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42. 相談

「さあ、中へどうぞ」

 マルガレータに促されて中に入る。

 左側の大きな窓から差し込む光で、ノイの背丈ほどの観葉植物がキラキラと輝いている。入り口の横には大きな棚が二つあり、一つには様々な本がぎっしりと、もう一つにはぬいぐるみが所狭しと並べられていた。ドアが向かいと右側に一つずつあり、向かいのドアの横には階段、右側のドアの横には廊下が続いていた。部屋の真ん中あたりにはイスがたくさん置かれている。


「村唯一の診療所兼、薬屋だ。腕も質も最高さ。さあリータ、待合室でバタバタしちゃだめだろ。こっちに来なさい」

 リータは素直にエルメルの元に行く。マルガレータはヨーセフを呼びながら階段を上がっていった。戻ってくるまで、シオンが珍しそうに本棚の本を眺めているのをノイはぼんやりと眺めていた。


「やあ、いらっしゃい」

 声のした方を振り返ると、すらっと細身の男性がゆっくりと階段から下りてきているところだった。長めの髪はきっちりと後ろで一つに纏められていて、ブロンドと銀髪が半々くらいだ。青い瞳はとても優しそうで、顔に刻まれた深いシワが、微笑んでいるように見える。白い布地のローブのようなものを着ており、ポケットに色々と入っているのか動く度にカチャカチャと微かに音がしている。


 ヨーセフせんせー、と言いながら脚に抱きつくリータを優しく受け止める。

「リータ、よく帰ってきたね。よしよし、いいこだ」

 身体を屈めてゆっくりとリータの頭を撫でるヨーセフに、エルメルが近づいていく。

「目立つ怪我も、痛がるところもとくにないんだ。ただ、やっぱり心配で……」

「ふむ……一通り検診してみよう。それで、エルメル、君は?」

「私も特には……」

「背中を痛めただろう、歩く姿勢が変わっている」


 ずばりと指摘されてエルメルは罰が悪そうに頭をかく。

「ヒッズ・イーバに吹っ飛ばされて、木にぶつかったんだ。でも、少し打ち身になっているだけだと思う」

「ああ、そのようだな。ハンネスの防具のお蔭だ」

 ヨーセフがじろじろと全身を見ながらそういうと、エルメルは更に小さくなって、ああ、と呟いた。

「君は、改めて診なくてもよさそうだ。帰りに軟膏を持って帰るといい。して、あちらが君たち親子の恩人方かな」

 急に話が向けられ、ノイはびくりとしてしまう。シオンは相変わらず本を見ているままだ。ノイはシオンをつっつきヨーセフの方を向かせた。


「挨拶が遅れて申し訳ない。トトゥキマトンの村長、ヨーセフと申します」

 ヨーセフがリータをエルメルに託してから、深々と頭を下げた。ノイも慌てて頭を下げる。

「初めまして、ノイと申します」

 ちらりとシオンを見て、またつっついた。シオンはノイの見よう見まねといった感じで頭を下げる。

「オレは、シオン」


「ノイにシオン、私達の村にようこそ。さて、ゆっくりとおもてなしをしたいんだが、その前にリータの診察を済ませてしまいたい。申し訳ないのだが、終わるまでそちらの部屋で待っていてくれないだろうか」

 ヨーセフが右側のドアを手で指し示す。ノイは指されたドアを見ながら、こくりと頷いた。

「ありがとう」


 ヨーセフはにっこりと笑うと、またリータの方へ向き直る。

「じゃあ、リータ、診察室へ行こうか。エルメルもくるかね?」

「リータは一人でも大丈夫よ」

 ヨーセフに撫でられながら得意気に言うリータを見て、エルメルが微笑む。

「いや、リータもこう言っているし、少しユスティーナと話も……ああ、ユスティーナ、ちょうどよかった。……あれ? アルベルト、もう戻っていたのか」


 マルガレータの後ろからユスティーナと背の高い男性が階段から降りてきた。ユスティーナは防具を外している。

「エルメル、お話があると聞きました」

 ユスティーナが落ち着いた声でそういうと、エルメルはユスティーナに目線を移し、こくりと頷いた。

「ああ、話というか、相談があるんだが、時間をもらえるだろうか。その、ノイとシオンのことで……」

 ユスティーナの大きな緑色の目に見つめられ、ノイは軽く会釈をする。ユスティーナは男性の方を軽く見て目配せをしてから返事をする。


「大丈夫です。お二人には妖獣(ようじゅう)討伐について、詳しいお話を伺いたいと思っていましたので、合わせてお願いします。マルガレータ、応接間をお借りできますか?」

