45. 自分がしたいと思うこと
痛々しい描写があります。
ノイが全身に包帯を巻かれたクリスタから目が離せないままでいると、ヨーセフがぽつりぽつりと話しだした。
妖獣は週に一回くらいのペースでやって来て、空中から村のなかを物色したあと、何かを掴んで持っていく、というのがお決まりのパターンだったらしい。積極的に人を襲わなかったことも、軍に後回しされていた要因かもしれんな、とヨーセフは話す。
半年も経つと、村でも対策がとられるようになった。空中にいる妖獣を相手にするのは不利なので、極力攻撃など刺激を与えず、わざと妖獣が取りやすいようなもの、馬車や簡易的な小屋、荷車などを準備しておき、被害を最小限にして帰らせていたそうだ。
あの日も、妖獣が確認されると、子供や戦闘に向かない大人は家のなかに立てこもり、戦える人たちがそれぞれ物陰から様子を伺っていた。妖獣は空中をしばらく飛んでいたが、運悪くわざと置いていた古い馬車ではなく、ある馬小屋をターゲットと決めてしまったらしい。
馬小屋はかなり頑丈な作りになっており、妖獣は屋根の上に乗り、爪を立てて掴もうとしたり、突っついたりしていた。中には馬が三頭と子供が二人避難しており、出るにも出れずに泣きわめいていた。人々は必死で妖獣を退かそうとするが、魔法を放ってきて近づけないし、遠くから弓矢や氷の魔法を放っても全くダメージを与えることができなかったらしい。
そんな時、少し離れたところにいたクリスタの魔法が妖獣に命中した。クリスタは特に魔法に長けていて、その威力はとても強く班の重要な戦力だった。クリスタの魔法は妖獣を負傷させたが、倒すまでにはいかず、むしろ怒らせる結果になってしまったようだ。怒った妖獣は、馬小屋から離れ、囮としてわざと置いていた馬車を足で掴むと、クリスタ目掛けて勢い良く落とした。
クリスタは馬車の下敷きになった。妖獣はさらにその馬車に向かって火球を放ち、馬車はあっという間に、下敷きのクリスタごと火に包まれたそうだ。その時の衝撃で、エルメルの家のガラスが割れてしまったんだろうと、ヨーセフは話す。
クリスタの絶叫を聞き、皆が馬車からクリスタを助けようとして集まってきた。しかし、火の勢いが強く難航しているうちに、今度はリータの悲鳴がきこえ、振り向くと妖獣がリータに襲いかかり、あっという間に拐っていったらしい。
「村が大パニックになっているなか、私とユスティーナとアルベルトはなんとかクリスタを馬車から引きずり出した。微弱ながら息を確認した私は、すぐさま診療所へと運びこんだ。……しかし、検査の結果は残酷だった。四肢全ての骨が複雑に折れ、背骨や肋骨もヒビがが入っているよううだ。内蔵も傷ついているのか、吐血もあり、さらには全身が重度の火傷だ。……今は少し安定しているが、明日、明後日を迎えられるかは、わからない」
ヨーセフはクリスタの髪をそっと撫でる。
「私にできることは、もう何もない」
ゆっくりとノイの方を向いたヨーセフの目は潤んでいた。
「私はダメな医者だ。この年になるとね、色々な人を看取ってきた。どうしようもなく、消えゆく命があることは、よくわかっているはずだ。なのに、まだ、夢物語にでてくるような奇跡を信じ、縋りたくなってしまう」
ヨーセフは、深々と頭を下げる。
「老いぼれの都合のいい妄想であれば、そんな奇跡、あるものかと笑ってくれ。ただ、もし、本当に、傷ついたリータを君が治したのだとすれば、どうかクリスタも、救ってはくれないだろうか」
後ろから小さな嗚咽が聞こえたと思うと、誰かが走って出ていく気配がした。その後を、少し重たい足音がゆっくりと追っていった。
「……この人と、シオンと、三人にしてもらえますか」
動揺しているノイは、それだけいうのが精いっぱいだった。
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ヨーセフが静かに部屋を出ていき、ドアを閉めてから暫くたった。ノイの胸はどうしようもなくざわつき、手が震えてしょうがない。ここまで酷い傷を負った人を見るのは、初めてだった。シオンの方を向くと、ただ、無表情でクリスタを見つめていた。
「……元気に、なるかな」
「いや、もう死ぬだろ。死臭がする」
「随分あっさり言うんだね」
「生き物は、みんな死ぬからな。よくあることだ」
淡々というシオンに、何か急にとてつもない壁を感じた。
「リータは、あんなに必死で助けたのに……」
「そりゃ、リータはここまで傷ついているように見えなかったからな。それに、オレなら助けられると思った。だから助けた。まあ、リータもノイが魔法を使えなかったら、死んでたかもしれねーみてーだけど。でも、今のこいつにオレができることはない。ノイが助けたくないなら、オレがどうこう言って騒ぐことじゃねーだろ」
