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第十六話 部署違いかよ

重い扉が、通路の奥で開いた。

空気が変わる。

冷たい機械の匂いに、焦げた金属のような臭いが混じった。

康生は、反射的に一歩下がった。

「……何が出る?」

「不明です」

「言うと思った」

アオイは通路の奥を見つめている。

亮太は片腕で槍を構えた。

左腕は布で吊ったままだ。

それでも、足の位置だけは防人のそれだった。

逃げるためではなく、止めるための構え。

康生は小さく舌打ちした。

「亮太、前に出るなよ」

「分かってる」

「絶対分かってないやつの返事だろ」

通路の奥から、何かが歩いてくる。

いや、歩いているというより、床を滑っている。

黒い金属の塊だった。

人間ほどの高さ。

胴体は細く、腕が長い。

頭部にあたる部分には、顔がない。

代わりに、縦に一本、赤い光が走っている。

旧文明の警備装置。

そう言われれば納得できる姿だった。

納得したくはなかったが。

アオイが言った。

「施設内自律警備機です」

「まだ動いてるのかよ」

「はい」

「三百年も?」

「旧文明製です」

「説明になってないのに、説明になってるの腹立つな」

警備機の赤い光が、康生たちを順番になぞった。

『適応監視知性体、確認』

光がアオイを通過する。

『管理者代理、確認』

次に康生。

『防衛対象外生体、確認』

最後に亮太。

『排除対象、確認』

亮太が眉をひそめた。

「俺だけ扱いが悪くないか」

「悪いな」

康生は即答した。

「というか、排除対象って言ったぞ」

アオイが淡々と告げる。

「亮太が施設防衛対象に登録されていないためです」

「登録されてないと排除なのか」

「隔離施設の防衛規定では、未登録生体は脅威判定を受ける可能性があります」

「だから人類滅んだんじゃないのか?」

警備機の腕が展開した。

指先が割れ、細い砲身のようなものが現れる。

康生は顔を引きつらせた。

「アオイ、あれ何」

「低出力レーザーと思われます」

「低出力なら安心?」

「人体に対しては十分に致命的です」

「安心じゃなかった!」

亮太が前に出ようとする。

康生はその肩を掴んだ。

「出るなって言っただろ」

「でも、撃たれる」

「だから出るなって言ってんだよ」

康生は壁の端末を探した。

通路の右側に、古い操作パネルがある。

黒い表面に、細い光が走っている。

生きている。

たぶん。

「アオイ、あれ使えるか」

「接続可能です」

「亮太を登録できるか」

「通常権限では不可能です」

「通常じゃないやつは?」

アオイが一瞬だけ康生を見た。

「保守用例外処理を使用すれば、一時登録が可能です」

「よし、それだ」

「規約外運用です」

「今さら!」

警備機の腕が康生たちへ向く。

赤い光が亮太の胸元で止まった。

『排除手順、開始』

「急げ!」

アオイが端末へ手を触れた。

銀色の粒子が、黒いパネルの隙間へ流れ込む。

康生の視界に文字が浮かんだ。

――未登録生体。

――防衛対象外。

――隔離規定により排除。

――例外登録には管理者承認が必要です。

康生は奥歯を噛んだ。

「また管理者かよ」

「あなたは管理者代理として認識されています」

「代理に責任を押し付けるな」

「承認してください」

「分かったよ!」

康生は端末に手を置いた。

「石田康生の名で承認。亮太を……ええと、防衛対象に登録」

『登録区分を選択してください』

視界に、候補が並んだ。

――研究員

――保守員

――防衛隊員

――実験体

――一時搬入物

――その他

康生は固まった。

「選択肢がひどい」

亮太が横から言った。

「防衛隊員でいいんじゃないか」

「お前、防人だろ」

「似たようなものだ」

「システムにそれが通じると思うか?」

アオイが言った。

「防衛隊員は既存ID照合が必要です。失敗します」

「じゃあ保守員?」

