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41. 村へ

 森の中を走りながらナハトは後ろを確認する。こういう時、視野の広い馬は便利だ。先ほど合流した団体はハンネスとユスティーナを入れて十九名、そのうち女性は五名だった。ノイ達も含めて総勢二十三名、そしてナハトを含めた馬二十一頭の隊列の威圧感が大きいのか、様子を伺う生物の気配はするが、一匹も現れなかった。


 ちょうど日が沈みかけた頃、一行は森を抜けて砂漠に出た。森を出た瞬間に紫色の霧が晴れ、一瞬だけ視界が明るくなる。月明かりで見えなくはないが、今日はここで夜営することが決まった。

 石を集めて焚き火を五つおこす。ノイとシオンは人だかりに埋もれ、どこから来たのか、装備はどうしたのか、武器を見せてくれないか、手合わせしてくれないかなどと質問責めにあっていた。ノイが答えあぐねていると、見かねたハンネスが人垣を払ってくれた。今は五つの焚き火に四、五人ずつ別れて車座で座っている。皆干し肉やパンなどを齧りながら談笑しているが、時折ちらちらとノイやシオンの方を見ていた。


 ノイはシオン、エルメル、リータ、ハンネスと焚き火を囲む。

「この干し肉は味がするんだな」

 シオンは美味しそうに干し肉を齧っていた。実際、塩や香辛料のきいたそれはとても美味しく、懐かしい味がした。

「うまいか?」

「はい、とても」

 ノイの返事にハンネスは満足そうに笑った。

「そうか、かみさんと娘が喜ぶよ。あと、そんなにかしこまらなくてもいいぞ。俺たちの村では、敬語もあってないようなもんだ」


 ハンネスは豪快に干し肉を食いちぎる。

「しかし、よく森を抜けてきたな、しかもそんな格好で」

「そんなにおかしいか?」

 シオンは自分の格好をまじまじと見ている。

「おかしいってこたぁねえが、そんな服じゃ攻撃受けたらイチコロだろ」

「イチコロってなんだ?」

「ああ?」

「すぐ死んじゃうってことだよ」

「ふーん、そんなの、避けちまえば問題ねーだろ」

「おおっ! ははっ、言うねえ!」

 ハンネスはシオンの肩をバシバシと叩く。

「しかし、妖獣(ようじゅう)を倒したとなりゃ信じらんねえくれえ強えぇじゃねえか。色々と聞きてえとこだが……まあ、事情もあるだろうしな」

 ハンネスはそう言うと、ちらりと周囲を牽制する。聞き耳を立てていたであろう人たちがぎくりと小さくなる。


「それはそうとハンネス、ユスティーナに話したいことがあったんだが……」

 エルメルは膝でリータを寝かせながら、キョロキョロと周りを見ている。そういえば、ユスティーナの姿がしばらく見えない。

「ああ、一足先に村に戻った。なんだ、急ぎの用か?」

「そうか、いや……」

 エルメルがノイとシオンを見る。

「その……君たちのことをユスティーナに相談したいんだが、いいだろうか。もちろん、ユスティーナは信頼できる人間だ。私の右腕をかけてもいい」

 ノイはシオンを見る。シオンは干し肉の残りをぽいと口に放り込みながら、好きにしろというようにノイに向かって顎をくいっとする。


 ノイは少し考えると、小さく頷く。

「よし、じゃあ村に戻ったら一緒にユスティーナに会いに行こう。しかし……そんなに急いで戻るなんて、やはりクリスタ、よくないのか?」

 エルメルは心配そうにハンネスに尋ねた。

「いや、戻ったのは使いを送るためだそうだ。被害者がでたっつって、アルベルトが妖獣討伐の緊急要請をしにいってるから、色々と事情が変わったことを伝えるんだと」

「ああ、通りでアルベルトがいないと思った。じゃあ、クリスタは落ち着いたのか」

「いや……まだ面会謝絶だ。ユスティーナは大丈夫だっつってるけど、どうだろうなあ……。あいつら以外で容態を知ってんのは、ヨーセフとそのかみさんだけだから、なんとも言えねえな」

