神殿3
神殿の奥へと連れて行かれるままに歩いて行くと、結構な距離があった。
表から見た感じでは、高い岩盤が後ろにあって、ここまで大きな建物ではなかったのに。
皆がそう疑問に思いながら後をついて行くと、正面に古そうな石の扉があり、それを押し開けると、急に明るいホールのような空間が現れた。
そこは、自然の岩盤が回りを壁のように囲んだ空間で、天井は無く、上の方では木々が生い茂っていて、日差しを幾らか遮るような形になっていた。
それでも、昇って来た朝日がそこから降り注ぎ、とても明るい清々しい空気の場所だった。
奥には、石で出来たテーブルのようなものがあり、横には、同じように石をくり抜いた大きな水盆のようなものがあった。それは水で満たされていて、今は上の空と木々が映り込んでいた。
ミールが杖を突きながら奥の石のテーブルの脇へと歩くと、言った。
「ここで、主らがここまで旅をして参るのを見ておった。というて、見ておったのはサルークへ入った辺りからであったがの。湖の中から突然に現れた大きな気に、興味をそそられての。」と、水盆の上に浮かぶ木の葉を、そっと取り除いた。「ここでは、全てのことが見渡せる。主らは、何か見たいものがあるか。」
急なことに皆が驚いていると、アーティアスがすぐに前へ出て言った。
「シャデルの様子を!あやつは、今どこで何をしておる?」
ミールは、頷いて杖を持っていない方の手を水盆へと翳した。
「見せてやろう。サラデーナの王、シャデルぞ。」
水面が、ゆらゆらと音もなく揺らめいた。そして、次の瞬間には、はっきりとした形で、黒髪に赤い瞳の、精悍な顔立ちの若い男がそこに映った。
「これが、シャデル王…。」
克樹が、誰にともなく呟く。アーティアスが、苦々しい顔をした。
「殺戮の限りを尽くしてくれた男ぞ。この様子だと、王城に居るな。」
確かに、そこは広く天井の高い石造りの部屋で、背後には大きな窓が見えた。シャデルは、じっと何かを考えているようで、玉座らしき場所に座って、肘掛に肘をついてその上に顎を乗せて一点を見つめている。
『陛下。』
水盆の中から、くぐもったような声が聴こえた。シャデルが、顔を上げると、そこには顔に大きな傷がある、がっつりとした体格の初老の男が膝をついていた。
『バークか。何用ぞ。』
バークと呼ばれた相手は、顔を上げた。
『ご命令の通り、ラ・ルース湖畔の謎の石の周辺には、誰も侵入出来ぬよう兵士を配置いたしております。』
シャデルは、バークを見た。
『して、術士達は何と言うておる。何か分かったか。』
バークは、首を振った。
『10人の術士が調べておりまするが、一向に。陛下がおっしゃったように、取り外すことは困難で、周りの岩もかなりの硬さで傷をつけることも出来ませぬ。しかし何の術も感じないとのことで、今すぐ脅威とは思っておらぬようです。』
それを見ていたこちらの面々は、顔色を青くした。シャデルは、もうあの石を見つけたのだ。そして、術士に調べさせている…。
すると、映像のシャデルは、立ち上がって窓の方へと歩いた。そして、そこで立ち止まると、外を見ながら言った。
『…脅威ではないのは分かっておる。我も直にあれを見たのだしな。だがしかし、なぜに突然にあのような場所に現れたのか。誰かが何かを企んでおることは確か…ディンメルクの輩であったなら、何をするか分からぬからの。調べておいて、損はない。』
バークが言った。
『しかし陛下、今さらに何を?何かの儀式のようなものやもしれませぬし、他に同じ波動を感じないのですか?』
シャデルは、首を振った。
『サルークへ行った時、同じ力の波動を感じた。なので、すぐにファルの駐屯兵に検閲を厳しくするよう命を出したが、それに掛かる様子はない。あの位置からなら、そちらへ行くはずだと思うたが、考え違いだったようぞ。直接に力の出どころを探っておったが、ケイ平原の北を進んでいるようだったのに、不意に消えたのだ。何が起こったのか、我にも分からずで、戻って参ったのよ。』
バークは、心配そうにシャデルの背中を見ていた。
『では…あの辺りを捜索させるということで。』
シャデルは、険しい顔をした。そして、首を振った。
『いや。我に考えがある。』
