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北へ

咲希は、散々寝た後だったので、眠れずに外へ出た。ここの世界の空には、月が二つある…。

咲希は、はっきりと見える星空を見上げ、ホッと息をついた。

すると、後ろから声がした。

「眠れないのか?」

振り返ると、克樹が立っていた。きりっとした目元は気が強そうなのに、雰囲気はとても優しげな克樹は、咲希が唯一馴染みのある名前だった。

「克樹さん。」

克樹は、笑って手を振った。

「克樹でいいよ。」と、咲希の横へ並んだ。「二日も寝てたのに、眠れないか。」

咲希は、頷いた。

「何だか…急にこの世界へ来て、何もかもが突然で、まだ理解出来ていないの。」と、腕の金属の腕輪を見た。「これも…使い方も分からないし。」

克樹は、頷いた。

「さっき、急に登録して来たんだものな。それは、個人情報の集まりっていうか、そんな感じ。お金も名前も所属も生まれもみんなそこに入っていて、それを翳したらホテルにも泊まれるし、鉄道にも乗れるし、食事も出来る。ま、お金が入っていればだけど。稼ぐには、魔物を倒したり、仕事をしたりしなきゃ。さっきの封印の支払いがあったはずだから、君も少しはあるんじゃないか?」

咲希は、真新しいそれをぱちんと開いた。金属のそれは、開けると液晶画面のようなものが付いていて、タッチするといろいろと見ることが出来る。さっき皆に教えてもらって、ここの地図や自分の位置などをどうやって出すのかは覚えた。

「携帯電話みたいな感じかな。それの、もっと多機能版みたいな。」

克樹は、ははと笑った。

「ああ、確かにそうだ。父さんも同じことを言ってたよ。」

咲希は、不思議そうに克樹を見た。

「克樹は、あちらの世界から来たの?」

克樹は首を振った。

「オレの父さんがあっちの世界の住人だったんだ。最初は、時々こっちへ飛ばされて来るだけだったらしいけど、二十年前の気を正す旅の後、世界を完全に分けることになって…父さんは、こっちへ残った。だからオレは、こっちの世界しか知らないんだけど、父さんから話を聞いてるから、ちょっとは分かるんだ。」

咲希は、全く知らなかったことに、目を丸くした。結構昔から、こっちの世界に来る人がいたんだ。

「でも…完全に分けても、行き来したいって研究している人が居るのね。私は、あっちの世界のそんな研究所の事故でこっちへ来てしまったの。あちらのモニターで、こっち側の人が話してるのも見たわ。その時、私の友達も一緒に居たのだけれど、他の場所へ飛ばされてしまったようで…気が付いたら、私は一人で。出来たら、その友達を探したいと思っているわ。」

克樹は、真剣な表情で聞いていたが、頷いた。

「きっと、その友達もラピンの近くにある王立空間研究所に行ってるんじゃないかな。異世界から来たって言ったら、大概のこの世界の住人はあそこを思い出すんだ。そんなに遠くないし、ラーキスやアトラスならここからでも半日も掛からずに飛べる。とにかくは、陛下の命令だから、ルクシエムへ行かなきゃならないけど、その後すぐに王立空間研究所へ送ってもらえるよ。」

咲希は、克樹が自分を元気付けようとしているのを感じた。なので、無理に微笑んだ。

「ええ。大丈夫、これでも少しは理解して来たつもり。それより」と、ぴょんと横へと飛びのいて、杖を出して大きくした。「少し、術を教えてくれない?あの、魔物とか居るんでしょう?戦わなきゃならなくなったら、私、足手まといにだけはなりたくないから。」

克樹は、笑って自分も剣を抜いた。

「いいよ。オレは民間のパーティに入ってるんだ。今回は抜けてこっちのパーティに入るけどね。魔物退治したりして、お金を稼いでるんだ。戦う術なら、いくらでも教えてやるよ。」

咲希はしかし、あ、と口を押さえた。

「でも、長い呪文のヤツはやめて?とりあえず、短くて覚えやすいのからお願い。」

克樹は笑った。

「いいよ。確かに最初から長い呪文は覚えられないよね。呪文は、一応いろいろな言語から成っていて、作った人の使っていた言語が使われているから、理解出来ないものが多いんだ。古代語なんか、オレだって理解出来ない。意味を理解しないで使っても発動はするけど、本来の強さは出ないんだって父さんは言ってた。」

