一緒に
一番最初に、口を開いたのは克樹だった。
「その…リリアナ?」克樹は恐る恐る声を掛けた。「その、クマ…話せたのか?」
リリアナは、克樹を見た。
「ええ。でも、私にしか分からないようだったわ。ショーンには、全く聴こえないようなの。ショーンは、この石が二つ共私の命を繋いでいると思っているようだけど、どちらか一つあれば私は大丈夫なの。もう一つは、ルルーの意識を保つのに使っていたわ。」
咲希が、そろそろとクマを見た。
「ルルーっていうのは、このクマの名前?」
リリアナが頷くと、ルルーはくるりと咲希を見て答えた。
『そう!リリーがつけてくれたんだ!でも、ボクには石に宿った意識があるだけで、命は無かった。君達の力のお蔭だよ。パパとママって呼んでいい?』
咲希は、慌てて手を振った。
「ええ?!あの、私は咲希よ。咲希って呼んで。こちらはラーキス。」
ラーキスも慌てて頷いた。
「ラーキスと呼ぶが良い。」
結婚もしていないのにもう子持ちという状態は避けたい。急いで言う二人に、クマはため息をついた。
『そう。じゃあサキ、ラーキス、よろしくね。』
咲希とラーキスは、ぎこちなく会釈を返した。今までヌイグルミだったものが動いて話すなど、まだ頭がついていかないのだ。
克樹が、割り込んだ。
「それで、どうしてこうなったのか、リリアナには分かるのか?ラーキスと咲希に、力を使わせていただろう。」
リリアナは、頷いて克樹を見た。心なしか、表情が穏やかになっているようだ。
「ええ。まさかと思ったけれど…ラーキスの力が、石に当たった途端に、別の力が発動するのが分かったわ。それは、ショーンが苦労して発動させた、命の再生の力とかいうものと、とても似ていたの。石とラーキスの力が混ざって偶然に出来た、化学反応みたいな感じかしら。だから、そこに咲希の力が加われば、きっとルルーも私のように、話せるようになるはずだと思って…だって、私達は同じ石に命を繋いでもらう、同じ命なのだもの。」
ルルーは、頷いた。
『ボク達は、兄弟みたいなものなんだよ。』
咲希は、そうやって考えてみると、遺跡の通路に放置されていた、ルルーのことを置いてこなくて良かったと思った。リリアナにとっては、ルルーは兄弟だったのだ。つまりは、とても大切なものを奪われてしまっていたのだ。
「まあ」咲希は、見る見る涙ぐんだ。「それなのに…あんな風に目を取られて、放置されて。辛かったでしょう、リリアナ。」
リリアナは、ぐっとルルーを抱き寄せると、下を向いた。依然として無表情だったが、咲希には泣きそうに見えた。
「…ショーンは、私のこともルルーのことも、ただの人形だと思っているから。」リリアナは、小さな声で言った。「あの時、中へ入るために、石を一つずつ持つ必要があると言って。私の目の前で、ルルーの瞳を引き千切って、あの膜を破ったの。そして、私を小脇に抱えて、通路を駆け出してったわ。ルルーは、その時から話さなくなっていたの。」
ルルーは、案じているように、リリアナの頭を撫でた。
『ただの意識しかないから、痛みっていうのは、全く感じなかったから。』ルルーは、まるで兄のようだった。『ただ、あの時から意識がぷっつり途絶えて、気が付いたら今だったんだ。今は、リリーの温かさも感じるよ。命があるからだろうね。』
リリアナは、ルルーの顔を両手で持って撫でた。
「ルルー…。」
しかし、克樹は深刻そうな顔をした。
「でも、喜んでもいられないだろう。ショーンは、リリアナをリリアの器にしようとしている。リリアナは、リリアを復活させるまでの命だと考えているようだったじゃないか。」
ラーキスが、それを聞いて頷いた。
「確かにの。クマまで動くとなれば、ショーンは石を外してしまおうとするのではないのか。そうでなくても、何をするか分からぬ。ショーンは、今一何を考えているのか理解出来ぬのだ。」
リリアナとルルーは、顔を見合わせている。咲希は、言った。
「でも、しばらくは居ないわ。ショーンはここへリリアナを置いて行くことに同意したでしょう。そうでないと、あちらへ行かせてもらえないし、牢へ入れられるから。それなら、あちらへ行っている間に、どこかへ隠れてしまえばいいのよ。」
克樹は、顔をしかめた。
「隠れるって、女の子と、しゃべるクマが?無理だよ、どこへ行っても噂になるじゃないか。」
咲希は、じっと考えている。そして、ラーキスを見た。
「ラーキス、ダッカには、変な人は来ないわね。」
ラーキスは、頷いた。
「グーラが守る里として有名であるからな。」と、言ってから、顔色を変えた。「ちょっと待て、オレにあれらを連れ帰れと言うか?」
咲希は、懇願するようにラーキスを見た。
「世話は私がするわ。だから、ショーンが使節団と一緒にここを出たら、私とリリアナと、ルルーを一緒に連れて帰って。お願い。」
ラーキスは、咲希をじっと見ていたが、そのままリリアナと、黙って見上げているルルーへと視線を移した。それから、再び咲希を見て、頷いた。
「…しようのない。では、本当なら明日にでも発つつもりであったが、使節団がこちらを発つまで待つことにしようぞ。それから、共にダッカへ。」
咲希は、ぱあっと明るい顔をしたかと思うと、ラーキスに抱きついた。
「ありがとうラーキス!嬉しいわ、きっと迷惑は掛けないから!」
ラーキスはびっくりしたようにそれを受け止めた。克樹は、心持ち赤くなった。
「咲希…知らなかったよ。ラーキスといい感じかなあとは思ってたけど。」
咲希は、驚いて克樹を振り返った。嬉しさのあまり抱きついてしまったけれど、こっちではそういうのは欧米並みに平気だと思っていたのに。
「え…おかしかった?!」
急いでラーキスから離れると、リリアナもぼそりと言った。
「何よ…それならそうと、早く言ってくれればいいのに。お邪魔してしまったわね。じゃあ、出発の時はよろしく。ルルー、行こう?」
ルルーが頷いて、リリアナの横に浮いて王城の建物の方へと向かう。咲希はあわあわと皆を見た。克樹は、立ち上がって歩き出した。
「じゃあね、ラーキス、咲希。また後で。」
皆を見送ってから、咲希はラーキスを見上げた。
「ラーキス、今のはダメだったの?こっちでは、抱きつくってどういう意味があるの?何か、変な意味があったの?!」
ラーキスは、咲希を見た。
「最近の流行での。今年のベストセラー小説のワンシーンで、自分を連れ帰ってくれと女から逆に男に結婚を申し出て、承諾されて抱きつくシーンがあったのだ。そのせいで、ここ最近は女からそのようにする婚姻の申し込みが流行っておるそうな。今のがそれだと思われたようよ。オレは別に構わぬが。」
咲希は、目を丸くした。そんなの、分かるはずないし!
「か、構わないって!ラーキスったら、そんなに安易に将来決めちゃダメよ!」
ラーキスは、苦笑した。
「安易?安易ではないが、まあ良い。主がそのつもりがないのなら、良いではないか。オレは気にせぬから。それより、腹が減らぬか?食事に参ろうぞ。」
咲希は、顔が熱くてそれどころではなかった。ラーキス…確かにとってもいい男だし、とっても優しいし、グーラだけどだからこそ頼りになるし、真っ直ぐだし…。
意識し始めると、ますます顔が熱くなってしまって、咲希は食堂に着くまでに何とかしようと必死に顔を扇いだりと、苦労した…。