と、ちらとこちらを見た。そう、水盆に移っているだけのシャデルが、こちらを見たのだ。咲希は、その目と目が合ったような気がして、思わずふらっと後ろへよろめいた。ミールが、いきなり叫んだ。
「いかん!」
『誰ぞ?!』
シャデルの声が叫んだかと思うと、水盆の水が激しく吹き上がり、皆はそれを避けようと慌てて後ろへ飛び退いた。しかし、ミールは一歩も退かず、杖を大きく振ってぶつぶつと何かを唱えている。
そうしているうちに、水はまるでフィルムを巻き戻したように、すーっと浮き上がって元の水盆へと戻って行った。
「今のは…?」
克樹が、慌てて尻餅をついたまま言う。ミールが、ふーっと息をついて言った。
「気取られたわ。やはりあやつは只者ではないの。」
アーティアスが、悔し気に言った。
「もう少しであったのに!あれのこれからの手を聞いておきたかった。」
しかしメレグロスが、硬い表情で言った。
「しかし、こちらの動きをここまで迅速に追って来ている。侵入したことすら、知らぬはずなのに。」
クラウスが、それに答えた。
「それでも、それを避けて来ておるのだ。まだ捕まってはおらぬ。見失っておるのだからの。」
すると、ミールがちらとクラウスを見て、言った。
「見失ったのは、わしの結界に入ったからぞ。そうでなくば、途中で追いつかれておったやもしれぬぞ。あれの能力なら特定の気を探るのなどお手の物であろう。サキの力の石の波動を追っておるのだ…サキの力がある限り、追って来る。」
克樹は、立ち上がりながら咲希の方を振り返った。
「咲希の波動って、隠せるのかな。」しかし、咲希は水の勢いから逃れるために伏せたまま、起き上がって来ない。「咲希?」
ラーキスが、心配になって屈んで咲希の肩をゆすった。
「サキ?もう大丈夫ぞ。」
顔を覗き込むと、咲希はぐったりと目を閉じていた。ラーキスは、驚いて咲希を抱き起した。
「サキっ?衝撃をまともに受けたのか?」
アーティアスが、ふーと息をついた。
「これぐらいのことで気を失っておったら、これから先どうするつもりよ。」
あきれたように言う。それには克樹が抗議した。
「だから、咲希は普通の女の子なんだ!大きな力があるからって、すぐには女神みたいになれないんだよ!」
ミールが寄って来て、咲希の顔を覗き込んだ。
「これは…ただの気絶ではないの。シャデルの気をまともに受けておる。さては水盆の中のシャデルと視線を合わせたな。これは困ったの。」
ラーキスが、不安そうにミールを見上げた。
「どういうことぞ?サキは何か厄介なことになっておるのか。」
ミールは、顔をしかめた。
「もともと厄介なことになっておるのだ、このお嬢ちゃんは。恐らくは古い大きな力を持つ人の、巡って生まれた新しい命なのだろう。古く生きておった時には、壮絶な人生を歩んだのであろうな。しかし今の心がそれについて行っておらず、何かを取り戻しそうになった瞬間、心を守るために意識を閉じる。サキは、今シャデルの気を受けた瞬間、何かを取り戻しそうになったのだろう。そして、それがあまりに大きなことであるので、己を守るために意識を閉じた。これはいわば自己防衛本能なのだ。」
ラーキスは、じっと目を閉じている咲希の顔を見つめた。心なしか、また顔立ちがすっきりと大人びたように思う。初めて会った時は、まだ子供っぽい所のある幼い印象だったのに。
「サキは異世界から来た。来た時から、あちらへ帰りたいと申しておったのに、此度のことでこうして旅をすることになり、このような目にあっておる。あちらに父母も残して居る。出来たらオレは、早ようサキを帰してやりたい。」
ミールは、ラーキスの肩に手を置いた。
「主は優しい心根であるのだな。しかし、おそらくはサキは、もうあちらへは戻ることが出来ぬ。」それには、皆が驚いてミールを見た。ミールは、皆を見回した。「そのうちにわかるであろう。サキ自身が、それを望まぬようになる。帰ることが出来ぬのだ。何もかも終われば、わしの言っておることが、どういう意味なのか分かるであろう。」
ラーキスは、ミールの目をじっと見た。
「主が今知る、サキのことを教えてはくれぬか。」
ミールは、頷いた。
「話そうぞ。サキが目覚めるまで、まだ少し時間があるようだ。よい時間潰しになろうぞ。」
そうして、ミールは話し始めた。




