農村の少女
お蘭の実家は東北の田舎にある。父は小学校の先生をしていた。兄弟は2つ下の弟裕太と4つ下の妹ゆきがいた。母は体が弱く妹を生むとすぐに亡くなってしまった。父親が男手1つで3人の兄弟を育ててくれたのだ。父はよく本を買ってきてくれ子供達に字の読み方を教えてくれた。特にお蘭は西洋のプリンセスが出てくる本が大好きだった。
「お義母様、わたしも、舞踏会にいぎたいです。」
片言なぎこちない標準語で物語のヒロインになりきる。
「無理だべ。田舎者みだいなしゃべり方する人は。」
裕太がからかってくる。口は悪いが決して値は悪い弟ではない。
「無理じゃないべ。姉ちゃんは学校で優秀だがら。」
お蘭を庇ってくれたのは優しいゆきだった。
お蘭は小学校では成績優秀。特に国語の授業が好きだった。音読になると真っ先に手を上げる。
お蘭はよく口ぐせのように言っていた。
「わたす小学校卒業したら東京の女学校行くだ、それで読み書き勉強して女優さなる。童話のお姫様さなる。」
「わたすもなりたい。」
ゆきも一緒になって答える。
父は子供達の夢を応援してくれてた。お蘭が小学校を卒業したら皆で東京に引っ越そうと約束してくれた。
しかしそんな日々は突如として崩れた。お蘭が10才、小学校5年生のときに父が亡くなった。事故だった。お蘭達兄妹は親戚のおばさんの家に預けられた。
おばさんは意地悪な人で3人を学校へは行かせてくれたが、朝は早く起こされ農家の仕事を押し付け、学校から帰って来ると歩いて街までお使いに行かされたりもした。以前のように家族で本を読んだりお喋りする時間はなくなった。
お使いに行くとお店の人はお蘭達に優しくしてくれた。
「子供だけで来るなんて偉いね」と言ってお駄賃をくれたりもした。そのお駄賃は瓶のケースに入れていっぱいになったらそのお金で東京に行こうと決めていた。
お蘭が小学校卒業も近づいた頃、おばさんに話があると言って呼び出された。おばさんには東京へ行くように言われた。お蘭は憧れの東京の女学校に胸を膨らませ喜んだ。しかしその喜びも束の間だった。東京へは女学校進学のためではなく奉公に出すためだった。
そしてお蘭は鮎子のお屋敷で働くことになった。
お屋敷の仕事は楽ではなかった。朝早く起きて朝食の準備、食器洗い、お嬢様の部屋の掃除、洗濯、お嬢様が帰ると習い事の先生がくるからそれまでにお嬢様の着替えをすませなければいけない。その後は夕食の支度に片付け。それが終わってやっと休めるのだ。
使用人の先輩達はお蘭が話す東北弁を田舎者だと馬鹿にしたが鮎子だけは違った。鮎子はお蘭に本を貸してくれた。標準語も教えてくれた。
奉公に来て間もない頃、鮎子が女学校で劇をやることになって、衣装を持ち帰ってきた。演目はロシアの作家チェーホフ「桜の園」。鮎子はメイドのドゥニャ
ーシャを演じることになった。緑色のワンピースに白のエプロンを身につけブラウンヘアの鬘を被り姿見の前に立つ。
「お嬢さん、とてもお似合いです。」
「ありがとう。」
2人は台本の稽古をした。お蘭はお屋敷の令嬢のアーニャの代役をした。
「何かいつもと逆ですわね。」
鮎子の言葉に二人は笑い合う。
その後衣装が両親に見つかり鮎子はこっぴどく叱られた。お蘭は素敵な衣装だと言って庇ってくれたが両親は聞く耳持たなかった。
「お蘭、私の気持ちを分かってくれるのは貴女だけだわ。」そう言って鮎子は泣き出した。
「でもいいの。私はお蘭だけが分かってくれれば。貴女だけが私の居場所。」
お蘭も同じ気持ちだった。仕事は辛いけど鮎子お嬢様がいてくれればそれでいい。お蘭にとっても鮎子そのものがお蘭の居場所だったから。
だけど今はそれすらも許されない。その居場所すら奪われてしまったのだ。
今お蘭の目に映るのは灯りの下を男達が行き交い、着物の女達がそれを誘う花街なのだから。