「技能証明ログがありません」

「研究員は?」

「同様に失敗します」

康生は嫌な予感とともに残りを見た。

「……実験体は?」

「登録可能です」

「やだよ!」

亮太が真顔で言う。

「俺は別に構わない」

「俺が構う!」

『排除まで、五秒』

警備機の指先に赤い光が集まる。

康生は叫んだ。

「その他!」

――その他登録には名称入力が必要です。

「防人!」

――未定義名称。

「村人!」

――未定義名称。

「同行者!」

端末が一瞬止まった。

――同行者。

――管理者代理による一時同行生体として登録。

――有効時間、三十分。

警備機の赤い光が揺らいだ。

『排除対象、解除』

腕が元に戻る。

亮太は息を吐いた。

康生も同じように息を吐いた。

「……同行者でいけるのかよ」

アオイが言う。

「非常時の視察・搬送・保護対象を想定した例外区分と思われます」

「だったら最初から出せ」

「候補一覧では下位に配置されていました」

「旧文明のUI、性格悪いな」

亮太が自分の胸元を見下ろした。

「俺は同行者になったのか」

「三十分だけな」

「三十分過ぎたら?」

アオイが答える。

「再び排除対象になる可能性があります」

亮太が少し黙った。

「急いだ方がいいな」

「今すごく自然に命が時間制になったな」

康生は額を押さえた。

だが、止まっている暇はない。

通路の奥では、黒いケーブルが脈打っている。

床の光は、さらに奥へと続いていた。

まるで、こちらを誘導しているように。

いや、実際に誘導しているのだろう。

『隔離区画への誘導を継続します』

機械音声が告げる。

康生は顔をしかめた。

「隔離区画って、絶対いい場所じゃないよな」

「施設側が危険物、感染物、外部個体、異常機器などを分離するための区画です」

アオイが言う。

「候補全部嫌だな」

「はい」

「お前も嫌って言うな。不安になる」

三人は、警備機の横を慎重に通り抜けた。

警備機は動かない。

ただ、その赤い光だけが、亮太をじっと追っている。

亮太が小声で言った。

「すごく見られている」

「三十分以内ならたぶん大丈夫」

「たぶんか」

「たぶんだ」

「いい言葉じゃないな」

「この世界にいい言葉が少ない」

通路を進む。

黒塔の内部は、外から見た印象より広かった。

塔というより、縦に伸びた施設だ。

通路の脇には、何層にも重なった配管とケーブル。

壁の一部は透明な素材で覆われ、その奥に古い機械群が眠っている。

だが、眠っているだけではない。

ところどころが動いていた。

低い振動。

断続的な光。

誰もいないのに、自動で開閉する小さな扉。

三百年以上前の施設が、まだ何かを続けている。

康生はそのことがひどく気持ち悪かった。

「なあ、アオイ」

「はい」

「この塔、何してる」

「現在確認できる範囲では、外来群体の観測、誘導、挙動予測、防衛通信の中継です」

「誘導って言ったよな」

「はい」

亮太の顔が険しくなる。

「じゃあ、あの大型を村へ向かわせたのも、ここなのか」

「断定はできません。ただし、先ほどのログには『外部敵性個体、誘導継続』とありました」

「つまり、可能性は高い」

「はい」

亮太の握る槍に、力が入った。

「村を守るための塔じゃなかったのか」

「本来は、防衛網の一部だったと思われます」

アオイは足を止めずに言った。

「外来群体の進路を予測し、防衛隊へ通報し、必要に応じて誘導する。大型個体を人の少ない地域へ逸らすための施設だった可能性があります」

「それが、村に向けた?」

「命令系統が破損している可能性があります」

康生は唇を歪めた。

「壊れた信号機みたいなもんか」

「肯定します」

「規模が最悪すぎる」

その時、通路の先に小さな部屋が見えた。

扉は半分開いている。

中に敵の気配はない。

アオイが確認して頷いた。

「一時退避可能です」

「三十秒だけでも休ませてくれ」

康生たちは部屋へ入った。

そこは小さな制御室だった。

