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外出

結局ショーンは回りの様子を見て来ると出て行き、食堂には来なかった。リリアナは一人で黙々と目の前の皿に向かっていたが、無表情でショーンが居ないことを気にしている感じではなかった。咲希がリリアナの隣りに座って、いろいろと世話をしようとしたが、ほとんど手は掛からなかった。しかし、相変らず腕には、あのヌイグルミの熊を抱いていた。

「えらいのね、リリアナ。何でも自分で出来るのね。でもクマさんはこっちの椅子に座らせておく?」

リリアナは、やはり無表情でヌイグルミを抱く手に力を入れると、咲希を見上げた。

「いいえ。これは私に必要なの。構わないで欲しいわ。」

咲希は、驚いた顔をした。克樹が、横から苦笑して言った。

「別に、赤ちゃん扱いしたわけじゃないよ。気を悪くしないで欲しいな。」

リリアナは、克樹を見て言った。

「わかっているわ。あなた達は私に手を貸さなければと思うのかもしれないけれど、大丈夫だということよ。」

そして、また黙々と食事を続ける。克樹は咲希に、肩をすくめてみせた。咲希は、全く子供っぽくないが小さなリリアナに、どう接していいのかと戸惑った。ラーキスが、横から言った。

「特に気にする必要はないのではないか。その娘の気は大人のそれほど強い。本人の言うように、何でも自分で出来るのだろう。」

咲希は、頷いた。そして、自分の前にあるシチューを口に運んだ。浮いている肉は、やはり何かの魔物なのだろうか…。

考えないようにと思うのに、壁に掛かっている見たこともないような生き物の毛皮とか、緑色のツノとかを見ていると、咲希の食欲を削いだ。だが、食べられる時に暖かい食べ物を食べておかなければ、旅の途中にはなかなかそうは行かないとシュレーから言い渡されていたので、そのシチューにある鶏肉のような食感のそれは、鶏だと自分に言い聞かせて食べた。

ふと見ると、ラーキスとアトラスはもう食事を終えて窓際に座り、二人で何かを話している。あの量を物凄い速さで食べたのがそれで分かり、咲希はつくづく、二人は自分達とは違うのだと思った。


食後に、食堂から出てフロント脇にある暖炉の前の椅子へと皆で移動し、そこで食後のお茶を飲んで温まっていた。咲希は、魔物であれ何であれ、とてもおいしかったのは確かだったので、満足してそこに座っていた。異世界に来てから、こうやってゆっくりと寛ぐのは、初めてのことだった。

シュレーが言った。

「明日の朝から、ルシール遺跡へ向けて徒歩で向かう。さっき話した通り、冬季はこの辺りには魔物が増えるんだが、どうやら遺跡に近付くにつれて減って来るらしい。夜までにあちらへ着くことが出来れば、そんなに手こずることもないだろう。」

克樹が言った。

「この街の商店で開いてる店はあるのか?」

シュレーは、頷いた。

「開けてないが、ここに残ってる奴の店を知っている。あいつは昔からここから出ないんだ。開けてもらうように頼むよ。」

克樹は、自分のウェストポーチを覗き込んだ。

「いくらか買っては来てるんだけど、食糧はどうしようもないからな。遺跡に店はないだろうし、ここで持てるだけ買って行かないと。」

ラーキスが言った。

「オレの武器も買ってもらいたい。ダッカを出る時、急だったので持って出なかった。まさかうろうろすることになるとは思わなかったのでな。」

それには、アトラスも頷いた。

「ああ。オレの物もな。魔物でも小物に出会うたびにグーラに変化しておったらきりが無いからの。」

すると、鉄の扉が開いてショーンが入って来て言った。

「出た魔物を片っ端から食やいいんだ。そうすりゃ食いぶちも減る。」

「ショーン。」

シュレーが、咎めるように睨んで言った。ショーンは、ふんと横を向きながらコートを脱ぎ、言った。

「…魔物はラグーが居たぐらいであの面倒なデカぶつは見当たらねぇ。明日には雪もやむだろうし、準備をするなら今だ。」

シュレーは、頷いた。

「明日の朝出発だと話していたところだ。今からオレの知り合いの商店へ行くが、お前はどうする?」

ショーンは、側の椅子にコートを放り出すと、食堂の方へ向かった。

「オレは何か食べる。行きたきゃ皆で行って来な。」

ショーンが歩いて行くのを見たリリアナは、そのあとについて行った。

「私も残るわ。」

二人が食堂へ消えるのを見送った咲希は、ソッと克樹に言った。

「ラグーって何?」

「羊。」克樹は答えた。「ただし紫だけどね。」

咲希は想像して顔をしかめた。紫の羊…。

すると克樹は、更に言った。

「ラグーは別に脅威じゃないんだが、ショーンの言ってたデカぶつってのは…ミガルグラントって魔物なんだけどね。北に住む最大の魔物で、ちょっとしか飛べないけど翼がある。」

