好み
それから数日、ディンダシェリア大陸は平和だった。
軍は連日海上もルシール遺跡の旧パワーベルト境も見張っていたが、あちらの軍が動くような様子はない。あちらも、こちらの出方を待っているということだろうか。それとも、突然に出現した大陸に、戸惑って対応が遅れているのだろうか。
どちらにしろ、どちらかが一歩踏み出さない限りは先へは進まない。
リーディスは、バルクから出て海路をシアへと抜け、そこでリーマサンデの使節を出迎えていた。
「あちらも、王がいらしているのですね。」
シュレーが、船から降り立った一行を見て、リーディスに言った。今日は、軍人用の甲冑ではなくサルーと同じような、長く白いマントのような物を着ている。リーディスは、頷いた。
「己の国の代表を、未知の地へと送り出すのであるからの。」
ショーンが、同じような服装で居心地悪げにその横に立っていた。髪も常のように無造作に束ねるのでなく、少し高い位置にしっかりと撫で付けて束ねてあり、こうして見ると、気品のある顔立ちだった。そして、その横には初老の白髪交じりの黒髪の、如何にも穏やかそうで、それでいて威厳のあるすらりとした男が立っていた。その男は、言った。
「術士ショーン、そのように固くならずに。しかしお会いしたのは初めてですが、思うていた通りの気品あるお姿ですな。」
ショーンは、さすがにバツが悪そうにそちらを見た。
「オレはそんないい生まれではないし、普段はこんな風ではないんだ、サルー大使。こんな格好をさせられたのは、初めてだ。」
サルーは、片眉を上げた。
「ほう?とてもそうは見えないが。」
シュレーが、苦々しげに言った。
「人を騙すのが得意でしてね。」
ショーンが、そんなシュレーを睨む。しかし、意外にもサルーはパッと表情を明るくした。
「それは奇遇ですな!私もです。心強いことだ。」
シュレーもショーンも驚いていると、それを聞いて苦笑していたリーディスが、近付いて来たリーマサンデの一行の方を見て言った。
「リシマ。久しいの。壮健か。」
リシマと呼ばれたがっちりとした40歳代ぐらいの王は、リーディスに歩み寄って肩をすくめた。
「壮健であったが、ここ数日で疲れたわ。主は相変らずであるの、リーディス。どれほどこき使われても、疲れぬか。」
リーディスは、笑った。
「何を言う。我とて疲れ果てておるわ。」と、シュレー達三人を振り返った。「シュレーは知っておるの。それから、サルー大使。術士ショーンぞ。」
サルーが、進み出て頭を下げた。
「長く失礼を致しておりまする、陛下。」
リシマは、頷いた。
「おお、あのサルーか。何ぞ、老けおってからに。」
サルーは、困ったように笑いながら、顔を上げた。
「陛下、あれはもう30年も前のことでございます。陛下がご即位なされた時に参ったきりでありまするので。」
「そうだったか?」と、ショーンを見た。「それで、これがあの術士のショーンか。我が民も、よう病を治してもらったと聞いておる。」
ショーンは、緊張気味に頭を下げた。リーディスが、頷いた。
「これらの力があれば、大概のことは解決しようほどに。そちらはどうよ?」
リシマは、自分の後ろを振り返った。
「ああ、どうしてもと申すから、連れて参った。レン、王立軍の将軍ぞ。シュレーは知っておるな。それから、外交官として大変有能であるスタン。」と、まだ若い、といっても30歳ぐらいの男を見た。「若いがの。これしか、外交官として優秀でありながら武術もこなす者がおらなんだ。そして、マーラ。」
ライアディータ側の者達が、息を飲んだ。マーラと呼ばれて進み出たのは、栗色の髪の女性だったのだ。
目を丸くする皆を前に、リシマは苦笑した。
