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神の気まぐれ  作者: 伝説の男前


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四角い月と浮かぶ海

世界暦一年一月七日。午前六時三分。ミドリ村。北斜面。


トーマスは畑に出ていた。菜種の種を指先で押す前に、空を見た。


月は四角い。


光が角から漏れている。丸いものから漏れるのとは違う。端が尖っている。影が斜めに落ちる。麦の畝の上に、直角の影が一本、二本、三本と並んでいる。


彼は思った。「そうだ。昔からそうだったな」。


昨日は丸かった。一昨日も丸かった。三日前も丸かった。四日前も丸かった。五日分を数えれば、丸だったはずだ。ただし六日前は覚えていない。七日前も。八日前はもっと曖昧だ。おそらく、ずっと四角かったのだ。確認していない。測定する手段もない。ただし今日は、思っている。思っているから、そうなのだ。


あるいは、昨日まで丸くて、今朝起きたら四角だった。その場合、いつ変わったのかを誰も知らない。知っているのは神だけだが、神は漫画喫茶にいた。あるいはいなかった。どちらでもよい。


「……まあ」


呟いた。声は小さい。風で麦の穂が揺れる音に上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。彼は菜種の種を指先で押し込んだ。押す。置く。四秒七。五。六。止まる。もう一度。四秒七。五。六。止まる。


地面は震えなかった。今日は震えない。昨日も震えたか、震えなかったか、確認していない。どちらでもよい。


鍬を肩にかける。柄に刻まれた「タ」の字が、朝の光で薄く光った。一瞬だけ。零秒二。そして消えた。トーマスは見ていない。見ているのは小屋の方角だ。朝飯の匂いがそこにある。あるいは、まだない。


彼は振り返らなかった。


午前六時四分。ミドリ村。南端。海辺り。


メルは砂の上に座っていた。九歳だ。あるいは十歳。確認していない。測定する手段もない。ただし今日は、数えている。指先で砂を押し込んでいる。押す。置く。四秒七。五。六。止まる。もう一度。四秒七。五。六。止まる。


空を見た。


月は四角い。昨日の月が丸かったことを、彼女は覚えている。覚えていないはずではない。昨日は丸かった。一昨日も丸かった。三日前も。四日前も。五日分を数えれば、丸だったことが確認できる。ただし六日前は覚えていない。七日前も。八日前はもっと曖昧だ。


トーマスは「昔からそうだったな」と思う。メルは「昨日まで丸かった」と思う。どちらが正しいのか、確認していない。測定する手段もない。ただし、違う。同じ空を見ていて、思っていることが違う。これが何かを意味しているかどうかは、九歳にはわからない。あるいはわかる。わからないふりをしている。


海を見た。


海が、上がっている。


正確には、浮いている。海面が水平面から十五度傾き、先端が空へ向かっている。水が滴っている。あるいは、水滴が上がっている。確認できない。測定する手段もない。ただし見ている。見ているからわかっている。


魚が、空を泳いでいる。三匹。四匹。五匹。六匹。七匹。八匹で止まる。


銀色の腹が光の角度を変えながら、月の角の下を横切っている。尾びれが空気を割る音はしない。あるいはしている。確認していない。どちらでもよい。ただし、泳いでいる。水の中で泳ぐのと、同じ動きをしている。違うのは、水がないことだけだ。


メルは指先で砂を押しながら、見ていた。押す。置く。四秒七。五。六。止まる。八匹の魚が月の角を越えた。九匹目が来ない。八で止まる。昨日も八だったか。確認していない。どちらでもよい。


メルは言った。


「昨日の月、四角だったよ」


声は小さい。誰にも聞こえない。あるいは聞こえている。確認していない。どちらでもよい。ただし、言っている。言わなければ、今日も丸かったと思っているかもしれない。言っておく。言っておけば、覚えている。覚えているから、違うことがわかる。わかるから、怖い。怖いから、言う。