「そうか……」


 エルメルがため息をつき頭を下げたのを見て、ハンネスは肩をバシッと叩く。

「相談くらいならしても問題ねえさ。あいつらが気丈に振る舞ってんだから、こっちも変に気を回さねえ方が、俺はいいと思うぜ」

「……ああ、そうだな。ありがとう」

 エルメルはリータを寝せてくると言って、いなくなった。誰の話かはわからないが、あまりいい話ではなさそうだと聞いていたノイは、少し居心地悪そうに目線を下げていた。ハンネスはそれに気づくと、豪快に笑った。


「すまねえな、お前さん方が湿っぽくなる必要はねえよ。ほれ、もっと食え。まだまだ伸び盛りだろう。そして食ったら寝ろ。明日も早えぞ。昼までには村につけるように出るからな」

 ハンネスは干し肉とパンを差し出す。シオンはパンを受けとると、モニモニと手で感触を確かめてから食べ始めた。


 ーーーーー


 次の日の朝は騒がしかった。

 ユスティーナは軍民合同特別編成部隊と言っていたが、実際に軍関係者はユスティーナだけで、あとはほとんどが冒険者らしい。皆、思わぬ早めの帰還となり力をもて余しているようだ。あちこちで鍛練、手合わせなどが行われており、さながら戦場のようだったが、ハンネスの怒号のような号令で各自食事を取り始め、30分後には出発していた。


 森を抜けたらあとはずっと砂漠で、妖の生物も現の生物も同じくらい見かけたが、ボウザータイガーのような狂暴な奴はいないようだった。道だということを示すように、ところどころに導きの灯火が浮かんでいた。導きの灯火は滅紫教(めっしきょう)が管理するセンサーのようなもので、何か危険があった時に触れると、近くの教徒がきてくれる。だが、前世のヨシスケの村、リーティス周辺に比べると非常に数が少ない。ハンネスにそれとなく聞くと、この辺で妖の生物が出現するのは当たり前だし、冒険者くらいしかこのあたりを歩きまわらないのでほとんど需要がないらしい。


「滅紫教徒も、導きの灯火を触ったらくるんだろうが、普通のやつに比べて魔力が高いだけだし、特にこの辺のやつは研究熱心で戦闘向きじゃねえ奴が多いからな。普通に冒険者の方が強えかったりする。聖地や妖の生き物の研究をする変わり者ばかりだ」

「聖地?」

 ノイが聞き返すと、ハンネスは親指で後ろの森を指す。

「おう。聖書に出てくる封印の地があるんだとよ。俺はあんまり詳しくねえから、気になるならユスティーナに聞いてみな。所属が軍に移っても、現役の変わり者だから。おっ、村が見えてきたぞ」


 目を凝らすと、遠くに村を囲う塀と、たくさんの屋根が見えた。広さは前世の時に住んでいた村近くの大きな町、ストールバエルよりも大きく見えた。

「すげー、村って、でけーんだな」

「はっはっは、村人は百人足らずかな」

「え? それにしては大きいような……」

ノイが訝しげに呟くと、ハンネスがそれに答える。

「冒険者や商人とかが入れ替わり立ち替わりで、なんだかんだいつも三百人くらいはいる。そいつらの宿や馬小屋、闘技場や鍛練場とかもあるから広く見えんだよ」

「たくさん人がいんだな」

「おう、それこそ、いろーんな奴が、な。ただ、今はちょっと少ねえか」

「あ? なんでだよ」

 シオンが少し残念そうに尋ねると、ハンネスは肩をすくめながら答える。


「この間の妖獣騒ぎでな、ほとんどが隣町に避難してんだ」

「隣町って、近いんですか?」

「馬でとばして一日ってとこか。今回は馬車で避難した」

「結構遠いんですね……」

「ああ、まあ村にいた冒険者もかなり一緒に避難したからな。護衛には丁度よかっただろ。さっ、あと一息だ」


 村が近づくにつれ、隊全体が少し浮き足立っているような感じだ。今日の夜一杯やろうぜだの、早くお風呂に入りたいだの声が聞こえてくる。

 ある程度近づくと、村の入り口に人影が見えた。こちらに向かって両手を大きく振っている。

「おお! マルガレータ!」

 ハンネスが手を上げ、大きな声で人影に声をかえた。


「ハンネス! リータは? リータが帰ってきたって聞いたんだけど……」

 マルガレータはふくよかな女性で、淡い花柄のワンピースに白いエプロンと三角巾をしており、歳は五十前後に見える。ブロンドの髪はゆるくウェーブしており、お団子状にまとめて三角巾の中にしまわれている。

