009 変えざる者と持たざる者
戦闘は進み、坊主達も残り3人になった。
青いローブの人達が、じりじりと包囲網を狭めていく。
これで終わるのか……
「さすがは王国の魔導師だ。残念ながら俺達の負けは確定的だ!」
隊長がローブの人達に向かって叫ぶ。
「降参するなら命までは奪いません。今すぐ腹這いで地面に伏せなさい!」
マーレさんの言葉が戦場に響き渡る。華奢な体からは想像できない声の大きさだ。これもおそらく魔法なのだろう。
隊長はローブの人達からこちらに目線を向ける。
「おぉ、そちらにいらっしゃったんですね。
王国の名を受け継ぐ姫君、マーレ姫。お目にかかれて光栄です。
私、ウォーデン国特旗隊第3部隊隊長のヤリスと申します。以降お見知り置きを。」
わざとらしく深々と頭を下げる隊長……ヤリスに対し、顔色ひとつ変えないマーレさん。
ウォーデン国という国も気になるが、それ以上に驚いたのはマーレさんがお姫様だということ。
確かに立ち振る舞いや話し方から、一般人ではないと思っていたが……
「どうするのです?降参するのですか?」
「降参して生き延びたいという気持ちは山々なんですが……降参したとしても呪いで結局は死ぬことになるんですよ。なので……
カーストランスポーション!!!!」
ヤリスの呪文と同時に、ドラゴンの周りに黒い輪……魔法陣が展開する。
しかもここだけでなく、周りに飛んでいる他のドラゴン達の周りもだ。
「まずい!海斗、しっかり捕まって!」
今までで1番強い力で後ろから抱きしめられる。俺もドラゴンの首に腕を回し、衝撃にそなえた。
1秒、2秒……何も起きない?
ドーン!!
次の瞬間、ドラゴンもろとも地面に叩きつけられた。
衝撃で息がつまる。肺がひっくり返りそうだ。周りを見ると、飛んでいた全てのドラゴンが地面に落ちている。
太陽達は大丈夫だろうか……落ちた衝撃と心配で心拍数が上がる。
「どうですかマーレ姫。これが闇の魔法、カーストランスポーションです。あなた達が使う範囲の狭い転移魔法とは、範囲も威力も桁違いです。すごいでしょ。
まあこの魔法は命を削るのであまり使いたくはなかったのですが……どっちにせよ助かりそうにないので、もう一つ使わせてもらいます。」
「や、やめなさい。これ以上自分の命を削ってまで……えっ?」
マーレさんの表情が固まる。片手を上げ魔法を使おうとしているのだが、なぜか何も起こらないのだ。
その様子を見て意地の悪い笑顔を浮かべるヤリス。
「一時的ではありますが、魔法は使えませんよ。マーレ姫、まさかこんな大規模魔法を私1人の魔力で発動したと思ってるんですか?
この魔法の凄いところはですね、他者の魔力も強制的に使えるところなんですよ。」
つまり、ヤリスの発動した魔法にこちらの魔導師の魔力が勝手に使われたということか。だからマーレさんは魔力が切れてしまって、魔法を使うことができないんだ。
「そんな魔法……ありえないわ!
……なんで?なんで私の魔法が発動しないの?」
あれだけ落ち着いていたマーレさんが動揺するなんて……
この世界ではそれだけ魔法というものは無くてはならない力なのだと思い知らされる。
つまり……その力がない俺は全くと言っていいほど無力な存在なんだ……
「さぁ、いきますよマーレ姫!私達の命、そしてあなた達の命の物語のフィナーレです!!存分に味わって……死ね!!
カースサモン!いでよケルベロス!!」
ヤリスを含む坊主3人の周りを黒い魔法陣が取り囲む。と、次の瞬間3人は煙となって消え去った。
そして、そこから神話の物語でしか見たことがない3つ首の巨大な犬が現れた。
こうして坊主達は全滅した。
最悪の置き土産を残して。
「地獄の番犬、ケルベロス。こんな怪物、どこから召喚したの……?
魔法が使えない私達に、こんな怪物倒せるの?」
ドラゴン達が一歩ずつ後ずさる。おそらく格が違うのだろう。
魔法なんてこれっぽっちもわからない俺ですら、その禍々しい力を感じる。
「でも……でも、私はこんなところで負けられません!みんなを守らなければ!」
「マーレさん!!」
怯えた表情や、恐怖心を押し込めて、ドラゴンの背から飛び降りたマーレさんは剣を構える。
しかし、その剣は小刻みに震えている。
ケルベロスの大きさは5メートル近くある。顔の一つ一つが俺達人間より大きく、牙は人間の体くらいある。
まるで大人と子供……いや、横綱と赤ん坊ほどの体格差。
敵うはずがない。
「絶対に倒す!やぁ!!」
全力で振り下ろされた剣。その刃は、気付いた時には後方に転がっていた。
圧倒的……
茫然とするマーレさんを、ケルベロスは尻尾の一撃で跳ね飛ばした。10メートル先まで飛ばされて転がっていき、そのまま気を失った。
やばい、やばい、やばい……
このままじゃ、マーレさんが死んでしまう。
とどめを刺そうとケルベロスが一歩踏み出すが、その足が急に止まる。何かに反応したようだ。
「おい、そこの犬!こっちだ!」
そこには携帯電話を持った太陽。
ライトで気を逸らしたようだ。
ジャララーン、ジャラン!
