風の中へ
自転車作りに専念し始めてから、しばらく経ったころ。
私は、朝から、作った自転車を庭に引っ張り出していた。
庭に並べた二台の自転車を、エミールが興味深そうに見ている。
「ほんとに二台ある……」
「あるよ。昨日、夜までかかった」
少し眠いけど、胸は軽い。
「おねえちゃん、これ全部一人で作ってるんだよね」
「うん」
工具箱を閉じながら答える。
「まだね」
エミールはしばらく自転車を見てから、にやっと笑った。
「すごくない?」
照れくさくて、肩をすくめる。
「転ばないでよ」
「それは練習次第でしょ」
二人でまたがる。
ペダルを踏む。
タイヤが回る。
地面を蹴る音じゃない。
転がる音。
風が、正面から来る。
「うわ、速っ!」
エミールの声が弾む。
私は少し前を走る。
角を曲がる。
石畳を抜ける。
そして、広い通りに出た瞬間――
「あ」
向こうから、一台。
見覚えのある形。
少しだけ、ハンドルの角度が違う。
サドルの高さも調整してある。
けれど。
間違いない。
私が作ったものだ。
乗っているのは、見知らぬ青年。
ぎこちないが、笑っている。
すれ違う。
青年は一瞬こちらを見て、会釈した。
気づいていない。
作ったのが私だなんて。
それでいいのに。
少しだけ寂しい。
胸が、どくんと鳴る。
「おねえちゃん」
エミールが並んできた。
「自転車、乗ってる人いるね」
「……うん」
もう一台、向こうに。
今度は商人風の男。
さらにその奥にも、子供用に少し小さくしたもの。
私は、しばらく言葉が出なかった。
——夢みたいだ。
指の痛みも、削り屑も、油の匂いも。
あの夜の全部が、今、街を走っている。
「なんかさ」
エミールが笑う。
「街がちょっと楽しそう」
その言葉に、胸が熱くなる。
自転車が、私の手を離れて、もう街のものになっている。
風が強くなる。
ペダルを踏む。
前へ進む。
もう止まらない。
私が漕がなくても、回り始めている。
止める形は、できたけれど。
走る形も、ちゃんとできていた。
次は、どこまで走らせよう。




