神殿2
奥は、落ち着いた佇まいの過ごしやすそうな部屋だった。
床には板が張り巡らされており、その上に座り心地の良さそうな獣の皮などの敷物が敷かれ、そして中央には囲炉裏があり、炭が穏やかに爆ぜていた。
その暖かさに、咲希は少しホッとした気持ちになった。ミールは微笑むと咲希の手を放して、言った。
「どこなり座るが良い。ここならゆっくり話も出来よう?」
咲希は頷いて、手前の方へ座った。ミールは奥の方へと座り、後から急いでやって来たシークがその隣へ座る。ラーキスが咲希に追いついて横へ座ると、皆パラパラと囲炉裏の回りに円を描くように座った。
皆が収まったのを見てから、ミールは言った。
「では、主らの旅の意味を聞こうぞ。ディンメルクの者達は良い。感情的になりそうであるから。そうよな…そこの茶色の髪の若者に話してもらおうか。」
指された克樹は、びっくりして顔を上げた。自分は全くの蚊帳の外のような気持ちでいたからだ。
「え、オレ?」
ミールは、微笑んで頷いた。
「そう、主よ。名は何と申す?」
克樹は、ためらいがちに答えた。
「克樹です。」
ミールは、また頷いた。
「カツキ。見るところ主とてサキと同じ流れの中に生を受けた者。話を聞こう。」
克樹は、確かめるように回りを見た。皆が肯定するように軽く頷いた。それを見て、克樹はおずおずと話し始めた。
「…オレ達は、パワーベルトの向こうの、ライアディータという国から来ました。パワーベルトが消失し、我らの王はこちらへすぐに使者を送った。しかし入れ違いにこのディンメルクの使者が着き、こちらの様子を知った。こちらの命の気は、あちらの生き物には強過ぎて、早急に何とかしなければならないことに気付き、ディンメルクの使者達も気の流れを大陸全体に流したいと思っている事をきき、共に命の気の流れを正すために旅を始めました。」
ミールは、真剣に聞いている。シークが、そこで言った。
「そんな大それたことを。大地が生み出す気を、人がどうにか出来るはずなどあるまいに。」
克樹は、頷いた。
「確かにそうなのですが、あちらのライディータでは、古代一人の大きな力の持ち主が、自分の力を封じてそれに向かって命の気を流すことに成功し、そのおかげで繁栄して来た事実があるんです。オレ達はそんな力はないのですが、調べているうちに異世界から来た咲希が、誰よりも大きな力を持っていることが分かった。なので、あちらの古い遺跡に居る神…本人は番人だと言っておりましたが…の助けを借りて、咲希の力を結晶化させて石にし、各地に設置して、それに向かって命の気が流れるように術を掛けようとしているのです。広く大陸にバラバラに設置して行くことにより、全体に命の気が流れるように。」
メレグロスが、横から付け足した。
「そもそもあちらの命の気は、ここのように垂れ流しておるのではなく、こちらのメニッツに当たる場所デルタミクシアから、バーク遺跡へと向かって流し、そこで地へ戻って再びデルタミクシアから湧き出すという、循環システムがあるのだ。それと同じように、こちらでも循環システムを作ろうとしておるのよ。そうすれば、こちらの命の気はこちらで循環し、あちらの大陸へ流れ込むこともなくなる。我らはそれを目指しておるのだ。」
シークが、あまりに壮大な話に困惑したような表情でミールを見た。ミールは、険し顔をしていたが、じっと克樹を見た。
「主らが嘘を言っておらぬのは分かる。確かに、こちらの命の気は循環しておらず、ただ垂れ流しておるだけ。しかしこれまでは、大陸だけを維持するには十分な量であったので、それでこと足りた。どうやら、主らがパワーベルトと呼ぶエネルギーベルトに当たって循環しておったようだが、それが無くなった今、こちらの命の気は主らの大陸へと流れるだけで、戻って来る場所がない。このままでは、メニッツが生み出す命の気はいつの日か枯渇しよう。」
シークが、驚いてミールを見た。
「長…まさか、そのようなことが?」
ミールは、頷いた。
「わしが、長く奥へこもっておるようになったのは、それゆえなのじゃ。せめてここへ流れて来る命の気だけでも、大地へ還して循環させようと。だが、このように小さな地のこと、とても追いつかぬ。どうすればこれを止められるのかと考えておった所へ、主らが近づいているのを感じた。そして、そっちの」と咲希を見た。「サキの気の力が尋常でないのを見て、どうにか出来ぬかと考えておったのじゃ。すると、サキは己の力を封じてサルークへと埋めたのが見えた。わしは、そこに希望を感じたのじゃ…あの力ならば、どうにか出来るのではないかと。」
アーティアスが、横から言った。
