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ep.10

  一人目はマンソージュ家当主の下で王宮魔法士見習いとして働いていたが、戦闘での成果を横取りされた挙句、王宮魔法士であっても命令がなければ使用が許可されない高位攻撃魔法によって下腹部に大怪我を負ったのだという男性、二人目は自分に手渡された花束が気に入らないからと、ジョーヌ嬢に風の魔法で店を荒らされ自身も額に傷が出来たという女性。


 それ以降も続々とフルーレの周りに座る人々が順番に立ち上がり、この数年間で起きていたらしいマンソージュの名を持つ者達の愚かしい行いの数々を語っていく。


 怪我をさせるなら見えぬところに、店を荒らすなら必ず脅して口封じをと、治癒魔法士部隊に所属したことで目に映すのも辛いような凄惨な現場に立ち会うことも増えていたフルーレからするとどう考えても小物すぎるやり口に、彼女は思わず吹き出していまいそうになるのをグッと堪えた。


 証言してくれている人達が心に負った傷の程度を馬鹿にする気持ちは全くないが、元家族の卑しい行動はもはや軽蔑する気すら起きず、フルーレは自分の番が巡ってくるのをゆるりと待つことにする。


「以上が、私がマンソージュ家当主から受けた侮辱の概要です」


 フルーレの左隣に座っていた青年が着席する。真剣な表情で青年の話へ耳を傾けていた国王陛下がフルーレの方へと改めて向き直った。その顔には慈愛に満ちた笑みが浮かんでいる。


「フルーレ・マンソージュ殿。この場にて、真実を語る覚悟を持って立ち上がる者全てに、王国は敬意を持って応える。どうか汝が目にしてきたもの、受けてきた所業を、恐れずに聞かせてほしい」


 国王陛下の背後に控えるスールスからも大丈夫だと言わんばかりに大きく頷かれたフルーレは、元家族である彼らへ罪状を突きつけるために腰を上げた。


「わたくしの名前はフルーレ、少し前までの名をフルーレ・マンソージュと申します。マンソージュ男爵家の長女として生まれ、そして、己の魔法の才が『家の誇りに値しない』という理由から貴族としての立場を……いえ、これまでの人生全てを、彼らの身勝手で奪われた者ですわ」


 フルーレの涼やかで芯のある声色を聞き逃さぬよう、場内の空気が変わっていく。


 彼女の存在を軽んじてきた者たちはその清らかなオーラに目を見開いて固まり、一方で真実の開示を待ち望んできた者たちはまるで祈るように息を潜めた。


「わたくしの力は、確かに王宮魔法士として働くには到底至らぬようなものでしかありませんでした。ですから、幼い頃より己の存在をなかったことにされようと、妹から蹴り飛ばされたり体に炎を浴びせられようと、じっと一人で耐え忍んでいたのです」


 視線は逸らさず、まっすぐ前へ。俯く元家族の背と、今この場で己の声を聞き届けようとしてくれている国王陛下や人々のために、フルーレは淑女としての気品を失うことのないよう気をつけながら語りかける。


「唯一、幼少の頃から心の拠り所であったはずの婚約者ヴァン・ペティ様ですら、家族ぐるみで我が妹であったジョーヌ嬢にたらし込まれ、『武人を数多く輩出する家系に生まれ教育を受けておきながら、種火を出すことさえままならないとは言語道断だ。君との婚約は破棄させてもらう』と、とても素敵なお言葉を残し去っていかれてしまいました」


 場内に重苦しい沈黙が落ちる中、俯いていたマンソージュ家当主が、ふっと顔を上げて口の端を吊り上げた。


 どこか勝ち誇ったような、それでいて証言者の席に座る者達全員を見下すような、フルーレがかつて何度も目にしたあの笑みだった。


「ただの証言だけで何ができるというのだ。たかが元令嬢とただの王宮魔法士見習い、あまつさえ貴族である我々よりも数段馬鹿な町人の口から出た言葉など、証拠になどなりはせん……国王陛下、この娘は今お聞きになられたように虚言癖がひどく、我々家族では手に負えぬと感じて、誇り高きマンソージュ家、ひいては敬愛する貴方様の顔へ泥を塗ることになる前に勘当いたしましただけなのです」


