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王立空間研究所

研究所では、待っていてくれたようで、鉄格子の大きな扉はすぐに開かれた。そして、中へと足を踏み入れると、そこは綺麗な庭園のようだった。外の荒地とは違い、綺麗に手入れされてある木々や花々、そして小さな噴水まであった。そこに色の違う石で舗装された小道が、ずっと建物の入り口まで伸びていて、咲希達7人は並んで歩いて行った。

すると、そこへ行き着かない間に、建物の両開きの重そうな扉が開き、中から一人の女が走り出して来た。

「咲希!!」

咲希は、その顔を見て叫んだ。

「美穂!」

美穂は、咲希と同じようにこちらの世界の服を着ていて、駆け出して来ると咲希に抱きついた。咲希は、それを受けながら涙でかすんで見えない目を必死に開いて、美穂の顔を見た。

「ああ美穂!無事だったのね!目が覚めたら一人で、どうなってしまったんだろうって…。」

美穂も、同じように涙ぐんで頷いた。

「私もよ。目が覚めたら、渡さんと一緒に大きな平原の真ん中に飛ばされていたの。咲希が居ないから、どれほど心配したか…。私達はね、グール街道の近くに倒れていたの。それで、旅のパーティに拾われて、ここへ連れて来てもらったのよ。渡さんが居たから、あのハンツさんがこっちでどこに居るのか知っていたの。」

咲希は、何度も頷いて美穂を見た。

「ああ、本当に良かった。私は、ダッカという町から少し離れた場所に倒れていて。そこで、ラーキスに会って助けてもらったの。それにしても美穂、その服とっても似合っているわ。なんだか、アニメで見る近未来の女軍人の服みたい。」

美穂の服は、ぴったりと体に沿うような、繋ぎの白い服で、襟が鋭く立っていて、胸元も深くまで見えた。美穂が大人っぽいのに、自分がミニスカの下に短いスパッツ姿にブーツと、どこか子供っぽいのが少し恥ずかしくなったが、美穂は微笑んだ。

「ありがとう。ラーキスって?」

咲希は、後ろで黙って辛抱強く待っている皆を振り返って言った。

「この人よ。グーラで、空を飛べるしとても心強いのよ。」

ラーキスは、慎重に咲希に並んで、美穂に会釈した。美穂は、呆然とラーキスを見ていたが、我に返って言った。

「まあ…そうなの。あの、驚いたわ。咲希、たくさんの人と知り合いになったのね。」

すると、シュレーが進み出て言った。

「オレは王立軍将軍のシュレー。ハンツに会いたくて来たんだが。」

美穂は、ああ!と慌てて踵を返した。

「ごめんなさい、私が連れて行かなきゃならないのに。こちらです、ご案内致しますわ。」

やっと中へ入れる、と、シュレーはホッとして美穂に従った。咲希は、やっと帰れるのだと、美穂の背を見ながらそれについて歩いて行ったのだった。


奥の部屋へと通された一行は、そこのコンピュータの前で座っていた60代ぐらいの男が振り返るのを見た。そして、横には黒髪に鳶色の瞳の、咲希から見てかなりイケメンの、しかし30代ぐらいに見える男が居た。シュレーが、進み出て言った。

「なんだレイキ、来てたのか。」

克樹が、進み出た。

「父さん!」

咲希は、仰天して克樹を見た。父親?!克樹の?!

しかしその男は、困ったように笑った。

「なんでぇ克樹、外では怜樹さんと呼べと言ってるだろうが。歳がばれちまう。」

克樹は、頬を膨らませた。

「今更歳を誤魔化してどうするのさ。」

シュレーが、呆れたように言った。

「相変らずだな、レイキ。で、何か分かったか。お前もパワーベルトの件でここへ来たんだろう。」

怜樹は、真面目な顔になって頷いた。

「数日前から、怪しい光りを放ってたじゃねぇか、あれは。ただごとじゃねぇと思ったんで、もしかしてまた空間に何かあったのかと思って、こっちへ来てたんだ。お前がここへ来たってことは、やっぱりあれは空間の異常が原因だったのか?」

シュレーは、首を振った。

「分からないのだ。ここへ来たのは、ルシール遺跡の地下にある通路の、光の障壁を破れないかと考えたからだ。もしも破れたら、パワーベルトの真下まで行けるかもしれない。そうすれば、解決に一歩近付くかと思ってな。」

怜樹は、ため息をついた。

「まだその段階か。」と、横の60代ぐらいの男を見た。「ハンツ、この空間転送装置の不具合のことも、分かるかもしれねぇぞ。」

ハンツと呼ばれた、その男は頷いた。咲希は、その顔を正面から見て思った…間違いない。あの時、モニターの向こうで話してた人だ。

「それを願います。このお嬢さん達にも、今回のことで迷惑を掛けてしまった。どちらにしても、今はどうしても転送することが出来ない状態なのです。何とか元通りにしないことには、あちらの世界の家族も大変でしょう。今、もう既に親御さん達が来られて、あちらではトップシークレット事項なので、政府の者達に囲まれて、説明を受けたところです。」

咲希は、目を見開いて美穂を見る。美穂は、頷いた。

「私は、もうお母さんと話したわ。こっちで不自由はしてないからと安心してもらったけど、まだ咲希のことが分かっていなかったから…。でも、ダッカで保護された情報が来た時には、ちゃんと説明したよ。だから、大丈夫。」