 マルガレータの前に次々と馬が到着し、道を開ける。

「あー、マルガレーター!」

「リータ!」

 エルメルとリータを乗せたエレオノーラが到着すると、マルガレータは駆け寄っていった。エルメルがマルガレータにリータを手渡す。マルガレータはリータをぎゅっと抱き締めた。


「リータ! あぁリータ、よかった、怪我はない? 痛いところは?」

「ないよー」

「そう、よかった、よかった……」

「マルガレータ、念のため、リータを一度診察してもらいたいんだが」

 エルメルがエレオノーラからおりながらそう言うと、マルガレータは深緑色の瞳をぬぐいながら大きく頷く。

「ええ、もちろん。ヨーセフからもそう言付かってきてるのよ。あと……ああ、あなた達ね」


 マルガレータはリータを再びエルメルにわたして、キョロキョロしていたが、ナハトから降りたノイとシオンを見つけると、にっこりと笑った。

「挨拶が遅くなってごめんなさいね。私はマルガレータ、この村で診療所をしているヨーセフの妻よ」

 にこにこしたまま、マルガレータはノイに右手を差し出す。

「はじめまして、ノイです」

 ノイがそう言って握手すると、マルガレータは両手でぎゅっとノイの手を包み込んだ。

「リータを助けてくれたんですってね。本当に、本当に、ありがとうね」

 マルガレータはノイから離れ、シオンの方を向いて両手を差し出す。

「あなたも」

 シオンは少し戸惑いながら、ノイと同じように右手を差し出して名乗った。


「あなた達も一緒に来てもらえるかしら。ヨーセフと、ユスティーナも待ってるわ」

「ヨーセフは村長でもあるんだ。マルガレータ、私も一緒にいくよ。リータの付き添いもあるし、ユスティーナとも話がしたい」

「ええエルメル、そうしてちょうだい」

「お前さん方の馬は俺に任せてくれ……と、なんだ、手綱がないのか」

 ハンネスが近づきナハトの顔を見て、すこし驚いた顔をする。

「ナハトは大人しいんで、声をかけたらついていきます」

「ほう、賢いんだな。家の馬小屋に一緒に繋いどいてやるよ。おい、エルメル、エレオノーラも連れていってやるから、手綱かせ」

 ハンネスはエルメルから手綱を受けとると、村の入り口にたまっていた冒険者達に声をかける。


「よぉーし! これで解散だ。危険な依頼に名乗り出てくれて、感謝している。今回は戦闘がなかったが、報酬は当初の予定通りに支払うとユスティーナから聞いている。各自、俺に宿泊先の宿を教えておいてくれ。準備ができ次第宿へと連絡するから、それまでしばらく村に滞在をお願いしたい。あと、もし怪我をした奴がいたら……」

「さあ、私たちも行きましょう」

 マルガレータに促され、村の中へと入っていく。トトゥキマトンは、頑丈そうで無機質な外壁とは裏腹に、レンガで整備されたとても美しい村だった。武器屋や防具屋、道具屋、宿屋、飯屋と色々なお店が並んでいる。道も広く、馬車同士でもすれ違えそうだ。至るところに水路が張り巡らされており、まさに砂漠のオアシスと言った感じだ。ただ、ところどころに壊れた家や道、焼け焦げたような瓦礫があり、妖獣との戦いの後が残っていた。お店も休業しているところがほとんどだ。


「少し歩くわ。あそこの赤い屋根よ」

 村の奥の方に大きな二階建ての建物が建っていた。レンガ造りの綺麗な家で、ぐるりと畑のようなもので囲まれている。スキップしているリータを先頭に、一行はゆっくりと建物へと歩いていった。

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