 父の大仰な台詞を聞いたジョーヌもそれに乗るように、小さく笑いながら王へと嘯く。


「我々が彼女を痛めつけたという事実も、ましてや町人へ手をあげるなど、そのように品位を落とす行動を取るなどあり得ないことですわ。ですから……」


 ジョーヌの言葉が終わらぬうちに、王の背後で事の顛末を見守っていたスールスが静かに口を開いた。


「お待ちください。陛下、どうか私に発言の許可をいただけないでしょうか」


 スールスの言葉に、王は小さく頷いた。玉座の横に控える忠実なる騎士団長へ、ゆるりとその目を向ける。


「発言を許可する。申してみよ、スールス・ヌヴェル王国騎士団長よ」

「……ありがたき幸せ。ではここでひとつ、マンソージュ家当主が『虚言癖を理由に娘を勘当した』と主張していた件について、こちらのご確認を願いたく存じます」


 そう言ってから、スールスは懐から一枚の紙切れを取り出し、高く掲げた。


「こちらはフルーレ殿とペティ家のヴァン殿との婚約が破棄された後、マンソージュ家当主が証言者であるフルーレ殿へ『正式に手渡した』とされる追放命令の書状でございます。騎士団の調べにて、署名と印章もマンソージュ家現当主本人のものであると確認いたしております」

「そ、そのようなもの……、あの女が勝手にでっちあげたに違いない!」


 スールスの言葉が謁見の間に響き渡った瞬間、先ほどまで勝ち誇っていた当主の顔色が、さっと青ざめる。つい先ほどまでの余裕ぶった表情は、一瞬にしてほぼ消失していた。


「内容を読み上げさせていただきます。『貴族の家名に泥を塗る存在は追い出すが筋である。七日以内にこの屋敷を立ち去れ。見苦しく屋敷に居座り続けるならば、二度と朝日を拝めない体にしてやろう』」


 場内に凍りつくような静寂が満ちた。するとフルーレの近くに座っていた一人の女性の口から、私の家にも書簡が、と小さなつぶやきが零れた。


 それに共鳴するように、一人、また一人とマンソージュ家の人間から送られた手紙の存在を口にする。中には自身の懐からフルーレの持っていたものと同じ紙切れを取り出す者もいた。


 それぞれで見ればたった一枚の紙。それだけで、すべての『言い逃れ』が消し飛んでいく。スールスの声を聞き届けたマンソージュ家当主は、わずかに唇を引き攣らせた。


「ふむ……これが、貴族として民を慈しむべき男爵家当主であり、王宮魔法士長として我の剣達の一端を守り導く立場にあるはずの男が実の娘に宛てた手紙の全てとは、俄かには信じ難い内容であるな」


 王の言葉が、玉座の間に低く重く響き渡る。


「マンソージュ家当主よ。このような書状をもって虚言癖と断じた娘を不当に追放し、民を侮辱し、貴族の品位を汚したことについて、何か弁明はあるか」


 しばしの沈黙ののち、マンソージュ家当主はようやく口を開いた。皮肉なものだ。貴族としての立場を示すために贈ったのであろう書状が、今や彼らの首を絞める鎖となっているのだから。


「お、お待ちください陛下! あれは、ただ……家の品位を守るための……」

「その仮初の品位とやらのために、どれだけの者が痛みを抱え、涙を流したのだ?」


 王の声が、鋭く場内を駆け巡っていく。すべての視線が、玉座に座す王と、マンソージュ家当主へと向けられた。


「フルーレ・マンソージュおよび、ここに証言を捧げたすべての者に代わり、我が王命をもって裁を下す」


 王はゆっくりと立ち上がると、金の装飾が美しい杖を一度だけ床に打ち鳴らした。


「——マンソージュ男爵家は爵位を剥奪し、領地を没収。家名は王国に返還。

 並びに、一連の事件の加害者すべてを王都より追放とする」

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