44. リータのお願い
痛々しい描写があります。
「あんなに博識なんだがな。自分のことは、名前すら覚えてなかったそうだ」
ぽかんとアルベルトを見るノイとシオンに、エルメルが補足して説明する。
「アルベルトが初めてこの村に来たのは、十年くらい前かな。カードの制度が始まったばっかりくらいだったか。成人してんだかわからないくらい、まだ幼い感じだったな。防具も武器もなにも身につけていなかったのに、何故か金だけはたくさん持ってて店に来たんだ。よく覚えているよ。少し心配しながらも俺の武器を売ってやったら、その次の日、でっかい袋を持ってまた店に来てな、これを売りたいっつって袋から仕留めたヒッズ・イーバを引っ張り出されて、俺、腰抜かしたよ」
エルメルは懐かしそうに笑った。
「それから、アルベルトはこの村にずっといて、森に行っては妖の生物を狩ってきてた。そういう冒険者も多いから、アルベルトもそうだと思っていたんだ。まあなに聞いてもほとんど答えてくれなかったから、訳ありかなとは思っていたがな。んで、ユスティーナとアルベルトが会ったのも、この村だ。ユスティーナが最初に来たのは……」
「六年前、二十歳の時ですね。当時私は滅紫教所属の研究員で、アリストクラティに住んでいました。森を調査しようと、この村に来たのです」
「ユスティーナも俺の店にきてな、森に行くから強い武器を売ってくれっていうんだ。だがどう見ても華奢な女の子で、強い武器は重くて持てなかったからな、滅紫教徒で魔法が強いとしても、一人で行くのは危険すぎるって止めたんだよ。そしたらちょうどアルベルトが入ってきて、ユスティーナがアルベルトに同行を頼んだんだ。まあ、けんもほろろに断られていたがな」
「なので、勝手についていくことにしました。私、結構しつこいんですよ」
ユスティーナはにっこりと笑った。アルベルトは小さくため息をついていた。
「で、なんだかんだでユスティーナが来たときは、アルベルトが一緒に森に入るようになったんだ」
「一緒に行っていたつもりはない」
「まあまあ、アルベルト。そんなんが二年くらい続いた頃かな、各地に妖獣が出るようになって、ユスティーナの所属が軍に変わったんだ」
「正確には妖獣が出現し始めたのが今から四年前、私の所属が軍になったのが三年半前です。私は、運良く妖生物の研究でそこそこ結果が出ていたので、班長に任命されました。ただ、班員は自分で探すようにと。そこで、アルベルトを勧誘したんです。そのあたりで、アルベルトが記憶喪失で個人認証カードを持っていないことを知りました。でも、先ほど説明した通り、勧誘及び任命にはカード所持は問われませんので、問題なく班員になっていただきました」
「ユスティーナの粘り勝ちって感じだったがな。まあ、アルベルトにとっても、悪い話ではなかったし」
ユスティーナがカードを取り、アルベルトに手渡す。
「そして、アルベルトのカードが発行されたのが半年前です。私達の班は、アルベルトと……もう一人の班員のお蔭でかなりの実力を持っていると自負しています。その結果、私の研究実績も積み重ねられ、高い評価を頂いています。このように、班に実力と実績、前例がある場合は、特例として、カードの非所持者がいても班長が行動を共にする以外、全ての制限が免除されるんです」
ユスティーナはノイとシオンに向かって微笑む。ノイの胸は期待に膨らんでおり、ユスティーナの微笑みが少し悲しそうなことに気づいていなかった。
「なので、実質特にデメリットなく、私はあなた方を班員に勧誘することが可能なのです。妖獣を倒したとなれば、私としても、是非班員になっていただきたいところです」
「じゃ、じゃあっ!」
「ただ……」
ノイの言葉をやんわり遮り、ユスティーナは目線を反らす。
「ただ?」
シオンが聞くと、ユスティーナは静かに深く息を吐いてノイとシオンを見つめる。
「もう一人の班員、クリスタが、怪我をしていまして……」
そういえば、エルメルとハンネスがそんな話をしていたとノイはぼんやりと思いだした。
「……ひどい怪我なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。エルメルも、心配そうにユスティーナを見ていた。ユスティーナはアルベルトとヨーセフをゆっくりと交互に見る。二人は伏し目がちにしながら、小さくユスティーナに頷いてみせた。
「クリスタは……」
ユスティーナが口を開いた瞬間、勢いよくドアが開き、ひどく取り乱したリータが飛び込んできた。部屋が防音なのか、それまで全く聞こえなかったリータのつんざくような泣き声に、一同はびくりと肩を跳ねさせた。
「リータ!? どうした!?」
「パパァああぁぁあああー!」
リータはエルメルの胸に飛び込み、わんわんと泣き出した。あまりに酷く泣いていて、ひきつけをおこしたようになっている。ヨーセフが素早く立ち上がり、リータを落ち着かせようと強めに背中をさする。エルメルも含めて、他のものはただオロオロとするばかりだった。
「リータ、どうした?」
ヨーセフは優しく、しかし大きな声で語りかけながら、リータをエルメルから離して横にさせようとする。だが、リータはエルメルにくっついたまま、なおも泣き続ける。ヨーセフは引き離すのを諦め、また背中をさすったり軽く叩いたりしながら、リータに語りかける。