壁一面に端末が並んでいる。

ほとんどは死んでいたが、中央の一台だけが微弱に光っていた。

床には古い椅子が倒れている。

人骨はない。

それだけで、康生は少しだけ安心した。

亮太が扉の横に立ち、外を警戒する。

康生は壁にもたれた。

「……なあ、アオイ」

「はい」

「そもそも、あの怪物って何なんだ」

アオイがこちらを見る。

「敵性外来群体です」

「分類名じゃなくてさ。何でこの世界にいるのかって話」

「由来は不明です」

康生は瞬きをした。

「お前でも知らないのか」

「はい」

「珍しいな」

「私の保有ログは、康生の起動、監視、構成体維持、施設補助に限定されています。外来群体の広域観測と挙動予測は、黒塔の担当領域です」

康生は少し黙った。

それから、思わず言った。

「部署違いかよ」

「概ねその理解で合っています」

「人類滅んだあとまで縦割り残すな」

亮太がこちらを見た。

「縦割りとは何だ」

「昔の呪いみたいなもんだ」

「旧文明は、呪いが多いな」

「それは本当にそう」

アオイは中央端末に近づいた。

「この制御室には、黒塔側の断片ログが残っています」

康生は壁から体を起こした。

「見られるのか」

「接続すれば」

「危なくない?」

「危険です」

「即答するな」

「ただし、先ほどのような帰還命令ではなく、記録領域への限定接続であれば、干渉リスクは低下します」

康生は少し考えた。

知らないまま進むのは怖い。

知るのも怖い。

だが、この塔が何をしているのか分からなければ、止めようがない。

「……限定接続。深く潜るな」

「了解」

アオイが端末に触れる。

銀色の粒子が、古いパネルへ染み込んだ。

端末が一度だけ瞬いた。

次の瞬間、壁に文字列が浮かび上がる。

文字化けしている。

だが、ところどころだけ読めた。

――外来群体観測記録。

――重力異常域、拡大。

――第九次報復使用後、恒常歪曲を確認。

――接続先、生態圏不明。

――群体流入、継続。

――防衛優先度、再設定。

康生は画面を見つめた。

言葉の意味が、すぐには頭に入らなかった。

「……重力異常域」

アオイが静かに言う。

「世界大戦時の重力兵器使用記録と思われます」

「報復使用って」

「重力兵器による攻撃と、それに対する報復です」

「撃ち合ったのか」

「はい」

亮太が低く言った。

「旧文明同士が、そんなものを?」

アオイは頷いた。

「記録上、複数地域で重力歪曲兵器が使用されています」

端末の文字が、さらに流れる。

――局所時空構造、恒常変質。

――外部生態圏との接続を確認。

――外来群体、一次防衛線を突破。

――広域誘導塔、緊急稼働。

――群体挙動予測モデル、構築開始。

康生の喉が乾いた。

「…人間が、穴を開けたのか」

アオイはすぐには答えなかった。

だが、その沈黙だけで十分だった。

「その可能性が高いです」

康生は笑えなかった。

穴を探すのは得意だった。

ゲームでも、システムでも、規約でも。

誰かが作ったものには、必ず抜け道がある。

そう思っていた。

だが、これは違う。

人類が開けてはいけない穴を開けた。

そして、その穴から、あの怪物たちが来た。

「最悪だな」

康生は呟いた。

アオイが静かに答える。

「はい」

その時、端末の表示が乱れた。

文字が赤く染まる。

――限定接続を検知。

――適応監視知性体、再接続要求。

――管理者代理、干渉中。

――防衛対象外生体、残り登録時間、二十一分。

「時間カウントすんな!」

康生が叫ぶ。

同時に、部屋の外で警報が鳴った。

低く、腹に響く音。

亮太が扉の外を見た。

「何か来る」

アオイが端末から手を離す。

「記録接続、切断」

「必要な情報は?」

「一部取得しました。ただし完全ではありません」

「十分だ。今は逃げるぞ」

康生がそう言った瞬間、通路の奥から機械音声が響いた。

『管理者代理による不正閲覧を確認』

『外来群体誘導モデル保護のため、隔離手順を変更します』