ハンツが、咲希を見た。

「咲希さん。すぐにご両親をお呼びしましょう。今はモニターでしか話すことが出来ませんが、不具合が直れば、あちらへ帰ることが出来ますから。それまでは、ここで過ごしてください。部屋もご用意しておりますから。」

咲希は、とにかく頷いた。帰れない…まだ、帰れないんだ。

ふらつく咲希を、後ろからラーキスがそっと支えた。咲希は、弱々しく微笑みながら、感謝の気持ちを表したかったが、疲れたような顔になってしまった。

シュレーが、言った。

「遅くても、進まないよりはマシだ。今、大学であの遺跡の古代語を急ぎ解読してもらっている。ハンツ、君には持ち帰ったこの光の障壁のデータから、どうやったら破れるのか考えて見てほしい。空間の理論から考えたら、それが可能かもしれないだろう。」

克樹が、自分の腕輪の中に持ち帰って来たデータを、そこのコンピュータに繋いで送った。ハンツは、次々に送られるそのデータに目を通しながら、頷いた。

「どこまで出来るか分かりませんが…やってみましょう。皆さんは、どうぞお食事でもして、休んでください。階下に準備させておりますから。」

美穂が、先に立って歩き出した。

「こちらよ。」

皆、そちらへ向かって足を進める。克樹は、まだデータを送っていたので、言った。

「オレは、これが終わったら行くよ。先に食っててくれ。」

そうして、一同は克樹を残してそこを出て、階下の食堂へと向かったのだった。


咲希は、気が晴れなかった。

ここへ来れば、帰れるのだと思っていた。確かに、ラーキスや克樹とお別れするのはつらい。だが、あちらへ帰って、またこちらへ時々顔を見に来れるぐらいに思っていたのだ。

それが、今は叶わないという。大学のことを思うと、気持ちが重かった。もう春休みが近かったとはいえ、このままここでの滞在が長引けば、間違いなく三回生での実習に響いて来る。

美穂は、きっともう数日前にその事実を聞いて、そしてそれを乗り越えたのだろう。とても落ち着いていて、その上何かを吹っ切っていて明るかった。美穂は、その場を明るくしようと思ったのか、ラーキスやアトラスにも積極的に話しかけていて、すぐに他の者達とも馴染んでいた。咲希は、立ち直らなければと思いながらも、まだショックから立ち直れずにいた。このままではいけない…もしかしてパワーベルトの異常が、転送装置がうまく動かない理由の一つなのかもしれないのだから、自分も積極的になって、パワーベルトの異常を直せる方法を考えたりして、あっちへ帰ることはしばらく忘れないと…。

それでも、咲希はまだ落ち込んでいたのだった。

食事が終わって、皆が談笑している頃、咲希はハンツが呼んでいると言われて、あの部屋へと案内された。

「ハンツさん?あの、お呼びだと聞いて。」

すると、ハンツは立ち上がって咲希をモニターの前へと促した。

「こっちへ。ご両親が来てくださっているんだ。」

咲希は、それを聞いて急ぎ足でモニターの前に立つと、覗き込んだ。

『咲希!』

画面の向こうでは、父と母が、涙ぐんでこちらを見てそう叫んでいた。咲希は、こちらも涙目になりながら、心配を掛けてはいけないと、ぐっと堪えて言った。

「お父さん、お母さん。ごめんね、事故に巻き込まれちゃって。」

すると、モニターの向こうの母が言った。

『あなたのせいじゃないわ。無事で良かった…行方不明だと聞いた時には、すごく心配したのよ。』

父も、隣りで言った。

『訳は聞いたよ。父さんもびっくりした…こんな装置が、世の中にあるなんて。だが、確かにこれをこっちの世界の住人が知ったら、大変なことになるだろう。だから、お前が事故にあったことを公表できないと言われても、ぐっと我慢したんだ。咲希…そっちは、つらくないか?』

咲希は、頷いた。

「みんな、親切なの。それに、美穂も居る。何も危ないこともないし、ご飯もきちんと食べてるよ。とっても景色が良くってね、空気が綺麗なんだよ。私でも魔法が使えちゃうんだ。すごく、楽しいの。」

それを聞いた母は、涙をこぼしながらも、笑った。

『まあ…ほんとに、咲希はどこでも楽しめる子だから。でも、無理はしないでね。ハンツさんも、こっちの教授も、早く原因を究明して帰してくれるって言っているから。また話をさせてくれるって言っているから、こっちが恋しくなったらいつでも連絡してもらいなさいよ?お母さん、ここへ駆けつけて来るから。』

咲希は、目に涙をためて、頷いた。

「うん。大丈夫だよ?そんなに心配しないで。留学してるんだと思ってくれたらいいよ。」

父が、頷いた。

『ああ。元気で居るのが見れて、良かった。またいつでも来るから。寂しくなったら、連絡してもらえよ。』

咲希はまた、頷いた。

「うん。平気よ。こっちの方が安全かもよ?変な人とか、居ないし。車も走ってないから、交通事故にもあわないし。ね、だから、安心して。」

両親はともに、頷いた。そして、父が言う。

『分かった。じゃあ、またな。』

母が言った。

『あまり長い時間繋げないのですって。またね、咲希。』

咲希は、頷きながら手を振った。

「うん。またね、お父さん、お母さん。」

両親の姿は、モニターから消えた。咲希は、途端に泣きそうになるのを堪えて、ハンツに頭を下げた。

「ありがとうございました。また、連絡したくなったら、お願いします。」

ハンツは、黙って頷く。

咲希は、そこを逃げるように出て行った。

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