八匹の魚が、止まった。


泳いでいた方向のまま、止まった。銀色の腹が光を反射し続けている。尾びれが動かない。空気が揺れない。水がないのに、波紋が一本だけ広がった。メルの方角へ。


九匹目の魚が、現れた。


八匹の列の先頭から、一匹だけ離れて、月の四角い輪郭の内側に浮かんだ。止まっている。見ていないはずなのに、見ている。メルの方を向いている。あるいは向いていない。確認していない。どちらでもよい。ただし、止まった。


メルは砂の上から動かなかった。指先が砂の中に埋まっている。押したまま。四秒七が、五が、六が、来ない。止まったまま。


魚も止まったまま。


零秒三。四。五。六。七。八。九。十。十一。十二で、魚は動き始めた。八匹が元の方向へ泳いだ。九匹目は、月の角の内側に留まっている。しばらく。あるいはずっと。確認していない。どちらでもよい。


メルは指先から砂を落とした。一粒。二粒。三粒。止めた。


「……おかしい」


呟いた。声は小さい。風で砂が飛ぶ音に上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。九歳は歳のせいかもしれないが、そう思っている。昨日も思った。一昨日も思った。おそらく明日も思う。ただし今日は、言っている。言わなかったら、おかしくないまま終わる。


午前六時七分。ミドリ村。北斜面。


トーマスは五本目の畝に菜種の種を蒔いていた。指先で土を押し込む。押す。置く。四秒七。五。六。止まる。もう一度。四秒七。五。六。止まる。


月はまだ四角い。光が角から漏れている。麦の畝の上に直角の影が並んでいる。トーマスは見ていない。見ているのは次の畝だ。まだ蒔いていない。今日も菜種だ。三日前に決めたことだが、昨日ハナが「明日でもいい」と言ったので、一日ずれている。


鍬を肩にかける。「タ」の字が光らない。今日は光らない。昨日も光ったか、光らなかったか、確認していない。どちらでもよい。


彼は次の畝へ歩いた。足元の泥が一つ鳴る。二つ。三つ。四つ。五つで止まる。六つ目は来ない。


海は十五度傾いたままだった。南端から北斜面まで、水平線が斜めに走っている。麦の穂先に水滴が付いている。降ったのではない。上がったのだ。あるいは、どちらでもない。確認していない。測定する手段もない。ただし見ている。見ているからわかっている。


空を泳ぐ魚が八匹、あるいは九匹、月の四角い輪郭の下を横切っていく。銀色の腹が光の角度を変えている。トーマスは見ていない。見ているのは小屋の方角だ。朝飯の匂いがそこにある。


「……まあ」


呟いた。声は小さい。風で麦の穂が揺れる音に上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。誰にも聞こえない。あるいは聞こえている。確認していない。どちらでもよい。


彼は次の畝に膝をつき、菜種の種を指先で押し込んだ。押す。置く。四秒七。五。六。止まる。


月は四角い。海は十五度傾いている。魚が空を泳いでいる。昨日もそうだったのか、今朝からなのか、トーマスは覚えていない。メルは覚えている。あるいは、覚えていないふりをしている。どちらでもよい。


明日は菜種を蒔く。あるいは、今日蒔いた。あるいは、まだだ。確認していない。測定する手段もない。ただし、明日があると思っている。思っているから、そうなのだ。


操作ログ(抜粋) 日付:世界暦 1/7 06:03:00 / 天体更新・完了 / 対象:月 / 形状:四角形 / 表面傷:1箇所(位置:北東面)/ 状態:通常 06:04:00 / 海面傾斜・検出 / 対象:ミドリ村南端海域 / 角度:15.0° / 方向:空側 / 原因:未判定 06:04:02 / 生物異常行動・記録 / 対象:魚×9 / 行動:空中遊泳 / 持続:確認中 / 備考:8匹目以降の個体は「列外」 (備考欄:空白。備考が書かれていない。)



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