確かめなければならないこと
研究室の作業台には、今日も魔石が並んでいた。
沈石粉を振りかける。
流れは、どれも整っていて、滞りはない。
私は、ため息をついて帳面をめくる。
記録は増えている。
だが、欲しい記録だけが、増えない。
「……やっぱり、ないですね」
この言葉も、もう何度言ったかわからない。
隣で見ていたエルンストが頷く。
「そう簡単には、見つからない」
それは、頭ではわかっていた。
でも。
「せめて、詰まりが爆発につながることだけでも、確認したいんです。」
いつも問題のない魔石ばかりだ。
記録だけが増えて、肝心なところに触れられない。
——このまま待っていても、同じだ。
焦れている私に、エルンストが落ち着かせるように言う。
「詰まりのある魔石は、意図して集められるものじゃない。…待つしかないだろう」
私は一度目を伏せた。
エルンストの言うことは正しい。
けれど。
「待つだけでは、進みません。意図して集められないなら…作るしかないと思うんです。
外部から衝撃を与えれば、再現できるかもしれません。」
研究室が静まり返る。
「使用中の魔具が、落とした拍子に不具合が起きて、爆発することがありますよね。
衝撃で流れが歪んで、詰まりができるなら……」
「だめだ」
エルンストの声が、鋭く遮った。
「それは、危険すぎる」
藍色の目がまっすぐこちらを見据える。
「でも、そうしないと、手に入りません」
私は、視線を逸らさなかった。
「詰まって、爆発する魔石は」
沈黙が落ちる。
ほんの数秒なのに、やけに長い。
エルンストは、しばらく私を見つめていたが、やがて視線を逸らす。
逡巡するように、眉間に皺を寄せた。
「……爆発する魔石なら」
低く、慎重な声。
「作れるかもしれない」
「作る?」
「呪文の重ねがけだ」
彼は続ける。
「同じ魔石に、別々の呪文を流す。
…魔法使いの間では、やるなと言われている。爆発するからな」
「それって、流れがぶつかって詰まりができるからじゃないですか?」
エルンストがわずかに目を細める。
「同じ魔石に、別々の道を無理に通そうとして、道同士がぶつかる。だから、流れが詰まってしまう」
エルンストは、低く息を吐いた。
「理屈としては、通るな」
少しだけ、苦い声だった。
「……だからこそ、魔法使いはやらない」
「はい。」
私は頷いた。
危険なことだ。
それはわかる。
だから、安全に行うには、エルンストの協力が必要だ。
エルンストを真っ直ぐ見つめる。
「でも、これは、確かめなければならないことだと思います」
自分でも、逃げ場のない言い方だと思った。
もし、これが証明できれば。
爆発は偶然ではなくなる。
条件のある現象になる。
ならば、止める方法も、きっと。
エルンストは、しばらく黙っていたが、やがて言った。
「君は、すぐに危険に飛び込んでいくな」
少し、諦めを含んだ声。
「無謀ではない。だが、止まらない」
その評価は、正確だった。
私は、黙って聞いていた。
「覚悟があるのはわかる。
だが、覚悟だけで越えていい線と、越えてはいけない線がある」
一拍。
「今回は、私が線を引く。
やるなら、最大限の安全措置を取る」
その言葉で、実験は決まった。
————
魔法で防護膜をはった作業台の中央に、魔石が置かれる。
通常の呪文が、ひとつ。魔石にかかっている。
出力は最低限のものを選んだ。
沈石粉を振りかける。
流れは、滑らかだ。
これまで何度も見た、詰まりのない正常な形。
私は、帳面に線を写す。
手がわずかに冷えている。
「記録しました」
エルンストはそれを確認して頷いた。
「呪文をかける」
その言葉に、私は喉を鳴らした。
二つ目の呪文をエルンストが唱える。
その瞬間。
沈石粉が、はっきりと揺れた。
二つ目の呪文が流れ込み、一つ目の流れが押される。
割り込んだ力が道を歪ませる。
細い線が太くなり、交差する。
そして、真正面からぶつかる一点。
そこに沈石粉が留まり始める。
「詰まり、確認」
息が浅くなる。
その一点に、色が滲んだ。
——赤。
沈石粉の灰色の中に、内側から滲み出るような色。
光ではない。
熱だ。
鍋の時や、暖房魔具の時と同じ。
私は眼を凝らした。
流れが止まっているのではない。
押し合った力が、その場に留まっている。
動けなくなっている。
流れ込んだ分だけ、そこに積み上がっていく。
赤が、濃くなった。
その中心から、じわりと温度が上がる。
エルンストが、即座に防護の魔法を周囲に重ねる。
「ここから先は、短時間だ」
詰まりが、魔石の至る所で起き始める。
小さな塊同士が接触して、ひとつになる。
空気が熱を帯びる。
「下がれ」
言葉と同時に。
目が眩むほどの、白い光。
音より先に、衝撃が胸を叩く。
——爆ぜた。
石の欠片が結界にぶつかり、高い音を立てる。
遅れて、鈍い爆音。
沈石粉が、ゆっくりと舞い落ちる。
静寂が落ちる。
焦げた匂い。
爆発音のせいで耳鳴りがする。
私は、自分の腕を確かめた。
怪我はない。
けれど、指先が震えている。
——再現した。
偶然じゃない。
作った。
爆発を。
私は、さっきの一点を思い出す。
最初は、小さな詰まりだった。
だけど、それが大きくなり、熱が集中し、
耐えきれなくなった瞬間、破裂した。
理解してしまった。
爆発は、突然ではない。
溜まり続けた結果だ。
私は、帳面を握りしめたまま、動けなかった。
エルンストが、結界を解除しながらこちらを見る。
「……怪我はないな」
確認するような声だった。
私は、固まっていた体を動かし、なんとか頷いた。
「ありません」
声は思ったよりも落ち着いて出た。
「詰まりが成長して、熱が集中していました。
一定を超えた瞬間に、破裂していました」
エルンストは頷く。
「詰まりが、爆発につながる。はっきりしたな」
一度だけでなく、条件を変え、呪文を変え、繰り返した。
結果は、同じ。
再現性がある。
帳面に書き込む。
これは仮説ではない。
事実だ。
——戻れないところまで、来てしまった。
知らなかった頃には戻れない。
確かめたなら、
次は——
止めなければならない。
これは、そのための研究だ。