「もちろん、ご自由に。後でお茶をもっていくわ」

「ありがとうございます。あと、アルベルトも同席させたいのですが、いいかしら」

 ユスティーナが再度ノイへと視線を移す。ノイがシオンを見ると、どちらでもいいと言うように肩をすくめた。エルメルが小さく頷いているのも見て、ノイははい、と答えた。


「ユスティーナ、妖獣を倒した話は私も聞きたいのだが、リータの診察が終わってから同席してもいいだろうか」

 ヨーセフがリータを抱き上げながらゆっくりと尋ねた。

「私は構いません」

 ユスティーナはそういうと、またノイをちらりと見る。

「大丈夫です」

 ノイが答えると、ヨーセフは優しく笑って会釈をした。


「では、また後程。さあ、リータ、いこうか」

「うん!」

 ヨーセフとリータは向かいのドアへ、マルガレータは廊下へといってしまった。ユスティーナと男性がその隣のドアへと向かい、ノイとシオンもエルメルに促されて二人と同じ部屋に入った。


 ドアの中はソファと重厚なテーブルが置いてあった。窓はないが、とても明るい照明が天井に設置してあり、壁には風景画がいくつか飾られている。先に入ったユスティーナに促されるまま、奥からシオン、ノイの順に座り、ユスティーナと男性がその向かいに座った。エルメルは少し考えたあと、小さく会釈してからノイの隣に座った。


「昨日は挨拶もせずに失礼してしまい、申し訳ありません。少々急ぎの所用があったため、一足先に戻らせていただいておりました。改めまして、国軍妖生物管理師団特別調査研究隊第二十六研究班の班長、ユスティーナと申します。こちらは同班の班員、アルベルトです」

 アルベルトが軽く会釈する。暗めのブロンドがさらりとなびき、長めの前髪から青く鋭い目が見えた。二十代半ばくらいだろうか、ノイはアルベルトの整った顔を見て、なんとなくベイリットを思い出してしまった。


「私達の主な任務は、妖生物の研究です。元々が滅紫教(めっしきょう)の妖生物調査研究員なので、軍所属とは言え、定期的に報告をしながら、比較的自由に行動しています。ただ、今回のように妖獣に遭遇すると、妖獣の調査及び妖獣討伐のための軍事作戦提案が急務となるのです。トトゥキマトンには以前からよくお邪魔していたのですが、半年ほど前から妖獣が来襲するようになりました。何度も軍隊派遣を要請したのですが、なかなか派遣に至らず、遂に民間人誘拐というあってはならないことが起きてしまいました」

 ユスティーナはエルメルに向き合い、深々と頭を下げる。

「エルメル、私が至らないばっかりに、本当に申し訳ありませんでした」


 エルメルは静かに首を横にふる。

「いや、ユスティーナのせいではない。貴族のいない小さな村だから、国も腰が重いのだろう。それに、アルベルトがもう戻っているということは、アリストクラティからの兵士の出動も断られたのだろう?」

 エルメルがそういうと、アルベルトがゆっくりと重い口を開く。

「正確には返事待ちだ。半日ほどそのまま置かれていたが、出兵の動きはまるでなかった」

「それで、業を煮やして一人戻ってきたのか」


「動きがあれば伝えてもらえるよう、向こうで伝達用の人を雇った。あちらの了承ももらっている。今頃、昨晩ユスティーナが派遣した伝達と道中会っているだろう」

「いや、案外まだ返事待ちかもしれねえぞ」

 エルメルがため息をつく。


「アリストクラティは、隣町を越えて更に馬で数時間ほどにある町なんだ。この辺りを領地とする貴族が住んでいて、かなり大きく私兵もたくさんいる。今回は緊急討伐要請として、そこの貴族に私兵の出兵要請をしにアルベルトが行ったんが……まあ、おおよそ予想通りだ」

 エルメルがノイとシオンに説明するように話す。


「……私の力不足です」

「いや、それもユスティーナがどうこうじゃないよ。あいつらは領地住民は二の次だからな。まあトトゥキマトンは冒険者の拠点としてそれなりに潤っている村だから、安易に切り捨てるわけにもいかず、かといって私兵の出兵要請に応じるのもリスクがあるしと、お偉いジジイ共が禿げた頭つきあわせてるとこだろうよ。ユスティーナが送った妖獣討伐の知らせを聞いて、せいぜい腰を抜かせばいい」


 エルメルは一気にそう言ってから、深くため息をつく。

「まあ、こんな軽口をたたけるのも、全部君たちのお蔭なんだがな。本当に、本当にありがとう」

「私からも、御礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

 エルメルとユスティーナに続いて、アルベルトも頭を下げる。ノイは慌てて両手を付き出してブンブンと振る。

「いや、頭を上げてください。偶然見かけたから、ほっとけなかっただけですし……」

「じゃあ、その巡り合わせにも感謝しないとな」

 エルメルがゆっくりと顔を上げてゆるく微笑んだ。


「そのときの話も聞きたいが、ヨーセフが来てからの方がいいか」

「そうですね、もしよろしければ、先にそちらのご相談をお聞きしたいのですが……」

 ユスティーナも頭を上げてそう言うと、エルメルはあぁと返事をして、ノイとシオンに向き直る。


「簡単に、ユスティーナとアルベルトに君たちの置かれている状況を理解してもらいたいのだが、説明をお願いしてもいいだろうか。二人は信用できる。俺の両腕をかけるよ」

 ノイはシオンと顔を会わせて小さく頷きあうと、少しずつ話し出した。


「俺はノイ、こっちはシオンです。俺たちは一緒に旅をしていますが、つい十日ほど前に森の中で会ったばかりなんです。それで、その、二人ともあの森に何故いたのかとか、自分が何者なのかとか、その他も色々……よくわからないんです」

