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神殿

村を抜けて行くと、その先にはまた綺麗に刈り込まれた林があり、朝日が差し込んで来る中、その中をまた奥へと進んだ。

すると、岩場にほど近い所に、この村には珍しい石造りの建物が見えた。それほど大きくはなく、ルシール遺跡のように粗削りでもない。きちんと切り出した石を積んで、計算されて作られた美しい建物だった。

その入口の、木で作られた戸を開いて、シークは中へと進んで行く。

皆遅れてはいけないと、慌ててその後に続いた。

天井はそれほど思ったほど高くはなかった。

バーク遺跡の要の間などなら、天井まで20メートルほどはあったのだが、ここはこじんまりとしていて、せいぜい3メートルほどだろう。その突き当りの正面の場所に、何段かの階段があり、その上は舞台のようになっていて、天蓋付きの椅子が設置されてあった。玉座のような場所だろうか、と咲希が思って見ていると、シークがきょろきょろと周りを見回した。明らかに、何かを探している。

「長?仰せの通り、連れて参った。」

すると、舞台上の脇のカーテンが垂れた場所から、木の杖を持った老人が出て来た。腰も曲がっていて、歩くのもおっくうそうだ。それを見たシークは、飛ぶように老人に駆け寄ると、その手を取った。

「長!またどちらかで術を放っていらしたか。もうこちらでゆっくりなさってくださいと申し上げておるのに。」

老人は、笑って首を振った。

「水鏡を使っておっただけ。いつもの術ではないわ。」と、こちらを見た。「それで、それが客人じゃな。」

シークは、頷いて同じようにこちらを見た。

「客にするか否かは、長が決められること。」

老人は、また笑って手を振った。

「シーク、それだからわしはゆっくり出来ぬのだ。何でもかんでんも疑うでない。」と、その舞台上でこちらへ足を向けた。「よう来たの、異国の地からの客人よ。わしはクーガ族の長、ミール。シークはわしの後継者として、見習い中での。まだ広く世界を見渡すことが出来ぬ。許してやって欲しい。」

それを聞いたシークは、少しムッとした顔をしたが、黙っていた。そして、ミールはそのまま、中央にある椅子へと進むと、大儀そうにそこへ座った。シークが、気遣わしげにその隣に立つのを見てから、ミールは言った。

「さて…わしは少し前から主らを見ておって、変わったことをしておるのを聞きたいと思うておった。なので、こちらへ来てもらったのだ。」

メレグロスが、片方の眉を上げた。

「しかし…我らがこちらへ来ると決めたのはついこの間。本当ならば、ファルへ向かっておったのだ。ここへ来たのも、偶然で。」

ミールは、フッと笑った。

「そう思うか?まああのマウ飼いの男が偶然にこちらへ来るルートを提案したとしたら、わしにとっては幸運だったのやものぉ。」

そこに居た皆が、目を見開いた。マウ飼いの男…アヒムがこちらを通れと言ったのは、偶然ではなかったというのか。

するとシークが、眉を寄せて言った。

「長、これらをここへ呼んだのか。ここ最近奥で術を放ってらしたのは、そのせいだったのだな。なぜに余所者などをここへ。」

ミールは、シークを見上げた。

「少し黙っておれ、シーク。後でわかる。」と、じっと皆を見回してから、奥で目立たないようにラーキスの後ろに隠れて立っていた、咲希を覗き込むようにした。「そっちのお嬢さん、あんたじゃな。名前を聞いて良いか。」

咲希はびくっと身を震わせた。どうしよう、別に私、大したこと出来ないのに。

しかし、皆の視線が集まって痛い。

咲希は仕方なくおずおずとラーキスの後ろから出ると、ミールを見た。

「はい、咲希といいます。」

すると、ミールは満面の笑顔で何度も頷いた。

「そう、サキ。何度もその名を聞いたもの。ところで、わしは問いたいのじゃ。なぜに、主は己の力を大地へ返す。そのまま成長すればこの地を統べておるシャデルにも匹敵するのではないかというほど大きな力になろう。世は思いのままであるのに。」

咲希は、慌てて首を振った。

「そんなこと!望んでおりません。私はもともと、魔法などに頼って生きておりませんでしたし、これを役立てることが出来るのなら、それでいいと考えています。それに、扱い方も知らない大きな力など、持っていても仕方がありませんから。」