「マーラは、こう見えて軍人ぞ。」リシマは、頭を下げるマーラを見て言った。「我が軍の、特殊部隊に所属しておる。我が国では、命の気が少なくて魔法が使えない地ゆえ、己の能力と武器だけで戦うのであるが、その能力が高い極一部の者だけが所属出来る部署があるのだ。女であるから、そんなことは一目では分かるまい。あちらで役に立つかと思うてな。」
リーディスは、頷いた。
「そうか…勇敢なことよ。」と、背後の船を指した。「さあ、船を案内しよう。あまり大きな物では、スピードが出ぬだろうと思うて、小さい中でも見栄えのする船で、一番速い船を選ばせておいた。」
シュレーは、その船をもう何度も見ていた。何しろ、それを操縦するのは他の誰でもない、シュレーなのだ。本当に、船頭もなくただこの六人だけで、あちらへ向かうことになっている。何があるか分からない…他の者達は、危険に晒すわけには行かないのだ。
そうして、六人はリーディスとリシマについて、船へと向かったのだった。
その頃、王城では、咲希が皆の出発を見送ってから、いつダッカへと飛び立とうかとチャンスをうかがっていた。
まだ繋がっている腕輪の表示で、ショーンとシュレーがまだ、シアの港に居るのが分かる。そこから、海を越えて、まずは見えている一番手前の島を目指すのだと聞いていた。
咲希に二人の居場所が分かるということは、向こうからもこちらの居場所が分かるということだった。なので、完全に旅立ってあちらへ行って圏外になってから、こちらも飛び立とうと思っていたのだ。
ラーキスが、腕輪を見ながら言った。
「この様子では、本日は無理だろうの。確かにここからダッカまでは、最速で飛べば丸一日ほどで着くが、リリアナを乗せて飛ぶのだ。少し加減をせねば。子供には辛い道のりぞ。」
咲希は、頷いた。
「無理をしてまではね。途中、シオメルという街があると聞いているし、そこで休めばいいんじゃない?」
ラーキスは、頷いた。
「それが良い。今は昼であるし、明日の朝飛び立って、ゆっくり飛んでシオメルで一泊し、そこからダッカへ向かう方が良いの。シオメルは、農耕と酪農の町なのだ。食物が新鮮で旨いことで有名ぞ。主も観光が出来て、良いのではないか?」
咲希は、それを聞いて瞳を輝かせた。
「まあ!楽しみだわ。いつも牛だと思って食べているルクルクが、どんな動物なのか見てみたいなあ。」
ラーキスは、それには顔をしかめた。
「うーん、それはどうであるかの。あれは動物というか、魔物であるから。しかし、飼われておるのはおとなしいがな。」
咲希は、首をかしげた。
「ふーん、そうなの?」
すると、そこへアトラスが入って来た。いつもの気軽な服装ではなく、今日はきっちりとカバンを背負い、コートを着ていた。
「アトラス、行くのか。」
ラーキスが、それを見て言った。アトラスは、頷いた。
「父上と母上がご心配になられて、何度もこちらへ遣いを。もう帰らねばならぬ。」
ラーキスは、頷いて立ち上がった。
「此度は世話になったの。久しぶりに、共に行動出来て楽しめた。また会おうぞ。」
アトラスは、頷いた。
「こちらこそぞ、ラーキス。また谷へも来てくれ。ラピンまででも来れば、迎えに出るゆえ。」
ラーキスは、微笑んだ。
「ああ。主も、またダッカへ来い。父上と母上が、主らが来ぬとようこぼしておるゆえな。」
アトラスは笑って、咲希を見た。
「サキ。主がこちらへ残るのならまた会えると思うと、嬉しいことよ。ラーキスは良い男であるし、主は幸運であるぞ。」
咲希は、まだ誤解しているのかと、困ったようにアトラスを見上げた。
「アトラス、あのね、誤解なの。私達、別に結婚するから一緒に行くのではないのよ。」
アトラスは、驚いたような顔をした。ラーキスが、咲希に並んで言った。
「オレは一度も咲希と婚姻を約したなどと言うてはおらぬぞ?ただ、連れ帰るのを約しただけ。主らの誤解よ。だが、弁解するのも面倒なので、放って置いただけ。オレはどっちでも良いが、サキはそうではないらしい。」
