風を裂く
ミゲル工房を出る。
朝の光が、銀灰色のフレームを撫でた。
ひやりと冷たいが、芯のある重みが手に伝わる。
石畳の広い道へ出てから、私は自転車に跨った。
跨った瞬間から、違いがわかった。
硬い。
木のようにしなる感触がない。
心臓が早鐘を打つ。
慎重に、ペダルを踏みこんだ。
「わあっ…!」
——速い。
体が置いていかれそうになる。
踏んだ力が、そのまま前へ出る。
木製の、あのわずかな“間”がない。
一瞬で、景色が後ろへ流れる。
曲がり角まできた。
木の自転車を操縦する時のように、余裕を持ってハンドルを切る。
けれど、やっぱり木より反応が早い。
ぶれない。
迷いなく、線を描く。
早くにハンドルを切りすぎて、危うく壁に擦れるところだった。
速さに、私の感覚が追いついていない。
私は一度止まり、息を整えた。
「鉄って、すごい……」
木には、木の良さがある。
わずかな“間”があるからこそ、踏み込みが柔らかい。
衝撃を吸収してくれる。
長く乗っても、体が疲れにくい。
でも鉄は違う。
踏んだ分だけ、前に出る。
ごまかしがきかない。
もう一度、漕ぎ出す。
今度は、見上げるような上り坂だ。
気合を入れて踏み込む。
「!」
——木より、重い。
漕げないほどではない。
でも、確実に重い。
足にくる。
坂を上り切ったときには、肩で息をしていた。
太ももがじんわりと震えている。
上った後は、下り坂が続く。
加速が早い。
木よりも、速度が乗る。
胸の奥が少しひやりとする。
ちゃんと止まれるのだろうか。
止まれなかった時のために、足を地面につけるように準備しながら、ブレーキを握る。
制動は、ちゃんと効いた。
止まった。
木よりも強度が上がることは予想していた。
だけど、強いのは、強度だけじゃない。
走りも、反応も、すべてが鋭い。
銀灰のフレームを見つめる。
鉄は、誤魔化さない。
正直だ。
踏めば進む。
踏まなければ、進まない。
木では届かなかった速さ。
けれど、その分、問われる。
この速さを扱えるか。
未来へ出るなら、
私も、同じだけ強くならなければ。
それでも。
胸の奥が、熱い。
「……いい」
これは、進める。
未来に。