ミールは、それをじっと聞きながら咲希を食い入るようにじっと見ていたが、不意にふーっと長い息をつくと、背を椅子へとあずけた。そして、苦笑した。

「何を企んでおるのかと思うたが、主の心は真っ白ぞ。何もない。」

咲希は、ホッとして胸を押さえた。良かった、変なこと言われなくて。

しかし、ミールは続けた。

「安心するのは早い。何もないと申したであろう?」咲希は、またびくっとした。ミールは、咲希の瞳をじっと見つめた。「主には、覚悟がない。恐怖もない。つまりは、おそらく己が何をしておるのかもわかっておらぬ。回りが悪いのかの。このままでは成長せぬな。」

アーティアスが、何やら腹が立つかのように、ふんと横を向いた。咲希は、ミールに言われてショックを受けていた…少しは、成長したと思っていたからだ。それなのに、ミールには何もないと言われてしまった。

ラーキスが脇から言った。

「まだ、こちらへ来てそう経っておらぬのだ。魔法もやっと習い始めたばかり。自覚が無くても、仕方がない。成長し始めたばかりであるから。」

ミールは、ラーキスを見た。

「主らの種族から見て劣っていようが、そのように庇ってばかりでは成長せぬぞ、鳥族の王よ。」

ラーキスは、絶句した。だがしかし、よく考えたらミールはずっとここまでの旅をどこからかはわからないが、見ていたのだろう。ならば、自分がグーラの姿で居るのも見たはず。

なので気を取り直すと、言った。

「…オレは、王ではない。王というのなら、アトラスか。」

アトラスは、自分に話を振られて、いかにも嫌そうな顔をした。

「違う。まだ王ではない。」

ミールは、手を振った。

「ああ、そんな取り決めのことを言うておるのではない。グーラと呼ぶのが正当かどうかはわからぬが、そう呼ばれておる種族は、鳥類の中では最も賢く最も強く、そして古い。なので我らクーガ族は、その種族を鳥族の王と呼んでおるのだ。」

ラーキスとアトラスは、思わずミールの方へ身を乗り出した。

「こちらにも、グーラは居るか。」

ミールは、頷いた。

「居る。我らはアンバートと呼んでいる。しかし滅多に出て来ぬ…発祥はメニッツだと聞いているが、今はルース山脈の北に。アンバート達は主らのように人型を取る術は知らぬようで、アンバートの人型を見るのはわしも初めてぞ。」

アーティアスが、割って入った。

「アンバートは古代に滅んだのだと聞いておる!我らだって、見たことはない。これまで、たったの一度もの。」

ミールは、アーティアスを見て、ハッとしたような顔をした。そして、じーっと見つめると、言った。

「遠い地から、わざわざに参ったか。ディンメルクの者達よ。」

アーティアスは、その目を睨み返して、強い口調で言った。

「だから何ぞ。地を憂いておるのだ。この旅が無事に終わるためなら、我らは何でもやろうほどに。」

ミールは、まだじっとアーティアスを見ていたが、ふっと表情を緩めた。

「地を案じるのは、わしとて同じ。ならば同じものを憂いるものとして、主らがどうやって地を守ろうとしておるのか教えてはくれぬか。わしも必要ならば力を貸す。しかしそれが無謀なことであるなら、主らはここから出られぬと思うた方が良い。」

アーティアスは、ふんとミールを睨みながら言った。

「出さぬと言うなら主を殺すまで。結界は主の命が消えれば消える。」

シークが、それを聞いて急いでミールの前へ出た。

「そのようなことはさせぬ。我は守りの魔法はまだ未熟だが、攻撃魔法は完璧であるぞ。」

「ほう?試してやっても良いぞ?」

アーティアスとシークが、睨み合っている。メレグロスが急いで割って入った。

「こら、二人共!まだ出さぬと言うたわけではないであろうが!」

ダニエラが、頷いた。

「そうよ!とにかく、話を聞いてもらいましょう。すぐに攻撃的になってはいけないわ。」

咲希も、慌てて何度も頷いた。

「そうよ!話を聞いてもらいましょう!きっと大丈夫よ、私の勘では話せばわかってくれる人だって思う!」

必死に二人を押さえようとしていると、ミールが、じっとそれを見上げていて、ほっほっと笑った。

「おお、勘か。確かに主の勘なら当たりそうよ。」と、咲希に手を差し出した。「ではお嬢ちゃん、こちらへ。わしの居間へ参ろう。ここはどうも堅苦しくて好きになれんでの。あっちで座って話そう。」

そう言うと、片手で杖を突き、片手で咲希の手を握ってサクサクと脇の布の方へと歩いて行く。

咲希は、ためらいがちにラーキス達を振り返りながら、それについて歩く。

「待たぬか、サキをどこへ連れて参る!」

ラーキスが、急いでそれを追う。

そんな様を見た一同は、仕方なくそれを追って、シークもまだアーティアスと睨み合っていたが、それでも奥へと共に歩いて行ったのだった。

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