今度は、この戦場に似つかわしくない電子音が流れケルベロスが別方向を向く。
「このデカブツ!こっちよ!狙うなら私を狙いなさい!」
里穂と若葉が、太陽とは反対方向から携帯電話の着信音を最大音量で流したらしい。
グルル、ガルルル
次から次へと想定外のことが起こったことで、明らかにケルベロスは苛立っている。
周りの魔導師の魔力が回復するまで時間を稼ぐつもりだろう。
しかし、その目論見はすぐに打ち破られてしまう。
「危ない!!」「下がって!!」
なんとケルベロスが黒い炎を口から吐いたのだ。
間一髪。周りの魔導師の言葉で、3人は炎をかわすことができた。
「魔法を使えないこの子達が体を張ってるんだ。俺たちがやらないでどうする!行くぞ!」
1人の魔導師が転がった剣を拾ってケルベロスに立ち向かう。呼応するように他の魔導師達も続く。
なんだこの状況は……
いきなり周りがスローモーションになる。
思考が凍りつく。今までに感じたことのない気持ち。
その気持ちは……何もできない自分に対しての劣等感。
俺は一体何をしているんだ?
俺より年下の太陽と若葉は、命の危険を顧みずに自分に出来ることをしてマーレさんを救おうとした。
里穂はこんな意味わからない世界の中で、意味のわからない魔法を使って俺達を助けてくれた。
マーレさんや仲間の魔導師達は、命をはって俺達を守ってくれた。
じゃあ俺は?俺はこの世界に来て何をした?
元の世界では、サッカー部のエースとして、何度もチームを救ってきた。
体が大きいことから、喧嘩も負けなしだった。だから友達を何度も救った。
だがこの世界では、サッカーができても、ただ喧嘩が強くても、大切な人達を救うことはできない。
この世界で大切な力は、魔法……
そして、いざという時に一歩踏み出すことができる意志の強さ。
魔法についてはしょうがない。
だが、意志の強さは持っているつもりだった。
でも、それは自分に力があったからであって、力を失った今、いざという時の一歩が踏み出せなくなった。
俺の強さは、幻想だった……
『力が欲しいですか?』
声が聞こえる。マーレさんの声が白だとすれば、この声は黒。
黒い声……闇の声……
『あんたは誰だ。なぜ俺の心の中にいる?』
『それは君が自分の無力さに絶望してるからですよ。
私の名前が知りたいですか……そうですね、運命を変えざる者……とだけ言っておきましょうか。』
変える者ではなく、変えざる者。
『記憶を読ませてもらいましたが……あなたは今まで成功者だったようですね。何をやってもうまくいっていた。
それがこの世界に来てから持たざる者となってしまった。友を守るために動く勇気もない自分が許せない。
ふふふ、そうですね。絶望しますよね。』
言葉、笑い声、そのすべてに腹が立つ……が、何も言い返せない。
『もう一度聞きましょう。力が欲しいですか?力があれば、理想の自分に、いや、今までの自分、本田海斗に戻ることができますよ?』
魅力的な言い分。甘い言葉。
欲しい……力が欲しい……
生温かい大きな力、心地よい巨大な力に吸い寄せられ、包まれる。
『俺は……力が欲しい』
力が欲しい……今までの自分に戻りたい。
けれどこの力、おそらくただではない。
リスクを伴う力。本能が、そう言っている。
今なら戻れる、きっと戻るべきだ……
でも……やはり今の俺を、何も持たざる俺を、俺は許すことができなかった。
『変えざる者……俺に力をくれ!
俺は自分自身を変えたくない。俺は……本田海斗でいたいんだ!」
俺の言葉に合わせて黒い力が体の底から溢れ出す。無限とも思える力の量。
これは……魔法なのか?
『ふふ、本田海斗、良いですね、良いではないですか!それでこそ私が目をつけた人間です!
そうです、あなたはこの力で、運命の守護者となるのです!期待していますよ!』
変えざる者の声は、いつの間にか消えていた。
残ったのは巨大な力と…俺の元に帰ってきた幻想の意志の強さ。
もう逃げない。
いや逃げる必要はない。
ケルベロスは向かってくる魔導師を片っ端から薙ぎ倒している。
ある人は炎で焼かれ、ある人は爪で切り裂かれ、ある人は噛み砕かれ……もう動ける人は数人しかいない。
早く助けなければ……
いや
早くこの犬を……殺さなければ