そうこうしていると、マルガレータが息を切らせながら部屋に入ってきた。
「マルガレータ、リータはどうしたんだ?」
ヨーセフが聞くと、マルガレータは息も絶え絶えに答える。
「わ、わから、なくて。お風呂から、出て、二階の、お部屋に、連れていって、ホット、ミルクが、欲しいって、言うから、リータを部屋に、残して、私、台所に……」
マルガレータもオロオロとしてしながらリータのそばに膝をつく。リータはまだ泣き続けている。
「……リータ、どこか痛いのかい?」
ヨーセフが聞くと、リータは泣きながら首を横に振る。
「寂しくなったのかい?」
また横に振る。少し考えて、ヨーセフはゆっくりと語りかける。
「クリスタのお部屋に、入ったのかい?」
ユスティーナがピクリと動く。リータはさらに激しく泣き出した。
「……エルメル、一度、リータを家に連れて帰ってくれるか。一旦、離れて落ち着かせよう」
ヨーセフに言われると、エルメルは頷いて立ち上がった。その時、エルメルの腕の隙間から、リータと隣にいたノイの目が合った。
「ノイ!」
リータは泣きながら、身体を伸ばしてノイに手を伸ばした。急に動いたのでエルメルの腕から落ちかけ、ノイがあわてて受け止めた。
驚いて声がでないノイの腕にいるリータに、エルメルが慌てて話しかける。
「リータ! 危ないじゃないか! どうし……」
「ノイ!」
それを遮り、リータは泣きながら、ノイにすがる。
「ノイ! クリスタなおして!」
「何言って……リータ、一回お家に帰ろう」
エルメルはリータを抱き抱えようとするが、リータはノイから離れない。
「リータなおしてくれたみたいに! クリスタなおして!」
「リータ! ノイはお医者さんじゃないんだ、ほら、パパと……」
「ノイ、なおしてくれたもん! リータ、あしも、うでも、おなかも、せなかも、全部とってもいたかったけど、ノイ、なおしてくれたもん!」
ノイは呆然とリータを見ている。
(気絶していると思っていたけど、もしかして……)
「ノイ! おねがい! いやだ! クリスタ死んじゃ、いやだあぁああぁあ!」
リータはまた激しく泣き出した。誰も何も言わずに、リータの泣き声だけが響き渡る。
ゆっくりと動きだしたのは、ヨーセフだった。リータの頭を撫で、ゆっくり語りかける。
「リータ、パパとマルガレータと一緒に、一旦おうちに帰ろう。リータが泣くと、二階で寝ているクリスタが、びっくりしてしまうよ。よしよし、ほら、いいこだから」
ヨーセフが根気よく頭を撫で続けると、リータは徐々に激しく泣くのをやめ、はあはあと息をしながら時々しゃくり上げるくらいに落ち着いてきた。ヨーセフが抱え上げると、ようやくノイから手を離した。ヨーセフはいいこだね、と言いながらエルメルに渡す。
「エルメル、一旦、家に帰ってくれ。マルガレータも一緒に。カモミールも持っていくといい。あと、エルメル用に、打ち身にきく軟膏を」
エルメルとマルガレータはこくこくと頷き、エルメルの肩に顔を埋めてひくひくと泣くリータを連れて急いで出ていった。ヨーセフは部屋のドアをゆっくりと閉める。
部屋にまた、静寂が訪れた。
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「リータの身体を隅々検査したんだけどね、本当に、擦り傷一つ、打ち身一つなかったよ」
静寂を破って、ヨーセフが、ノイを見ながら静かに言う。
「私は、リータが拐われる所を見ていた。一旦地面に叩きつけられるように押し付けられ、大きな爪のついた足で無遠慮に掴まれ、そのまますごい速さで飛んで行った。正直、あんなに小さな子がね、あんな風に扱われて、擦り傷一つないなんて、信じられないんだ」
ノイは下を向いたまま、何も言えないでいた。ヨーセフはくるりと反対を向く。
「ユスティーナ、いいかな」
ユスティーナは戸惑いながらも、こくりと頷いた。ヨーセフも優しく頷く。
「ノイ、シオン、ついてきてくれるかい」
そういうと、ゆっくりとドアから出ていった。
ノイは心臓が大きく脈打ち動くことができないでいたが、ふいに腕を引かれて立ち上がった。シオンは、何も言わずにノイの腕を引き、半ば引きずるようにノイを連れて、ヨーセフのあとを追った。そこ後ろから、ユスティーナとアルベルトがゆっくりとついてきた。
ヨーセフは階段を上がり、渡り廊下のような所を抜け、五つあるドアのうち、半開きになっていた、一番奥のドアへと入っていった。シオンとノイも、あとに続いた。
部屋に入った瞬間、何かがすえたようの匂いがした。ヨーセフは、ベッドの横に静かに立っている。隣まで行ってベッドを見て、ノイは思わず息をのんだ。
ベッドには、全身に包帯を巻かれた人が寝ていた。薄いシーツのような布がかけられているが、所々に薄黄色の膿のような汁が、シーツにまで染みている。顔のほとんども包帯で覆われているが、唯一おでこから上には巻かれておらず、短めの赤毛が綺麗に整えられていた。となりの小さなテーブルの上のブラシで、誰かが丁寧にとかしたのだろう。
目が離せないでいると、後ろからユスティーナの声がぽつりと聞こえた。
「この子が、クリスタ。もう一人の班員で……私の妹です」