咲希は、怯えて言った。

「え、グーラより大きいの?」

克樹は頷いた。

「デカさと力だけはあるんだ。知恵はないけど。ええっと、あっちの世界では近いのはティラノサウルスって恐竜だと父さんは言ってたな。」

「ええええ~?!」

咲希はますます震え上がった。無理無理!ティラノサウルスって!

シュレーの手が、ポンと咲希の頭に乗った。

「それぐらいにしておけ、克樹。サキが怖がってるじゃないか。」と、咲希を見て微笑んだ。「心配はない。あいつらはグーラの気が近くにすると寄って来ない。グーラはミガルグラントを狩るからな。たった一体のグーラがあっという間にミガルグラントを倒すのを見たことがある。図体ばっかりデカくても、グーラには勝てないのだ。こっちにはラーキスとアトラスが居る。心配ない。」

それを聞いた咲希は、すすっとラーキスに寄った。ラーキスは、片眉を上げた。

「サキ?ミガルグラントなど怖がる事はないのに。」

咲希は頷きながらも、ラーキスを見上げて言った。

「でも、念のため隣を歩かせて?」

ラーキスは、苦笑した。

「それは構わぬが。」

咲希は、ホッとして微笑んだ。ラーキスは、少し戸惑ったような顔をした。シュレーは、椅子から立ち上がって言った。

「じゃあ、商店へ行くか。買出しをして来よう。」

皆は頷いて、一斉に立ち上がると、シュレーについてまだ吹雪いている外へと足を踏み出した。


少し歩いても、手がかじかんで来る。咲希は、自分の手に手袋の上から息を吹きかけた。それでも、全く暖かくならない。こんな寒さは初めてだった。

ラーキスが、気遣わしげに咲希を見た。

「寒いか?ほんの明日は晴れるゆえ、もう少しマシであろうがな。」

咲希は、無理して笑った。

「大丈夫。ちょっと慣れて来たかもと思ってるの。ほら、歩くのもつらかったけど、今は歩けてるし。」

ラーキスは首を振った。

「それは、上空で冷え切った後であったから。今は宿屋から出て来たばかりだからの。」と、咲希の手を握った。「ここでグーラになるわけには行かぬし、こんなことしか出来ぬがな。」

そういうとラーキスは、自分のポケットの中へ咲希の手を握ったまま突っ込んだ。咲希は、びっくりして真っ赤になった。

「あ、あの、いいのよ?無理しなくて。慣れなきゃいけないし。」

ラーキスは、しかし特に気にしていないように言った。

「無理とは?別に構わぬ。」

ラーキスの様子を見て、咲希はラーキスが特に何も意識していないことを悟った。そうか、きっとグーラだし、人の女の私になんか、きっと興味もないんだわ…でも、ラーキスのお父さんはグーラでお母さんは人だったっけ。あれ?なんか分からなくなって来た。

咲希の頭の中にはいろんなことが意味も無くぐるぐると回っていたが、とにかく赤くなった顔を何とかしなければと、雪を避けるふりをしてフードを深く被り、下を向いて歩いたのだった。

すると、先頭を行くシュレーが金属の扉の、普段なら商店らしき構えの建物の前で立ち止まった。そして、その金属の扉をどんどんと叩いた。

「マイク!居るのは分かってるんだ、開けろ!オレだ!」

咲希は、仰天してその声を聞いていた。まるで、捕まえに来たかのようじゃないの。私がマイクさんなら、絶対に開けないけどな。

しかし、咲希の思惑とは裏腹に、しばらくしてその鉄の扉はギギギとさび付いた音を立てて開いた。

「なんでぇ、シュレーの旦那。こんな時期に来て開けろって、それはねぇだろうが。」

シュレーは、開いての顔を見て笑った。

「マイク。ちょっとこの先のルシール遺跡まで用が出来たんでな。食糧や武器を買いたいと思って来た。」

相手は、ふーっと長いため息をついた。

「しようがねぇ。他の奴ならお断りだが、あんたなら断れねぇな。ま、入りな。」

マイクと呼ばれたその初老の小柄な男は、シュレーに背を向けて中へと入って行く。シュレーは、皆を振り返って頷いた。

「さ、入ろう。」

皆は、恐る恐る中へと入って行った。

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