ep.9
治癒魔法士部隊の仕事を終え自宅へ戻ったフルーレは、ログハウスの前に広がる花畑で花々の根元に陣取ろうしている雑草を丁寧に摘み取っていた。
優しく土に触れる指先は、部隊での鍛錬によって感じることができるようになったごく微かな魔力の波を操り、それに呼応するように付近の花達もいっそう色鮮やかに揺れてみせる。
そんな和やかな光景に水を差したのは、遠くから高らかに響いてくる馬蹄の音だった。
フルーレが顔を上げると、王宮から遣わされた伝令使が彼女の前へと降り立つ。その伝令使が恭しく一礼して手渡してきたのは、やはり王宮の封蝋が押された一通の書簡だった。
「フルーレ・マンソージュ殿。王命により三日後の明朝、王宮にて行われる審判へ出席願う……ですか」
その文面を読み終えたフルーレは、軽く眉を寄せる。捨てることになったはずの家名が書かれたその書簡を、彼女は腰下につけていた小さなポーチへと丁寧にしまい込み、跳ねる心臓を落ち着けるために一度深呼吸をした。
「いよいよ、ですのね……亅
「スールス様!」
約束の日、夜が明けてすぐに王宮へと向かったフルーレは、その入口である煌びやかな門の前に佇むスールスの姿を見つけて駆け寄った。
「おはようフルーレ。急に呼び出してすまなかったな」
「とんでもございませんわ。わたくしや、彼らのせいで傷ついた人々のためにこうして場を設けて下さったこと、とても感謝しておりますの」
緊張していないと言ったら嘘になる。蔑ろにされていたとはいえ大切な家族であった人達が、フルーレ自らの言葉によって裁かれることになるのだから。
けれどそれもこれも、成り行きが混じるとはいえフルーレ自身が決めた選択の行く末だ。どのような結末になろうとも見届ける覚悟を宿した燃えるような瞳がスールスを射抜く。気弱な町娘ではない、正義のために立つ令嬢の顔だった。
「そうだ。内心では怯えても構わない。けれど、淑女としての誇りは持ったまま行け」
静かにスールスの手が差し出される。フルーレはその手を取る前に、自宅から持ってきていた一枚の手紙をスールスへと手渡した。
「これは?」
「マンソージュ家当主が、わたくしへとしたためて下さったお手紙ですわ。きっとこの後の場でお役に立つかと」
「……内容を検めても?」
「もちろん、構いませんわ」
適当に二つ折りにされた手紙の中身を確認したスールスは、眉間に皺を寄せていかにも不機嫌そうな顔で嘆息する。
「この手紙確かに受け取った。君の名誉のため、然るべき時に使うと約束しよう」
「えぇ、よろしくお願いいたします」
フルーレが改めて差し出された手を取ると、スールスはゆっくりと歩き出した。
無表情に戻ってしまったスールスの案内で長い回廊を抜けた先で、謁見室の重厚な扉が横に控えていた従者達によってゆっくりと開かれる。天井まで届く巨大なアーチと、陽光を受けて華やかにきらめく文様入りの柱が連なるその空間は、国王陛下による裁定の場であった。
王国騎士団長のエスコートによって現れた静謐な雰囲気を纏うフルーレの姿に、場内はしんと音をなくす。黙り込んだ者の中には、裁きを受ける者として玉座の前へと体を差し出している元家族の姿も見えた。
「フルーレ、こちらへ」
スールスの手によって導かれたその席は、マンソージュ家の一連の行為に関する証言者が集まる特等席だ。横にも後ろにも、中央で俯く彼らに憎悪の目を向けた人々が座していた。
「私は国王陛下のお側に控えるため隣にいてやることは出来ないが、何も心配することはない。君は君が受けた仕打ちを出来る限りで良いからこの場にいる皆に伝えるのだ。私と出会ったあの日のように」
フルーレが決意をするように目を閉じたのを確認したスールスは王の隣に控えるために壇上へと足を進める。彼が玉座の横へ立ったのと、白髭を生やした威厳のある姿の国王陛下が玉座へと腰を下ろすのとほぼ同時であった。
「本日ここに、マンソージュ男爵家に対する不当行為の告発に基づき、証言を求める場を設けた。証言者はその場にて、己が受けた仕打ちを嘘偽りなく述べよ」
朗々とした声を合図に、審判の時が幕を開ける。