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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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ルーカスの記憶2

 フィーネは、その日から毎日のように遅くまで残っていた。


 一人で。

 黙々と。


 素材を削り、角度を測り、支点を組み替える。

 紙の上で構造を描いては消し、実物に当てては首を傾げる。

 思い通りにいかなければ、最初の工程まで戻って、またやり直す。


 誰に見せるでもなく、

 評価される保証もないのに。


 俺は、それを作業台越しに横目で見ていた。


 ……すごいな。


 素直に、そう思った。


 同時に、胸の奥が、ひりつく。


 挑戦すれば、失敗するかもしれない。

 失敗したとき、どうなるのか——それが、わからない。


 期待されていた分だけ、

 できなかったときの視線を想像してしまう。


 ——大きな失敗はするな。


 父の言葉は、いつの間にか、

 「失敗しない自分でいろ」という形に変わって、

 俺の中に根を張っていた。


⸻


 ある日。


 高い位置に仮止めしていた装飾を、梯子に登って直していたフィーネが、わずかにふらついた。


「フィーネ!」


 声を上げた瞬間、梯子ごと、彼女の体が前に投げ出される。


 反射的に、魔力を練った。


 床と彼女の間に、防護結界を張る。

 勢いを殺し、そのまま腕を伸ばして引き寄せた。


 腕に、確かな重み。だけど、思ったより、軽い。


 彼女の体温が、直接伝わる。


 心臓が、彼女の分まで打っている気がして、

 自分の呼吸が、どこにあるのかわからなくなる。


 ——まずい。


 そう思って、腕を緩めた。


「……ありがとう」


 少し息を乱しながら、フィーネが言った。


「無茶するなよ」


 思ったより、声が低く出た。


 フィーネは、一瞬きょとんとしてから、小さく頷く。


「うん……次は、ちゃんと気をつける」


 それを聞いて、俺は装飾を見上げた。


「高いところは、俺もやる。

 一人でやる必要ないだろ」


 フィーネが、目を見開く。


「……いいの?」


「落ちたら困る」


 ぶっきらぼうに言うと、

 彼女は少し困ったように笑った。


「ありがとう」


 その声は、さっきよりも、柔らかかった。


 それから、装飾の方に視線を戻す。


「あそこ……支えが、ちょっと足りなかった」


「わかってる。仮止めだったから」


「じゃあ、本留めのとき、構造を少し変えたほうがいいかも」


 自然に、話が続いていた。


 初めて、ちゃんと向かい合って話した。


「完成形は、こうなる予定なの」


 彼女は、紙を広げた。

 線で描かれた構造は複雑で、でも筋が通っている。


「光がここを通って、重なって……見る位置で、色が変わる」


「……それ、魔力の流し方次第だな」


 思わず、口を挟む。


「ここで一度、拡散させてから——」


 フィーネはまっすぐ俺を見た。


「これ、できる?」


「理屈は、いける」


 できなかったらどうなるか、考えないようにして、そう答えた。


「じゃあ……これ、やってみたい」


 フィーネが、ぱっと笑みを浮かべた。


 その笑顔が、妙に胸に残る。


「もっと……ここも、大きく光が流れるようにできるかな」


 示された案は、

 正直、簡単じゃない。


 失敗する可能性が、頭をよぎる。


 でも。


 あの金色の目に見つめられていると、

 逃げ道を探す自分が、ひどく小さく感じた。


「……やってみよう」


 気づけば、そう言っていた。


⸻


 当日。


 飾りは、成功した。


 その日まで必死になって作り上げた俺の魔法が、光となって空間を走り、

 フィーネの作った構造が、それを受け止め、反射させる。


 立体の中を巡る光。

 角度によって、色と影が変わる。


 誰の目にもわかる成果だった。


 称賛の声が上がる。

 肩を叩かれ、名前を呼ばれる。


 努力が報われた。よかった。

 そう、思った。


 でも。


 二人きりになったとき——

 いや、正確には、誰も近くにいないと思った瞬間。


 完成した飾りを見上げながら、フィーネが、ぽつりと呟いた。


「……ほんとに」


 光が、構造の中を走る。


「魔法で、こんなことできるなんて……」


 少し間を置いて、


「すごい。……綺麗だ」


 俺に向けた言葉じゃない。

 ただ、目の前の光景に、零れた声。


 その言葉が、

 どんな称賛よりも、嬉しかった。


 同時に、胸の奥がぎゅっと掴まれたように熱くなる。


 もう、その横顔から。

 飾りのどの光よりも、眩しく輝く金色の光から。

 目を離せなくなっていた。


⸻


 それからずっと。


 強情で、無茶をして、

 危なっかしいフィーネを、守る役目は俺だった。


 ……だけど最近、

 間に合わないことが、増えた。


 市場で鍋の魔具が暴れたとき。

 また別の暖房魔具が暴走して、フィーネがエルンストに連れて行かれたとき。


 研究室に届いた荷物が爆発したとき。

 フィーネが開ける前に自分のところでとめてやろうと思った。


 俺が開けた箱は、抑えきれず、結局、自分が怪我をした。


 一方で、

 フィーネとエルンストがいた方は、

 彼が、完璧に制御したと聞いた。


 フィーネは、無傷だった。


 ——よかった。


 そう思ってしまった。


 自分が守れなかった事実よりも、

 彼女が傷つかなかったことに、

 先に安堵してしまった。


 それでも。


 フィーネが走り続ける限り、

 俺も、立ち止まるわけにはいかない。


 金色に輝くあの目を。

 あの太陽を。


 失う未来だけは、

 どうしても、想像できなかった。

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