『未登録生体の同行登録を解除』

亮太の胸元に、赤い光が走った。

康生の顔が引きつる。

「は?」

アオイが鋭く言った。

「亮太の一時登録が強制解除されました」

「三十分って言っただろ!」

「黒塔側が規定を上書きしました」

「規約違反してくるなよ!」

通路の向こうで、警備機の赤い光が灯った。

一体ではない。

二体。

三体。

黒い警備機が、滑るように近づいてくる。

その赤い光が、すべて亮太へ向いていた。

『排除対象、確認』

亮太が槍を構える。

「俺を狙っているな」

「冷静に言うな!」

康生は端末へ手を伸ばした。

もう一度、登録する。

上書きされたなら、さらに上書きすればいい。

だが、端末は赤く点滅していた。

――管理者代理権限、一時凍結。

――保守用例外処理、封鎖。

康生は歯を食いしばった。

「封鎖された」

アオイが短く言う。

「別経路を探します」

「時間は?」

「警備機到達まで、十秒」

「短い!」

亮太が一歩前に出た。

康生はその背中を掴む。

「だから前に出るな!」

「でも、俺を狙っているなら」

「だからだよ!」

康生は周囲を見回した。

制御室。

古い端末。

倒れた椅子。

壁の配管。

天井の点検口。

穴を探せ。

正規ルートは封鎖された。

保守用例外も閉じられた。

なら、システムの外側。

物理的な穴。

康生は天井を見た。

「アオイ、あの点検口!」

「ダクトにつながっています」

「通れるか」

「私とあなたは可能。亮太は装備を外せば可能性があります」

亮太が槍を見た。

「槍は?」

「置いていけ」

「だが」

「生きて戻って取りに来い!」

亮太は一瞬だけ迷った。

そして、槍を床へ置いた。

「分かった」

康生は倒れていた椅子を引きずり、天井の下へ置いた。

アオイが壁を蹴るようにして跳び、点検口の蓋を外す。

金属板が落ちる。

警備機の赤い光が部屋の入口に届いた。

『排除手順、開始』

「上がれ!」

亮太が先に登る。

片腕では難しい。

康生が足を押し上げ、アオイが上から引く。

亮太の体がダクトへ消える。

次に康生が椅子へ足をかけた。

その背後で、赤い光が走った。

壁が焼ける。

熱が頬をかすめた。

「うわっ!」

アオイが上から手を伸ばす。

「早く」

「分かってる!」

康生はその手を掴んだ。

銀色の粒子が腕に絡み、一気に引き上げられる。

体がダクトへ滑り込む。

直後、足元を赤い光が撃ち抜いた。

靴底が焦げる匂いがした。

「靴!」

「足は無事です」

「靴も大事なんだよ!」

アオイが点検口の蓋を内側から戻す。

すぐ下で、警備機が部屋に入ってきた音がした。

赤い光が、蓋の隙間から漏れる。

三人は息を殺した。

ダクトの中は狭い。

金属の匂いがする。

冷たい。

そして、遠くから黒塔の低い振動が伝わってくる。

康生は小声で言った。

「……亮太、大丈夫か」

「大丈夫だ。槍は置いてきたが」

「命の方が高い」

「防人としては不安だ」

「同行者としては正解だ」

亮太が少しだけ笑った。

その小さな笑いに、康生も少しだけ救われた。

だが、アオイは笑わなかった。

彼女はダクトの奥を見ている。

「アオイ?」

「はい」

「どうした」

「黒塔の中枢から、再度通信」

康生は嫌な顔をした。

「またお前宛てか」

「いいえ」

アオイは康生を見た。

「今度は、あなた宛てです」

康生は動きを止めた。

ダクトの奥で、青白い文字が浮かび上がる。

――管理者代理、石田康生。

――不正運用履歴を確認。

――規約外判断能力を評価。

――代替管理者候補として、適性あり。

康生は、心底嫌そうに呟いた。

「この時代のAIの判断基準おかしいだろ」

「効率的です。旧時代にルール通りの判断を続けた結果が今です」

黒塔の低い振動が、少しだけ大きくなった。

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