責任の線
部屋を出ると、クララは帳面を抱え直した。
「ごめんなさい、次の打ち合わせがあるの」
申し訳なさそうに一礼し、足早に去っていく。
廊下を、一人で歩く。
——死者が出たら、誰が責任を取るんだ。
——ちゃんと背負え。
——俺も、作りたいって思った!
声が、頭の中でぶつかる。
私は、どうすればいいんだろう。
俯いたまま歩き——
足元ばかり見ていた。
目の前の線も、見えていなかった。
「いたっ」
なにかにぶつかった。
後ろに倒れそうになった体を、誰かが支える。
「君は、何をしているんだ」
低い声。
見上げると、エルンストだった。
「あ……ありがとうございます」
私の顔を見た途端、彼の眉が寄る。
「顔色が悪い。少し休め」
半ば強引に、第七会議室へ連れていかれる。
部屋に入るとソファに座らされた。
エルンストは対面に腰掛ける。
「……何があった」
「あ…えっと」
言葉に詰まる。
だが、エルンストは急かさない。
ただ、まっすぐに私を見ている。
私は、ゆっくりと話した。
増産が止まったこと。
馬車組合の言葉。
責任の話。
最後まで聞いたあと、エルンストは小さく息を吐いた。
「新しいものは、最初は弾かれる。世の理だ」
淡々とした声。
「技術が本物なら、いずれ評価は追いつく」
一拍。
「だが、馬車組合の言っていることも、一理ある」
エルンストの視線がわずかに落ちる。
ほんの一瞬だけ、遠いものを見る目になった。
「事故の現場をいくつも見てきた。壊れた魔具や魔石は慎重に扱わねばならない。
だが、本当に厄介なのは——壊れたことそのものではない。その後の方だ」
静かな声。
「誰が回収するのか。誰が補償するのか。
どう使うべきだったのか。曖昧なものほど、揉める」
私は黙って聞いていた。
曖昧。
事故を起こさないように、作ったつもりだった。
強度も、構造も、何度も確かめた。
でも。
誰が乗るのか。どう使うのか。どこで乗るのか。
何も、決めていない。
作るだけでは足りない。
どこまでが、作り手の責任で。
どこからが、乗り手の責任か。
馬車組合に、事故の責任を誰が持つか、答えられなかった。
自転車は、使われ方次第で、事故を起こしやすい乗り物だとわかっていたから。
速さは、力だ。
力は、時に人を傷つける。
だから、事故を極力起こさない使い方を、定める。
安全の、基準を作る。
その後の、保証のことも考えないといけないけど、まずはそこからだ。
曖昧なままにしない。
線を、引く。
「……まずはそこを、決めなきゃ、いけない」
思わず零れた言葉。
自分で、はっとする。
エルンストがわずかに目を細める。
「何か、手伝うことはあるか」
私は首を振った。
「自転車は、私が作ったものです。だから、まずは自分で考えます。…どうしても行き詰まったら、そのときは相談させてください」
「……そうか」
短い返事。
「話、聞いてくれて、ありがとうございました」
私はお礼を言って立ち上がった。
扉を開けて部屋を出ると、向こうから人影が歩いてきていた。
アルドだ。
私は軽く会釈だけして、その場を離れた。
顔を上げて、歩く。
足取りは、さっきよりもまっすぐだった。




