令嬢の名
鮎子はブルーのドレスを撰ぶと試着したいという。お咲が試着室へと案内する。
お店には和装のお客様も多く訪れる。そんな時お咲か着付けや着替えを手伝うのだ。
鮎子が入るとカーテンを閉める。
鮎子は帯をほどき着物を脱ぎはじめる。肌襦袢を脱ぐとお咲が右腕に目をやる。火傷の後があった。
「椿さん?椿さんでしょ。その火傷の後」
椿とはお咲が旅館に奉公していたときの同僚だ。
「あの、わたくしは鮎子です。帝国陸軍の西宮司令官の娘西宮鮎子でごさいます。どなたかと間違えているのではないでしょうか?」
「でもその火傷は」
「これはわたくしが幼い頃に別荘が火事になったときにできたものです。」
鮎子はブルーのドレスに着替える。火傷の後は上手く隠れている。
「良かったわ。」
鮎子はドレスを購入し、リーズとお咲に見送られ店を後にする。
家に戻ると部屋にハンガーでドレスは掛けておく。
「まさかお咲ちゃんがあの店で働いていたなんて。名前を呼ばれた時は一瞬ひやっとしたわ。」
「失礼致します。」
ノックと共にメイドが襖を開けて入ってくる。
「お嬢様、珠家りょう様がお見えになりました。」
「まあ、お通しして。」
珠家りょうとは鮎子の婚約者である。スーツ姿のりょうがメイドに連れられ鮎子の部屋にやってくる。
メイドは扉を閉め退室する。
「椿ちゃん」
メイドがいなくなると鮎子を背後から抱き締める。
「おやめになって。りょう様」
「いいじゃないか。誰もいないのだし。」
「駄目よ。まだ結婚もしてないのですから。それに今のわたくしは椿ではなく鮎子よ。」
お咲や春子が察した通り彼女は本物の鮎子ではない。彼女の本当の名前は中村椿。名家の令嬢なんかではない。浅草の下町で生まれた貧しい少女だ。お咲が奉公に出されていた旅館で働いていた。お咲とは同時期に入ったが年齢はお咲の1つ上だ。
父親と宿泊にしたりょうが彼女を鮎子と間違えたことがきっかけで彼の父に声をかけられ、今は鮎子の振りをしている。
「そうだったな。鮎子さん。」
今度は手を握り肩を抱こうとする。
「おやめ下さい。わたくし恥ずかしいわ。」
「そんな態度を取っていいのか?君の正体を西宮家の人達に話してもいいんだぞ。」
「あら、そんなことして困るのは貴方のお父様の会社ではないかしら?」
りょうの父は会社を経営している。鮎子の父である西宮司令官が資金を援助しているが最近は経営は右肩下がりで借金もある。鮎子と結婚すれば持参金で借金を返済し経営を建て直すことができる。
「貴方は借金がなくなり会社も安泰。そしてわたくしはめでたく玉の輿に。お互い協力しあいましょう。」




