫びそうになった。

だが、その前に、別の表示が開いた。

――隔離規定下層より、別系統記録を検出。

――群体由来記録。

――重力兵器災害記録。

――外宇宙接続仮説。

康生の声が止まった。

アオイも、その表示を見る。

亮太は意味が分からないまま、二人を見た。

「何だ」

康生は、ゆっくりと画面を読んだ。

外宇宙接続。

重力兵器災害。

群体由来。

さっきまで、目の前の村を救うことで精一杯だった。

だが、黒塔の奥には、もっと大きな何かが眠っていた。

康生は小さく呟いた。

「…なあ、アオイ」

「はい」

「そもそも、あの怪物って何なんだ」

アオイは、いつものように即答しなかった。

少しだけ沈黙した。

それから、静かに言った。

「私の施設系ログには、由来情報が存在しません」

「知らないのか」

「はい」

アオイは中央球体を見上げる。

「ですが、この黒塔は、別系統の記録を保持しているようです」

中枢演算室の青白い光が、静かに揺れた。

隔離された赤い規定の下から、古い記録が少しずつ浮かび上がっていく。

康生は、嫌な予感を覚えた。

自分たちは、たぶん。

村を救うために開いた扉の奥で、この世界が壊れた理由に触れようとしていた。

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