見えない線
夜、工房に、私は一人でいた。
考えても、答えは出なかった。
だから、手を動かしていた。
父に言われて、古い魔具の箱を拭いていた。
街の家で使われていた、灯り用のものだ。
魔石の調子が悪いらしく、うちでは手に負えないため、ギルドに返却する予定になっている。
魔石が埋め込まれている箱の隅に、灰色の粉が溜まっている。
沈石粉だ。
魔石の荒れを抑えるための粉。
魔法使いはあまり好まない。呪文の流れを乱すから。触ったり、近くにあるだけで気分が悪くなってしまう魔法使いもいるという。
でも、庶民の家では、ときどき使われる。荒れかけた魔具を落ち着かせるために、薄くかけるといいと言われている。
布で拭こうとして、指先が粉に触れた。
その瞬間——ずるり、と。
引きずられたような感覚。
私は手を止めた。
粉を見る。動いていない。
——気のせいか。
指で触る。何も起きない。
掴んで、ばら撒く。魔石の上に落ちるだけ。
……違う。
何かが違う。
沈石粉だけじゃない。
さっきは、手の動きに、微かな抵抗があった。
自分の手を見た。
指先が、少し光っている。
——油だ。
乗り物の軸に使った油。
私は、油の瓶を取った。
ほんの一滴。
粉に落とす。
指で、軽く混ぜる。
もう一度、ばら撒いた。
やっぱり、動かない。
——だめか。
私は肩を落とした。
けれど、諦めきれず、もう一滴油を垂らす。
これで最後。
そう思いながら、魔石の上に粉を撒く。
今度は——
粉が、動いた。
ゆっくりと、ひと筋に集まっていく。
怖いのに、
目が離せない。
息を吸うのを忘れていたことに、
胸が苦しくなってから気づいた。
動いている。
誰も触れていないのに、
確かに、何かに導かれている。
風じゃない。
魔石を、なぞるように。
細い線を、描く。
「……なに、これ」
見えない何かが、
そこを流れている。
確かに、そこにいる。




