150 女神の戦い④
「いくよ、リース!!スターダストフォール!!」
星屑……の代わりにリースに向かって落ちていくのは巨大な岩。最初の一撃で私が上空に舞い上げた砂や石を魔力でまとめ、圧縮した物だ。リースの打撃を防御しながら、バレないように必死に準備した魔法。
範囲は半径50メートルにも及び回避は困難。加えて高高度から落下させることにより威力も高位魔法にも引けを取らない。
けど、最大のポイントは物理魔法だということだ。この魔法は、ただただ岩をぶつけるだけなので、マーレ・オブ・マギによる吸収は不可能。
しかし、リースは冷静だった。操られているとは思えない流麗な動きで落下する岩を全てギリギリでかわしていく。
さすが私の師匠。でも、これで終わりじゃないよ!!
スターダストフォールは、私の狙った場所に岩を落下させることができる。つまり、避けられる場所を絞ることで、狙った場所に誘導することができるのだ。
ガチャン!!
「あっ……」
あらかじめ設置しておいたロックバインドを発動し、リースの足首から下を石で固める。発動の瞬間だけは魔力を使うものの、一度とらえてしまえば後は石の重さと硬さで縛るだけ。
足を地面に完全に固定されてしまったリースは、身動きが取れなくなる。
普段の彼女なら、この程度のバインドにかかることなど考えられない。
だからこそ、私は考えた。上に意識を向けさせれば、下は疎かになる。
バレーボールでセッターを担当する私にとって、心理戦は得意分野だ。
ここまで魔力を込め圧縮した石を砕くには、高位魔法クラスの魔力を使うしかない。
自然界から魔力を吸収することができないリースは魔力を極力温存したかったが、こうなってしまってはそうも言っていられなかった。
バギバキバキ!!
魔力を一気に解放して、石を砕きにかかる。
シューンッ……
石を砕くことに集中しすぎて、私の左手に魔力が収束していることに気づくのが遅れる。
あれはなんの魔法だろう……
物理魔法であれば、既に何か物質が顕在化しているはず。それがしていないということは……特殊魔法?
こんな土壇場でミスを犯すとは……やっぱりわかは戦闘経験が足りなさすぎる。
特殊魔法は私には効かない。むしろ吸収して魔力を回復できる。
そうしたらもうここまでのチャンスをわかが作ることは不可能だろう。チェックメイトだ……
とか思っててくれたら嬉しい。
なぜならこの魔法は、リースに吸収してもらわなければ意味がないのだから。
そして、その望みは叶っていたようだ。
リースはロックバインドを破るのをやめ、私の魔法を吸収しようと構えている。
ありったけの魔力を左手に収束し、友達に向かって放った。
私が使える……ううん、私しか使えない一番の魔法。リースが教えてくれた必殺の魔法!!
「マジックバースト!!」
それはお馴染みの魔力を直接ぶつけるだけの魔法。
でも、今回はただ真正面に放つのではない。私の左手から放たれた魔力は、7つの軌道を描き、上下左右、前方後方からそれぞれリースに向かう。
その一つ一つに極大魔法と同じくらいの魔力をこめている。魔力量だけで見れば極大魔法7発分。
リースはその全ての魔力を吸収しようとマーレ・オブ・マギを発動する。私の放った魔力は、どんどんリースの身体に吸収されていく。
が、全てを吸収することは不可能だった。
極大魔法7発分。もし太陽の得意な極大魔法、『ザ・サン』で同じ量の魔力をこめたら、恐らくハイラスマーレ国が一発で消し炭と化すだろう。
今のリースに、そんな膨大な魔力を吸収することなどできなかった。
そのことに『マジックバースト』を受けてから気づくリース。
いや、巧妙に張り巡らされた罠にまんまと嵌められたのだ。
スターダストフォールも、ロックバインドも、全てはマーレ・オブ・マギを使わせるための布石。ロックバインドを砕くことに集中し、マジックバーストの収束に気づくのが遅れたことで、そこに込められた魔力量までは確認することができなかった。
加えて魔力を削ることで、魔力を吸収し補充したいという気持ちにさせたことも見事だった。
もしリースがウォーデン王の人形ではなく、自分の意思で戦っていたとしたら、あるいは気づけたかもしれない。
そこについては、リースに心の底からの賛同を得られなかったハイルのミスだった。
ついに貯蔵量が限界を超え、吸収が止まる。
マーレ・オブ・マギが停止したリースの身体にマジックバーストが四方から直撃した。
「ギャーッッッ!!」
その悲鳴が、リース本人のものなのか、リースの中に巣食うウォーデン王のものなのかは分からない。
魔力の直撃で身体が宙を浮き、そのまま落下する。莫大なエネルギーが地面を大きく削り取ったが、多分リースにケガはないはず……
大丈夫だよね??