咲希は、顔をしかめた。

「奥が深いのね。私にはとても出来ない気がする…とりあえず、ちょっとの間魔物を倒せる術が使えたらいいから。」

克樹は、頷いた。

「そうだな。無事にあっちの世界へ帰るために、術を教えるよ。」

そうして、咲希は克樹と共に、ひたすらに呪文を唱えて術を覚えたのだった。


次の日の朝、咲希は誰かに肩を揺すられて目を覚ました。

「サキ?良かった、目覚めぬからどうしたのかと。」

咲希は、ハッとして起き上がった。昨日は部屋へ帰ってもなかなか眠れなかった…でも、知らない間に寝てしまっていたのだ。

「え、ごめんなさい!今何時?」

ラーキスは、苦笑して言った。

「心配せずとも、まだ誰も飛び立ってはおらぬ。ただ、朝食の時間が過ぎてしまうからと、案じて様子を見に参ったのだ。」

咲希は、急いで起き上がってベッドを降りて、上着を肩に掛けながら言った。

「ありがとう。食べないと、私死んじゃう。」

ラーキスは、頷いた。

「参ろう。ローストルクルクのサンドイッチは好きか?」

咲希は、ラーキスと並んで歩きながら、見上げて言った。

「ローストルクルクって何?」

ラーキスは、少し驚いたような顔をしたが、考え込むように言った。

「そうか、あちらの世界には無いか。何といえば良いか。」

すると、克樹の声が割り込んだ。

「牛だ。」咲希が、驚いて振り返る。「ローストルクルクっていうのは、ローストビーフだよ。」

克樹の顔を見て、咲希は嬉しそうに微笑んだ。

「克樹、昨日はありがとう!一晩寝て、すっかり忘れてなければいいけど。」

克樹は、笑った。

「あれだけやったんだ、フォトンぐらいは覚えてるだろう。」

咲希は頷いた。

「あれぐらいは大丈夫!」

ラーキスが眉を上げた。

「術?サキは昨日、克樹と?」

克樹は、笑って言った。

「そう。咲希はめちゃくちゃ筋がいいんだ。だが、呪文を覚えるのが苦手でね。」

咲希は、バツが悪そうに顔をしかめた。

「だって、聞いたこともないような言葉が多いんだもの。フォトンは分かったわよ?向こうの世界の言葉と一緒だもの。」

克樹は笑いながら階段を下りて言った。

「結構大雑把なんだよなー咲希って。もっとおとなしい子かと思ったのに。」

咲希は、ぷうと頬を膨らませて克樹を小突いた。

「あら、向こうではおとなしい方だと言われていたわよ?」

二人は、もう旧知の間柄のように言い合いながら先を行く。ラーキスは、それを見ながら人は人同士の方が分かり合えるのかとふと、思った。


朝食を摂り、急いで宿の前へと出ると、皆がもう揃っていた。シュレーが言った。

「これで全部だな。今回は、ラーキス、克樹、アトラス、ショーン、リリアナ、サキとオレで行くことになった。」

ラーキスは、驚いた顔をしてマーキス達を見た。マーキスは言った。

「ぞろぞろとついて参ってもの。オレは、里が気にかかる。たった三頭のグーラしか残っておらぬのだ。今は攻めて来るような輩は居らぬだろうが、それでもこれ以上放って置くわけには行かぬ。お前達ならば、大丈夫だろう。」

シュレーが、頷いた。

「オレもついている。それに、マーキスはラーキスの歳で旅をしていただろう。これよりも過酷な旅だった。ラーキスにも、それぐらいのことは出来る。」

ラーキスは、表情を引き締めた。

「役目は果たして来ます、父上。」

マーキスは頷く。

「オレとは違い、生まれた時から人と共に同じ生活をして参ったのだ。特に心配などしておらぬ。ではの。」

そしてキールに頷きかけると、他のグーラ達と共に次々と姿を変えて飛び立って行った。シュレーが、それを見送っている皆に言った。

「じゃあ時間が惜しい。我々も出発しよう。ルクシエムより北へ向かえばいいな、ショーン?」

ショーンは、首を振った。

「確かにお前さんが言うパワーベルトを祀った場所ってのは、ルクシエムよりまだ北の位置にあるルシール遺跡だ。だが、そこまで飛ぶのは感心しねぇな。あの近くは突風も吹くし上空は荒れてるらしい。オレはいつも、徒歩で行く。」

シュレーは、頷いた。

「では、まずルクシエムへ。方角はここから北北西。分かるか、ラーキス、アトラス?」

二人は、頷いた。

「方角は正確に。」

シュレーは苦笑しながら頷いた。

「だろうな。グーラの体の中には、方角を知る計器でも付いてるんじゃないかとオレはいつも思うよ。」

ラーキスとアトラスがグーラへと変わる。咲希は、何度見てもこれに慣れなかった。人の形をしていたラーキスが、みるみる大きな翼竜へと変わるのだ。

『サキ?乗るが良い。』

ラーキスが言う。咲希は、慌てて頭を下げてくれているラーキスへとよじ登った。すると、シュレーもそこへ乗りながら言った。

「克樹とショーン、リリアナはアトラスへ。ルクシエム上空は吹雪くだろう。防寒を忘れるな。」

ショーンは、ふんと鼻を鳴らした。

「言われなくても分かってらあ。」

ショーンは、アトラスへと飛び乗ると、リリアナにコートを小さな毛皮のコートを出して着せた。そして、自分も皮製のコートを着ると、言った。

「さ、行くぞ。」

アトラスは、何度か羽ばたいてから、飛び立った。ラーキスも、すぐに後を追って、朝の空へと飛び立って行った。

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