理の部屋2
扉が勢いよく開いた。
「失礼する」
低い声。
腕章をつけた壮年の男が、数人を従えて立っている。
腕章には、馬車組合とある。
招かれてはいない。
だが、迷いなく中へ入ってきた。
「馬車組合のバルトロだ」
灰色の髪。鋭い眼光。
太ってはいないが、骨太な体躯。
「自転車の増産を検討していると聞いた」
職人の一人が言う。
「正式な議題では——」
「正式になる前に来ただけだ」
室内の空気が、わずかに張る。
男は私たち商会側を見る。
「そっちが、増産を進めようとしている側か」
クララが頷く。
「そうです」
バルトロは椅子を引かない。立ったままだ。
「確認したい」
声は荒くない。
ただ、固い。
「自転車は免許不要。誰でも乗れる。そうだな?」
「はい」
「速度は?」
私が数字を答える。
男は私を見る。
作り手が誰か、理解したらしい。
短く息を吐く。
「馬車と同じか、それ以上の速さか。
……子どもも乗れるらしいな」
「練習すれば」
「つまり、制限がない」
怒鳴らない。
ただ、まっすぐ言う。
「事故が起きたら、どうする?」
職人たちが、わずかに視線を交わす。
だが、誰も口を挟まない。
「うちは御者を抱えている」
バルトロは続ける。
「怪我をさせたら、組合で面倒を見る。
馬が暴れたら、責任を取る」
視線が私に落ちる。
「お前のそれは、誰が面倒を見る?」
一歩、踏み込む。
「死者が出たら、誰が責任を取る?」
言葉が、胸の奥に落ちる。
私は答えられなかった。
安全に。
遠くへ。
快適に。
そう思って作った。
けれど。
事故で誰かが亡くなったら?
私では、責任が取れない。
個人の責任では、足りない。
けれど、だからといって、誰かに押しつけていいとも思えなかった。
バルトロは深く息を吐いた。
「俺たちにも生活がある」
低く、静かに。
「自転車に取って代わられるかもしれない。
だから、こっちも必死だ」
一瞬だけ、声が揺れる。
「だがな、はなから潰す気で来たわけじゃない」
室内の視線が集まる。
「技術が必要なら、広まる。
本当に必要なものなら、止めても止まらん。そのときは、俺たちも変わるしかない」
そして、私を見る。
「変えるなら、広めるなら——そこまで考えろ。ちゃんと背負え」
背負う、という言葉が、肩に乗る。
怒鳴られたわけじゃない。
けれど、逃げ道のない言葉だった。
ギルドの部屋は静まり返る。
味方も、敵もいない。
胸が、重い。
私は気づく。
作ることと、広めることは違う。
木と鉄を組み合わせるより、
ずっと難しい。
私は初めて、
“作る”の先にあるものの重さを知った。