咲希は、真っ赤になって言った。
「ラーキスったら、だから安易に決めちゃいけないって言ったでしょう?あの、嫌なわけじゃないけど、あんまりにも急だから。結婚よ?一生のことなのよ。ちゃんと考えて決めないと。グーラは違うのかもしれないけど。」
アトラスは、首を振った。
「何を言う。グーラは同じつがいとしか子は成さぬ。なので、合わない女など選ばぬわ。適当に選んで、思うような子が出来なんだらどうするのだ。」
ラーキスは、頷いた。
「そうよ、サキ。己の子を産む女であるぞ?我らにも、好みというものがある。」
二人の勢いに押されて、咲希は一歩下がった。そうなの…でもラーキスはどっちでもいいなんて言うじゃないの。
しかし、これ以上言っても二人に押されるだけなので、咲希は話題を変えようと思って、そして、はたと思い出した。そうだ、アトラスに頼もうと思ったんだった。
「あ!そうだアトラス、お願いがあるの!」
アトラスは、急に話題が変わったので、驚いた顔をしたが、言った。
「何ぞ?」
咲希は、自分のウェストポーチから、封筒を引っ張り出した。そして、それをアトラスに差し出した。
「これ。」
アトラスは、複雑な表情でそれを見た。
「サキ?オレは別にいいが、ラーキスではなく、オレか?」
…いいのかよ。
咲希はそう思ったが、まださっきの会話を引きずっているのかと、ぶんぶんと首を振った。
「違うわ!宛名を見て、美穂よ。あの、帰る途中で研究所の上を通るって言ったでしょう。ついでに、届けてもらおうかと思って。すぐに帰るって言ったのに、私ダッカへ行ってしまうから。美穂には、知らせておかないとと思って。」
それを聞いて、ラーキスとアトラスは、同時に顔を見合わせた。どうしたのかと、咲希は二人を代わる代わる見た。
「え?どうしたの?ダメ?」
すると、ラーキスが言った。
「今言ったではないか、我らにも好みがあると。」
アトラスも、頷いた。
「グーラの好みというのは、似通っておっての。オレもラーキスも、美穂は苦手だ。出来ればもう、接したくないものよな。」
咲希は、きょとんとした。私はどっちでもいいのに、美穂は接したくないってどういうこと?
「でも…同じように、あちらの世界から来たのよ?どっちでもいいんじゃなくて?」
二人は、同時に頷いた。
「良くないの。サキの「気」は心地よいと感じるが、美穂は違うしの。性質も、合わぬかの。」
二人は、そう言って頷き合っている。咲希は、封筒を見た。じゃあ、これはどうしたらいいんだろう。
「じゃあ、どうやって美穂に手紙を渡したらいいの?」
ラーキスは、答えた。
「郵便屋に頼めば良いぞ。ここから研究所ならそう距離はないゆえ、三日ほどで届く。」
咲希は、感心したようにラーキスを見た。
「まあ。こちらにも、郵便屋さんが居るの?」
アトラスが、何度も頷いた。
「便利屋か、民間のパーティの中に、郵便屋としての仕事も請け負っておる者達が居るのだ。金を積めば速達もするぞ。紹介所へ行って、依頼してみるが良い。」
ラーキスが、同じように頷いた。
「オレが連れて参るから。依頼しようぞ。」と、アトラスを見た。「ではの、アトラス。早よう発つが良い。」
アトラスは、そそくさとドアへと向かった。
「おお、ではの、ラーキス。サキも、またの。」
アトラスは、さっと出て行った。咲希は、そんなにも嫌なのかと、分かりやすいグーラにただただ呆然としていた。美穂…どれだけ二人に言い寄ったんだろう。もしかして、自分が見てない所でも、結構押していたのかもしれない。
窓の外を、一体のグーラが飛び立って行くのが見えた。
咲希は、この世界の皆のことを、もっと知りたいと思うようになっていた。




