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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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仕訳の向こう側(ルーカス)

 ギルドの仕分け場は、朝が早い。


 石造りの建物の奥、窓の少ない区画。

 運び込まれた木箱が積まれ、帳面を抱えた職員たちが、相談しながら作業を進めている。


 父は、その中央にいた。


 魔石の最終チェックと仕分け。

 魔法使いが呪文を施した魔石を受け取り、規格内であることを確認し、用途別に回す。

 または、市場から回収した魔具の魔石を確認し、魔法使いたちに戻す。

 目立たないが、止まれば魔具の流通がすべて止まる部署だ。


 今は、魔石が規格内かどうかを確認している。


「次、暖房用。ルーカス、そこのものだ。持ってきてくれ。型番は——」


 父の声に従い、魔石を一つ、作業台に置く。

 淡く光る、よくあるものだ。


 俺は、端で帳面を持っていた。

 正式な配属ではない。だが、人手が足りない時期は、こうして手伝うことがある。


「……父さん」


 父は、魔石から目を離さずに答える。


「なんだ」


「これ、全部……市場に出てるんだよな」


「当然だ。ここを通ったものだけが、魔具に使われる」


 淡々とした返事。


 俺は、喉の奥が少し乾くのを感じた。


「……もしさ。流れが、詰まりかけてる魔石があったとしても、ここでは、わからないよな」


 父の手が、一瞬だけ止まった。


「何を言い出す」


「いや、昨日、ちょっと話を聞いて——」


 父は、ようやく顔を上げた。

 鋭いが、責める色はない。


「呪文は正常。出力も規格内。発熱もない。

それ以上を求めるなら、魔術院の仕事だ」


 それは、責任の線引きだった。


 ここは、基準を守る場所。

 それ以上は、踏み込まない。


 間違ってはいない。

 むしろ、正しい。


 だからこそ、何も言い返せなかった。


 そもそも、流れは、フィーネのやり方でしか見えない。


「……そうだよな」


 俺は、それ以上言えなかった。


 父は、しばらく俺を見てから、声を落とした。


「最近の事故の件で、中央が動いているらしいな」


「……うん」


「中央監査庁は、厄介だ。だが、無意味なことはしない」


 そう言って、再び作業に戻る。


 魔石が、次々に仕分けられていく。


 作業は滞りなく進む。

 判を押され、箱に戻され、台車に積まれる。


 問題は、どこにもない。

 基準の上では。


 その流れを見ながら、思った。


 ——ここを通った魔石の中に、危ういものが混じっているかもしれない。


 それは、フィーネとエルンストと一緒に沈石粉が作る流れを見た時に気づいていたことでもある。


 そして、それを見抜き、制御する方法を、フィーネは探している。


 だが、それは、この場所のやり方を否定することでもある。


 父の仕事を。


 ここで長年積み上げられてきた「安全」という基準を。


 それが不十分だと言うのと、同じことだ。


 父は間違っていない。それでも。


「……」


 帳面を強く握った。


 踏み込めない。

 でも。

 フィーネも止められない。


 前を向いたフィーネは、どんどん先にいく。

 その背中を、見失いたくないと思っている自分がいる。

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