「俺は、助けたくないわけじゃない……」
「あ? じゃあなんで助けねーんだ?」
シオンが首をかしげながらノイを見る。
「これほど酷いと、治せねーの?」
「いや、多分、治せると思う」
「じゃあ、なんでだ?」
「……わからない」
ノイは頭を抱えて目をつむり、下を向いて絞り出すように話し出す。
「わからないんだ……どうしたらいいのか、わからない」
手の震えをとめたくて、ノイは自分の髪の毛を強く握りしめる。
「俺も助けたい。でも、普通の人は、そんなことできないんだ。俺は、普通じゃない。そう、皆にばれてしまうのが怖い。でも、人が一人死にかけているのに、そんなことを考える自分は、やっぱり普通じゃないんだ」
「おい」
「俺はもう、普通じゃない。醜いバケモノだ。バケモノだとばれたら、もう、受け入れてもらえない」
「おい」
「何をしてもダメなんだ。助けても、助けなくても、俺は、俺は……!」
「おいって!」
シオンに左腕を強く引っ張られる。ノイは驚き、顔を挙げて目を開く。目の前にはシオンの顔があった。
「普通って?」
「……え」
「だから、普通ってなんだよ」
いつもの調子で聞いてくるシオンを見て、ノイは少し冷静になった。
「え、えっと、皆と同じこととか、よくあることとか、あたりまえのこと……とか」
頭が働かないのか、上手く説明できない。
「あー、そういえば、前もそんなこと言ってたな。皆と違うことは隠したい、とか」
シオンは手を放して、あまり納得していないような顔でノイを見る。
「ノイが気にするなら、まあ好きにすればいいけど、オレはやっぱりよくわかんねーな。皆と違うなんて、当たり前だろ」
「でも、こんな魔法が使える人間……いや、生き物なんて、他に聞いたことがないんだ。だから、皆は、普通はできないんだよ。俺だけ、皆と違う。俺だけ……」
「あの魔法が使えるのがお前だけだとしても、オレには何が問題なのかわかんねーな」
シオンはまだ納得していない顔をしている。
「んー、気味悪がられたり、怖がられたり、避けられたりすんのが嫌なんだっけ? そんなんも、そうする奴らの相手をしなけりゃいいだけじゃねーの」
「でも、皆がそうだったら……」
「オレは、そんなことねーけど」
シオンの髪が、窓から入ってきた風になびいてふわりと揺れた。
「オレは別に、ノイのことそんな風に思ったことねーよ。お前が言う“皆”が、どこまでを指してんのかよくわかんねーけど、オレはそんなこと思わない。リータもお前が治したこと知ってるっぽかったけど、避けてるようには見えなかった。それに、エルメルもハンネスも、ヨーセフもマルガレータもユスティーナもアルベルトも、そんなことで避けるような奴らには、見えねーな。ノイが、どう思ってるかは知らねーけど」
「もし、受け入れられなかったら……」
「んー、そん時は、そん時じゃねーの? あ、でもユスティーナに班員にしてもらわねーと、カードもらえねーのか。まあ、それもどうにかなるだろ。そうなったら、また一緒に方法探そうぜ」
あっけらかんというシオンを見ていると、自分が何に悩んでいるのか段々わからなくなった。
「まあ、それでもやっぱり嫌なら、助けなくてもいいんじゃねーの。お前が言う“普通”なら、そいつはこのまま死ぬ。でも、それが“普通”なんだから、気にすることじゃねーよ」
「……シオンなら、どうする?」
「助ける」
思いのほか即答で返ってきて、ノイは少し動揺する。そんなノイを見て、シオンが首を傾げた。
「あ? オレがあの魔法を使えるなら、助けるか助けないかって質問じゃねーの」
「あ、いや、そう、あってるよ。全然悩まなかったから、すこし驚いただけ」
「ふーん、お前は、随分悩むのな」
シオンはクリスタを見る。
「“皆”のことなんか気にせず、自分がしたいと思うことをすればいいし、したくないと思うことをしなけりゃいいんじゃねーの」
(自分が思うこと……)
色々と不安もあるし、何が正解かもわからない。でも、このまま、死ぬのが分かっていてほおっておけるだろうか。自分には治せないと、ヨーセフやユスティーナに嘘をつけるだろうか。責めたり怒ったりするような人たちではない。でも、彼らの絶望と悲しみに沈む表情は……見たくない。
(なら、俺がしたいことは……)
ノイは頭の中がすっきりしたように感じた。なんだ、答えは最初から決まっていたんじゃないかと、ノイは自分の優柔不断さにあきれる。
(結局、シオンに背中を押してもらいたいだけだったのかな)
そんなことを思いながら、ノイは自虐体に笑うと、クリスタのお腹のあたりに手をかざした。