私はすぐさまリースのもとへ駆け寄る。
マジックバーストは身体を傷つける魔法じゃない。しかも、今回はこめた魔力がなかなかの量だったので、吹き飛んでケガをしないように全方位から直撃させる工夫もした。
その甲斐あってか、目をつぶって地面に横たわる彼女の身体には、目立つ外傷はない。胸もちゃんと上下している。
良かった、大丈夫だ。
ほっとする私に対し、うっすら目を開けるリース。その顔には穏やかな笑みが浮かぶ。
「まさかわかに負けるとはね……ふふ、本当に強くなったね。」
莫大な魔力を浴びたことで、ウォーデン王とのリンクが切れたらしい。
正気を取り戻したリースに私は思わず抱きつく。
いつもなら、『何でもかんでも抱きつかないの!』と叱られてしまうところだけど、今回ばかりは彼女も私のハグに応じてくれた。
『特別だよ。』そんな言葉が聞こえてくるようで……
「リース、本当に良かった。もう大丈夫なの?痛いところとか、変なところとかない?」
「大丈夫だよ。お父様との繋がりも、さっきのマジックバーストの衝撃で切れちゃったみたい。」
私が隣にいる状況で、再びリースを操ることは不可能に近いらしいし、そもそも貯蔵量を遥かに超える魔力を吸収したことで、リース自身もすぐには魔法を使えないみたい。
ドール達も人形の女神……マーレ・オブ・ドールの魔法が切れて、事切れたように皆地に伏している。
「それなら良かった。もう、本当に心配したんだからね。」
すると、先程までの笑みがスッと消え、まぶたを伏せる。ギュッと身体をこわばらせ、申し訳なさそうに口を開いた。
「本当にごめん……なんて言葉じゃ、足りないよね……」
その瞳には涙がいっぱいに溜まっている。リースはもちろん、親友で同じ顔をしたひかりの泣く姿も、小学校の卒業式でしか見たことがない。
私は泣いてばかりなので、いつもと逆の立場となりうろたえてしまう。
とりあえずギュッと抱きしめよう。私もいつもそうしてもらってたから……
「わか、痛かったよね。本当にごめん……
それに、わかの大切な人達もたくさん傷つけちゃった……」
「でも、それはウォーデン王に操られてだし……」
言葉を挟む私に、ゆっくり首を横に振る。
「そうだけど……私が傷つけたのは事実だから。」
確かにハイラスマーレ王やショーンさんを傷つけたのはリースだ。この言い方から察するに、多分リースは身体は乗っ取られていたが、自分の行いは見ていたのだろう。
友人や、その大切な人を傷つけさせられ、それを見せられるなんて……私だったらきっと耐えられない。
だからこそ……今こそ約束を果たす時だ。
大切な人との約束。私のことをこの世界に戻してくれた、恩人との約束。
「リース、いいんだよ。他の人達が許さなくても、私はあなたのことを許すよ。」
ビクッと身体が震え、身体の強張りがゆっくり解けていく。そんな彼女にもう一言。
「だってさ、リースは私の友達だもん。」
日の出が私達を照らし出す。暖かく、優しい光。
1日の始まりを告げる、希望の光。
リースにはこの先、困難な未来が待ち受けているかもしれない。この戦争がどのような結末を迎えるかは分からないけど、どちらの国が勝ったにせよ、自分の冒した罪、自分の出生の秘密によって苦しむだろう。
でも、それでも……私はあなたを許すよ。そして、あなたの苦しみを一緒に分かち合いたい。
友達だから。
リースは結局、顔を私には見せてくれなかった。
けれど、小刻みに震える肩、小さく鼻をすすり、嗚咽をあげる大切な友達を、私はもう一度ギュッと抱きしめた。




