火の正体
ギルドの建物は、市場からそう遠くない。
裏口から入り、人気の少ない廊下を進む。
案内するのは、エルンストだ。
彼は、ここが初めてではないらしい。
一室の扉を開ける。
扉には、第七会議室と書かれていた。
「入りなさい」
中は、よくある会議室とは違った内装になっていた。
奥に、執務机。
机の上には、書類や本が置かれている。
手前にはソファと、高さの合う机が置いてある。
窓はあるが、きっちりと閉められており、外の音は届かない。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
私にソファに座るように促し、エルンストは対面に座った。
「……さて」
一瞬、言葉を探すように黙る。
「まず確認する。君は、あの魔具が危険な状態だと、予めわかっていたのか?」
「いえ。…あの、そうかなと思ってたくらいで、確信はしてなかったです」
「いつから」
「…数日前に、見た時からです」
「理由は」
「…魔石の一部が、色が鈍くなっている気がして。その部分だけ、熱を持っていました。もしかしたらそれが、詰まり箇所と一致しているのかも、と思って」
エルンストが眉を寄せる。
彼は、ゆっくりと腕を組んだ。
「なるほど」
その一言に、感情はない。
だが、確実に、何かを測られている。
「……あの」
ずっと考えていたことを、言うか迷って、一度、息を吸う。
拳を握って、吐く勢いで続きを言った。
「沈石粉を使って、魔石の研究をさせてください。
爆発する前に、わかることがあるなら——見逃したくありません」
沈黙。
彼の表情からは何も伺えない。
エルンストは一度目を閉じ、そして深くため息を吐いた。
何かを決めたように目を開ける。
「以前も言ったように、魔石は、ただ力を出す石ではない。流れを通す媒体だ」
淡々とした口調。
講義のようでもあり、確認のようでもある。
「流れが滞れば、熱を持つ、というのはありうる話だ。そして、おそらく、それが重なって爆発する」
エルンストは一瞬私をちらっと見た。
「以前君が言ったように、爆発の原因が流れの詰まりだというのは、流れを知っている魔法使いは薄々勘付いている。ただ、それを制御する方法がない。
だから、見ないふりをしている。
魔石の利便性や魔法使いの権威を優先し、安全を後回しにしてきた。」
そこで、エルンストは一度言葉を切った。
「……これは、魔法使いの恥だ」
低い声。その言葉が落ちた瞬間、部屋の温度が下がった。
彼の指先が、机の縁をわずかに叩く。
そのわずかな音に、抑えた怒りが滲んでいた。
それは、私に向けられたものではない。
私は、息をひっそりと吸う。
これは、私が軽々しく触れていい話ではないのかもしれない。
「もし、流れが見え、詰まりを事前に発見し、事故を減らせる可能性があるならば。
——それは検討しなければならない。」
そして、私を見て言う。
「様々な流れを記録し、形状や呪文などとの関係を洗い出す。そして、爆発を未然に防げる指標がないかを探す」
私は驚いて目を見開いた。
「その研究を、してもいいんですか?」
エルンストは淡々と言う。
「特別な能力は必要ない。観察と記録さえできれば、他の者にもできる」
その言葉は、線を引くためのものだった。
私を持ち上げるためでも、縛るためでもない。
「……はい」
エルンストはわずかに目を細めた。
「だが、全ての者にできることでもない。魔石を注意深く観察し、違いを感じ取る必要がある。だから、君には、その検討を実施してもらいたい。」
「…是非、やらせてください」
自分でも、これ以上見ないふりはできないと思っていた。
エルンストは頷いた。
「ただし、魔石を止められる魔法使いが必ずいる場で、だ。最初のうちは私が立ち会う」
私は頷いた。安全のためには必要だ。
「一つずつ、確かめていかなければならない。急ぐ必要はない。安全性を高めるための研究が、杜撰なものになるのは意味がない」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
「私は、中央監査庁として、この件を正式に扱うつもりだ」
「…それは」
「簡単ではない。」
私の疑問を読み取ったかのようにエルンストが言う。
「中央監査庁も、一枚岩ではないからな。魔法使いの優位性を守りたい者もいるだろう。反対は、必ず出る。…ギルドの協力も必須になる。現物を持っているのは、ギルドだ」
また、日時や場所は連絡するといい、エルンストは立ち上がった。
「帰りなさい。今日は、よくやりすぎた」
外に出ると、廊下の空気が少し冷たかった。
廊下の窓から指す光は夕焼け色になっていた。
窓枠が、石の床に長い影を落としている。
その影の上を歩きながら、私は、自分が”外側”にいることを意識した。
今までも、ずっとそうだった。
魔法使いでない私は、”内側”には入らない。
入れない。
外から、眺めるだけ。
だけど。
これから。
魔法使いではない私が、魔法の仕組みに踏み込もうとしている。
憧れていたはずだ。
だけど、その事実の重みが、遅れて足元に沈んでいった。




