走るためのかたち
頭の中の構造を作るために、私は、必要な材料をかき集めた。
そして、父の仕事の邪魔にならないように、工房の隅に身を寄せる。
近くで、父の製材機の歯車が音を立てて回っている。
図面代わりに集めた材料を床に並べていく。
車輪。
細長い棒。
ペダルにする踏み板。
「……こうして」
車輪を棒でつなぐ。
前輪にはペダルもつけて、踏んだら車輪が回るようにしたい。
車輪を回せば進む——単純なことなのに、胸が高鳴る。
指先で押すと、車輪が少しだけ回った。
——ちゃんと回る!
「また何か作ってる?」
聞き慣れた声に私は振り向いた。
ルーカスだった。
金髪に碧い目。王子様みたいに整った顔立ちに、柔らかい表情をのせてこちらを見ている。
私とは違って社交的で、いつも輪の中心にいる彼。普通に過ごしていたら、仲良くなりそうにないタイプだ。
だけど、通っていた学校で、祭りの飾りを作る係を一緒にしてから、仲良くなった。
それ以来いつも当たり前のように隣にいてくれる。
「うん。ちょっと……乗り物をね」
「乗り物?」
彼は自然に隣にしゃがみ込み、部品を一つずつ見ていく。
「馬なし?」
「なし」
「……人が引く?」
「人が動かす、予定」
少し間があって、ルーカスが笑った。
「相変わらずだな」
悪い意味ではないと分かっている。
それでも、胸の奥がちくりとした。
彼は魔法が使える。
それも、たぶんかなり上手な部類だと思う。
魔法学校にも、行こうと思えば行けたはずだ。
なのに、行かなかった。
遠くに行けるはずの彼と、どこにも行けず、工房にこもっている私。
同じ場所にいるのに、
見えている景色が違う気がしてしまう。
それでも、こうして隣にしゃがみ込んでくれる。
その事実に、私は何度も救われてきた。
彼は棒を一本持ち上げ、角度を変える。
「ここが軸?」
「うん。ずれると、倒れるの」
「……だろうな」
支えを組み替える。
ほんの少し、車輪の回りが滑らかになった。
「……すごい」
「いや、普通」
そう言いながら、彼の手は迷わない。
私は、その「普通」に、何度もつまずいてきた。
しばらく作業を続けていると、ルーカスがふと手を止めた。
「……でもさ」
「なに?」
「これ、速くなったら……止まるの、難しくないか?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……一応、考えてる」
「そっか」
それ以上、踏み込んではこなかった。
ただ、少しだけ真面目な声で言う。
「魔法じゃないからさ。失敗したら、そのまま怪我するから」
私は、うなずいた。
分かっている。
魔法じゃない。だからこそ、より安全に作らないといけない。
夕方、エミールが工房に飛び込んでくる。
「おねえちゃん!あ、ルーカスもいる!」
「よお。エミール。今日も元気だな。」
ルーカスが微笑みながら、手を挙げる。
そして、エミールは床に置かれたそれを見て、目を輝かせた。
「なにそれ!」
横に首を振りながら答える。
「…まだ途中だよ」
「走る?」
「たぶん」
「乗れる?」
「ううん、まだ」
「いつ?」
その勢いに負けて、私は笑った。
「ちゃんと走れるようになったら」
試しに、押してみる。
少し進んで、車輪が外れてしまった。
「あー!」
「今のは失敗」
やっぱり、まだだ。
空を見上げる。
夕焼けになっても、高く澄んでいて、遠いままだ。
——空は遠い。でも。
諦めたくない。
地面の上になら、私は、自分の力で道を作れるはずだ。




