開けた人
研究室の空気が、張りつめていた。
エルンストは、箱の前に立ったまま動かない。
魔力の膜は、薄く、けれど確実に存在している。
「……開ける」
それは、確認というより宣言だった。
留め金に、彼の指がかかる。
私は、思わず息を止めた。
次の瞬間。
光でも音でもない。
圧がきた。
——爆ぜた。
空気そのものが、内側から押し広げられる感覚。
耳が、悲鳴を上げる。
「——ッ!」
反射的に身をすくめた。
だが。
衝撃は、こちらには届かなかった。
エルンストの前で、魔力が幾重にも重なっている。
防護。
分散。
遮断。
圧縮。
一つでも遅れれば、破られていたと思う。
——轟音。
床が、沈む。
作業台が、跳ねる。
研究室の壁に、衝撃が走った。
それでも。
私は、立っていた。
目の前で、
爆発が止められている。
ありえない光景だった。
箱は、原形を留めていない。
中にあったはずの魔石も、跡形もない。
焦げた痕。
歪んだ床。
焼けた空気。
……でも、生きている。
「……っ」
声が、うまく出なかった。
エルンストは、ゆっくりと魔力を解いた。
一瞬、身体が揺れたのを、私は見逃さなかった。
「エルンストさん!」
駆け寄ろうとして、彼の手が上がる。
「大丈夫だ」
短く、切るように。
だが、その顔色は、良くないように見える。
「……これは」
ようやく、言葉が戻ってくる。
「事故、じゃないですね」
「違う」
即答だった。
エルンストは、爆心の跡を見下ろす。
「開封を条件に起動する構造だ。意図して作られている」
背中が、冷たくなる。
「……私、さっき」
留め金に、指をかけていた。
もし、彼がいなかったら。
「君は、何も悪くない」
エルンストが、低く言った。
「狙われた側だ」
狙われた。
その言葉を、頭が、遅れて理解する。
研究室が、急に、広く感じられた。
「……どこから来たんですか」
「調べる」
一拍置いて、続ける。
「中央を通した痕跡はある。
だが、正式な搬送記録ではない」
「……偽装、ですか」
「ああ。封印式も起動式も、
術者を示す魔力の癖が、完全に削がれている」
この研究をよく思っていないどこかの誰かが、狙って、この箱を送ってきた。
今さら身体が震え始める。
震えを、必死で押し殺す。
そんな私を見た後、エルンストは、少しだけ視線を逸らして言った。
「これからは、開ける役目は、私が引き受ける」
その言葉は、とても重かった。
守られた、と思った。
同時に、まだ、このような危険が続く可能性があるんだ、とも思ったからだ。




