見えない力
自転車は、黙って庭に立っていた。
二つの車輪。細い軸。木の骨組み。
魔石は、ない。
沈石粉も、使えない。
私は、しゃがみ込んで、車輪を回した。
——何も、見えない。
軋んだ音だけが、鳴る。
油を垂らした沈石粉を取り出して、そっとかけてみた。
粉は、ばら撒かれただけ。
沈石粉の線は、描かれない。
当たり前だ。
これは、魔具じゃない。
「……だよね」
分かっていた。でも、どこかで期待していた。
魔石で見えたあの線が、ここにも、あるんじゃないかって。
私は、ペダルに足をかける。
軽く踏む。
力が、前輪に流れる。
一気に。逃げ場もなく。
ハンドルが、揺れた。
——これだ。
私は、足を止めた。
魔石の中でも、力がぶつかっているところは、詰まって、うまく流れていなかった。
正しく流れているところはどうだったか。
細く、折れて、何度も向きを変えていた。
一気じゃない。
溜めて、分けて、逃がしている。
「力がぶつかってる…このままじゃ、荒いんだ」
力の流れ方が、荒い。
進む力と、向きを変える力が、同じところにあるから、倒れる。
力同士がぶつかり合わなない、きちんと流れる道をつくらなければならない。
——分ければいい。前と後ろで。
でも、足で踏んだ力は、前にある。
後輪にペダルをつけると、ハンドルから遠すぎて、乗りにくくなる。
「…どうやって、後ろに送ればいいの?」
乗り物を見つめて、考え込む。
何か、いい方法を探したい。
そのとき、頭の中で、音が鳴った気がした。
ぎいっ。
くる、くる。
小さい頃から聞いている、父の製材機の音。
大きな水車が回ると、そこにつながれた歯車噛み合って、力が、別の向きへ伝わっていく。
水は、前に流れているだけなのに、
刃は、横に回る。
力が、運ばれていた。
——足で踏む力を歯車で後ろに運ぶ。
私は、息を吸った。
できるかどうかは、まだ分からない。
でも。
見えない力は、ただ暴れているわけじゃない。
形を与えれば、流れるはずだ。
私は、自転車を見た。
作り直す。
次は、力を、迷わせないために。