「では、主と我らは同じ希望を持っておるのだな?主は、命の気を循環させてあちこちへ流すことに、同意するのであるな?」
ミールは、頷いた。
「そうして欲しい。出来るだけ早く。このままでは、メニッツは何も生み出さなくなる。全てがこちらの大陸とあちらの大陸に拡散し、戻って来なくなるのだ。何事も、無から生み出されることなどない。有限なのだ。命の気すら、同じことよ。使うだけ使って、還すことをしなければいつか枯渇する。それはいつになるのか分からぬが…突然になくなるのやもしれぬし、ゆっくりと消失して行くのやもしれぬ。しかしここ数日を見ておっても、僅かながら気が薄くなっておるような気がしておるのだ。ここは大陸の端であるし、影響は早く出よう。わしはそれを懸念しておる。」
咲希は、ここへ来る途中のことを思い出していた。自分は感じ取れなかったが、克樹とダニエラが言っていた。所々、楽になる、と。それは、こちらの命の気が薄くなっている場所ということだ。つまりは、やはりもう、枯渇に向かって何かしら変化が起こっているのだろうか。
「確かに…少し命の気が薄くなっている場所もあるような。」メレグロスが、ためらいがちに言った。「こちらへ来る前、林の中でそれを感じて話しておったところぞ。」
ミールは、身を乗り出した。
「それは、わしがこの辺りの気をこちらへ引っ張って、ここから大地へ還すために術を放っておるから。本来そんなことぐらいで少なくなるような量ではないのに、やはり気が付かぬ程度の変化は起こっておるようぞ。」と、咲希の方を見た。「シャデルという王は、力を持ってはおるが、今はまだ未熟で見えておるものが全て理解出来ておらぬよう。あの王の力があれば、大概のことは出来ようが、あれは隣国との諍いに必死で、己の足元が揺らいでおることにまだ気づいておらぬ。サキよ、主には気付けようか。周囲に頼る気持ちを断ち切ることが大事ぞ。主にも、全て見るだけの力があるはず。なのに、主は目を閉じている。皆に揺り起こされて、やっと目覚めようとしておるところ。それではならぬ。時に頼ることも必要ではあるが、主はまだあまりに幼い。心が赤子のようぞ。それでは、全ての地に力を設置するのは無理であろう。目覚めるのじゃ。我がクーガの民の将来も、主に懸かっておるのだぞ。とどのつまりは全ての民の命が繋がるかどうかの瀬戸際なのじゃ。それに気づくのじゃ。教えられるのではなく、己で感じよ。でなければ、主の能力の覚醒はあるまい。」
咲希は、全ての民の命を言われて、そのあまりの大きさに実感が湧かなかった。そしてそんな自分に、何と不甲斐ないのかと、心の中で自分自身を罵倒した。どうしてテレビでも見ているような感じで聞いてしまうのだろう。これは、現実のことなのに。夢ではないのに。
咲希が、自己嫌悪に陥って下を向いていると、ミールがそんな咲希に苦笑して、立ち上がった。
「サキのことはまた話そうぞ。それより、主らがここへ来た理由は、力の石を設置する場所を求めてのことか?」
メレグロスが、大きく頷いた。
「その通りぞ。大地に根差す大岩か、大地そのものに、つまりは誰も動かしようのない場所に、それを設置したいと思うて参った。」
ミールは、奥を向いた。
「ならばぴったりの場所がある。わしら長が術を放ち、瞑想する場として使っておる、神殿の最奥の間。」
シークも、すっくと立ち上がって言った。
「長、余所者をあの場に通されるのか。」
ミールは、シークを見上げた。
「シーク、今の話を聞いておらなんだか。命の気がそれを目指して飛ぶ、その要の石を置く場所なのだぞ。わしには、もちろん主にもそんなことは出来ぬ。出来るのは、こやつらだけぞ。」
シークは、ぐっと黙った。ミールは、皆を見て言った。
「さあ、こちらへ。案内しよう。」
ミールが歩いて行くのに、アーティアス達が真っ先について行く。その後にメレグロス、ダニエラと続き、アトラスと克樹が進んで行った。
咲希は、一番最後に立ち上がり、ラーキスと並んだ。ラーキスは、咲希の頭をぽんぽんと叩いた。
「焦るでない。意識など、そう簡単には変えられぬ。今は分かろうと努力するのだ。そのうちに、嫌でもわかる時が来よう。」
咲希は頷いたが、それでも気持ちは落ち込んだままだった。どうして、いつまで経っても実感が湧かないのだろう。自分の世界へと帰ることが、常に頭にあるからなのだろうか。時に大学の単位のことが頭をかすめるからだろうか。こちらの現実に、まだしっかりした感じを受けないのは確かだ。目が覚めたらあちらの世界で、夢を見ていたのだと笑っているような気がしているうちは、きっと覚醒など出来ないんだ…。
咲希は自分を責めながら、ラーキスの後ろをとぼとぼと歩いて奥へと向かった。




