余波
爆発があった日は、そのまま帰された。
現場には、エルンストとギルドの調査担当が残り、私は「今日はもう帰っていい」とだけ言われた。
そのまま残る理由もないので、言われた通りに帰った。
——そして、翌日。
研究室の前に立って、私は立ち止まった。
扉。
見慣れたはずの木目。
けれど、鍵穴に、金属の封印が噛まされている。
「……鍵、かかってる」
昨日の爆発の処理がまだ終わってないのだろうか。
鍵に触れてみるが、開けられそうにない。
触れた指先が、冷たい。
昨日まで、当たり前に開いた扉なのに。
「フィーネ」
後ろから声がした。
振り返ると、ルーカスが立っている。
右腕は、まだ包帯で固定されたままだ。
「……どうしたの、その腕で。まだ動いたらダメじゃないの」
私が眉をひそめると、
ルーカスは私を宥めるように片手をあげて苦笑した。
「まあまあ、腕だけで、身体は元気だから。問題ないよ。
それより、さっきフィーネに伝言頼まれたんだ」
「伝言?誰から?」
「エルンスト…さん」
一瞬言い淀む。社交的なルーカスには珍しく、距離を測っているような、そんな印象を受ける。
ルーカスはなおも続ける。
「第七会議室、知ってる?あの人がギルドでよく使ってる部屋。来てほしいって」
第七会議室。
エルンストがギルドで根城にしている場所だ。
「わかった。それより研究室、鍵がかかってるんだけど、理由知ってる?」
「今は、使えない」
短い答えだった。
「なんで?」
「行けば、わかる」
それ以上は、言わなかった。
ほんの一瞬だけ、ルーカスの視線が封印に落ちる。
それから、何もなかったように前を向いた。
「俺も、しばらく現場は休みだから、一緒に行く」
———
第七会議室の扉は、閉まっていた。
ノックをすると、すぐに声が返る。
「どうぞ」
中に入ると、エルンストが机の前に立っていた。
机の上には、報告書の束。
ソファに、見知らぬ白髪の男。
だらしなく腰かけている。
私が男を不思議に思っていることに気づいたのか、エルンストが、短く咳払いをする。
「後で紹介する」
それから、私たちを見る。
「まず、結論から言う。研究室は、一時使用停止だ」
頭の中が、一瞬白くなる。
切り替えて、疑問を口にする。
「……一時、ですか」
「期間は未定だ」
机の上の報告書に、エルンストの指が一度だけ強く触れた。
「理由を聞いてもいいですか」
聞かなくてもわかる気がするが、聞いておきたい。
「研究室を狙った荷が複数届き、結果、爆発が二件起きた。誰かからの悪意がある状態だ。
しかも、ギルドの検査を抜けるほど巧妙な。
この状態で研究室を使わせるのは、ギルドとして許可出来ないそうだ。」
ギルドとしては、当然の判断だ。
「期間は、安全確認が取れるまで、だそうだ」
言葉が、少しだけ低くなる。
「だが、それだけではない。この判断には、おそらく外部の意向も絡んでいる」
外部の意向。この研究をよく思わない、誰かの。
「……じゃあ、私は」
行き場が、ない。
研究室は、ここしかなかった。
「別の実験場所を見つけるまで、しばらく休みだ。 中央監査庁からも、正式にギルドに研究場所提供の依頼をかけておく」
世界は、もう動いてしまった。
そして、今もなお、どんどん動いている。
エルンストが、こちらを見る。
「フィーネ」
その声は、静かだった。
「研究は、止まらない。場所が変わるだけだ」
本当に、そうだろうか。
私は、封印された研究室の扉を、頭の中で思い浮かべた。
——居場所が、なくなった気がした。
魔法使いにはなれない。
それは、ずっと分かっていた。
だからせめて、触れていられる場所が欲しかった。
魔法の輪の、ぎりぎりの縁でもいいから。
研究室は、その縁だった。
呪文は唱えられなくても、
魔石の流れを読むことはできた。
あそこでは、私はただの“外側の人間”ではなかった。
それすら、閉ざされるのだろうか。
静かに。
確実に。
余波が、来ている。