「どうも記憶喪失っぽいんだよ。ここがポーヒルネン大陸だと言うことも知らなかった。妖獣も、そうと知らないまま倒しちまったみたいなんだ」

 エルメルが補足すると、ユスティーナは興味深そうに聞き、先を促すように小さく頷く。


「それで、俺、いや俺たち、行きたいところがあって旅しているんですけど、エルメルから、カードがないと行けないって聞いて、俺たち、そんなカード持ってなくて」

「カード?」

「個人認証カードだよ」

 ユスティーナの問いかけに、エルメルが答えた。


「記憶と一緒になくしちまったみたいでな。で、その……自分達の元々の名前もわからないらしくて……困ってるんだ」

「名前も……? では、ノイとシオンと言うのは……」

「お互いで、つけました」

ノイは正直に話した。

「そうでしたか……。ちなみに、行きたいところ、とはどこなのですか?」

 ユスティーナが尋ねる。

「えっと、リーティスという村です。ノーズモルク大陸の」


「リーティス……アルベルト、知ってる?」

「ディルブランドから北西に二千五百キロメートルくらい離れた場所にある、海辺の小さな村だな。人口は百五十人といったところだ。基本的には農業や酪農を行い、村での収穫物や生産品は村の財産という考え方で成り立っている。隣町へ物を売りにいくことで村の財源を確保していて、中でも刺繍製品があの辺りの人気の土産物だ」


 ユスティーナとアルベルトの会話をポカンと聞いているノイの隣で、エルメルが感心したように口笛を吹く。

「さすがアルベルト、相変わらず博識だな」

「ええ。……でも、失礼ですが、そんな小さな村に行きたいなんて、何のために?」

「それは……」


 ユスティーナに真っ直ぐに訪ねられ、ノイは言い淀む。前世でそこに住んでいて、お世話になった人に会いに行く、とはさすがに言えない。ノイは右手人差し指で頬をカリカリと掻きながら、言葉を選ぶ。

「その……俺、そこのことをなんとなく覚えていて……行けば色々、わかるかなって」

「……そうですか。あなたも?」

 シオンはふるふると頭を横に振る。

「俺はただ、ノイに付いてってるだけだ」


「なるほど、わかりました」

「それでその、相談なんだが」

 エルメルが口を挟む。

「君のことだ、なんとなく相談内容についても察しがついているだろう。ただ、まだ俺からは何も説明してないんだ。その、詳しく知っているわけじゃないから、適当なこと言っちゃだめだと思って」

 エルメルはちらりとアルベルトを見てから、ユスティーナに向かって頭を下げた。


「ユスティーナ、もし可能性が少しでもあるなら、詳しく話してやってくれないだろうか。いい奴らなんだよ、本当に。俺の両足をかけてもいい」

 ユスティーナはアルベルトと少し顔を見合せ、考え込むようにため息をついた。


 コンコンコン、という音が沈黙を破る。

 ユスティーナが返事をすると、ドアがかちゃりと開き、マルガレータがワゴンを押して入っていた。

「お茶が入りましたよ。紅茶とコーヒー、どちらがいいかしら」


 マルガレータがいそいそとそれぞれの前にカップとソーサーを置き、希望を聞きながら飲み物を注いでいく。最後の一人に注いでいるときに、また軽くノックがされ、ヨーセフがリータと共に入ってきた。


「パパー」

 リータがぬいぐるみを抱きながら、機嫌よくエルメルに抱きついた。

「どこもかしこも、健康そのものだ。擦り傷一つない。ただ、一応念のため入院もできるが、どうする?」

「リータ、お泊まりする! マルガレータと一緒に寝るのー」

 ヨーセフが聞くと、リータがぴょんぴょん飛びながらエルメルに訴える。

「そうしたら? エルメル、あなたも疲れているでしょう」

 マルガレータにも勧められ、エルメルはお願いしますと頭を下げた。

「じゃあリータ、お風呂に入ってから、お部屋に行きましょう」

 マルガレータはそう言うと、ワゴンを押しながらリータを連れて出ていった。


「さて、私も同席してよいかな? まだなら、もうしばらく離席しておくが」

 再び部屋戻った沈黙をヨーセフがゆるやかに破る。ユスティーナはしばらく考えたあと、こくりと頷いた。


「ノイ、シオン、あなた達の状況はわかりました。それで今後の話、あなた達が取り得る手段について、順を追って説明をしたいと思います。それには、この村も関係してきますので、ヨーセフの同席をお願いしたいです。ノイ、シオン、よろしいですね」

 二人はこくりと頷いた。ヨーセフはありがとうと言うと、ユスティーナの隣に座る。

 コーヒーと紅茶の香りに心をいやされつつも、ノイはユスティーナの話をどきどきしながら待つのだった。

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