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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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石の道

 私は、沈石粉の描いた線をじっと見つめた。


 線は、一方向にまっすぐ流れているわけではなかった。

 右に曲がり、上にねじれ、左へ回り込みながら、全体として複雑な動きを描いている。

 その流れの中で、魔石の形に沿って細い枝に何本も分かれたり、また合流したりしているところもある。


「あれ?」


 線が歪み、沈石粉が小さな塊のように集まっている部分があった。

 粉が溜まり、動きが鈍い。


「……詰まってる?」


 完全に止まってはいない。

 でも、他より遅い。


 よく見ると、細く枝分かれしているうちの一本が、他の枝分かれした流れと同じ向きに流れず、途中で折れている。

 それが他の線にぶつかって塊を作っていた。


 ——これ、流せるのかな。


 指先で、魔石の縁をつまむ。

 塊の部分が流れるように、ほんの少しだけ、傾けてみた。


 線が歪む。

 粉が一瞬、散る。


 でも、崩れない。

 すぐに整おうとする。


 太くなっていた場所が、別の位置に、わずかにずれる。


 全体の流れは、保たれたまま。


 私は、もう一度、元の向きに戻した。


 沈石粉は、さっきと同じ線を描いた。


 今度は、逆に傾ける。


 同じように一瞬線は乱れた。

 そして、すぐに同じ形に近づいていく。


 でも、塊になっていた部分が、さらに別の線にぶつかって、大きくなった。


 魔石が、かすかに温もった感じがした。

 慌てて戻す。


 ——やっぱり、これ、偶然じゃない。


 でも、なぜ動くのだろう。


 風でもない。傾いているわけでもない。

 粉は、魔石に触れているだけだ。


「もしかして、これ……魔力の流れ?」


 魔石の中の、魔力の流れ。


 それに、沈石粉が反応して、動いているのかもしれない。

 

 どういう原理かはわからないけれど。

 なんとなく、そんな予感がした。


 私はもう一度、沈石粉をじっと見る。


 沈石粉は、割れ目でも、傷でもない場所を通って、内側の形に沿うように動いている。


 魔石は、ただの入れ物じゃない。

 中にある力は、好き勝手に動いているわけでもない。

 決まったところを、決まった向きに、通っている。


 ——道がある。


 しかも、それは、

 少し触ったくらいでは壊れない。


 私は、少しだけ震えた。

 こんなこと、聞いたことがない。

 見つけてはいけないものを、見つけてしまった気がした。


 その時。

 

 ふと、頭の中で何かが重なった。


 流れる。

 道を通る。

 溜まれば、歪む。


 ——自転車も、同じじゃないか。

 力が、道を通って、前へ進む。


 重心。向き。軸。


 自転車も、力が流れている。

 魔石と同じように、その流れには、きっと道がある。


「……そっか」


 まだ、何も分からない。


 でも、「できない」じゃなくて、「どうすればいいか」を考えていける気がした。


 その時、背後で、足音がした。


「……フィーネ?」


 振り向くと、ルーカスが立っていた。

 手には、工具箱。


「また一人で危ないことしてる」


「……危なくないよ」


「その台詞が一番危ないんだって」


 魔石と沈石粉を見て、彼は眉をひそめる。


「それ、ギルドに出すやつじゃ……」


「処分前」


 嘘じゃない。

 魔石の不調の魔具はギルドに返却したあとだいたい処分される。

 父も、これは処分だな、と言っていた。


「同じだよ」


 ルーカスが即座に返す。

 私は、一瞬、言うか迷った。


 魔石の中の、魔力の流れが、見えること。

 守られているみたいにその流れが戻ること。

 向きを変えても、無理に均されること。


 でも、言えなかった。


 魔石は、黙ってそこにあった。


 行き先を、

 ただ、待っているみたいに。

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