空を見上げる代わりに
初めて書いた小説のため、拙い部分もあるかと思いますが、温かい目で読んでいただけましたら幸いです。
もしよろしければ、評価などいただけると嬉しいです。
空を飛ぶ人を、私は三度見たことがある。
一度目は、まだ自分が魔法使いかどうかも分からなかった頃。
だけど、鮮明に覚えている。
風に乗って、青い空を駆け抜けて。
気持ちよさそうだなと思った。
近くにいた大人が、「あれは魔法使いだ」と言っていた。
頭上を通った黒い影が、あっという間に、街を囲う高い塀を飛び越えていく。
そのときに、遠くに行ける人なんだ、と気づいた。
自分も、いつかああなりたい、という純粋な憧れをもった。
二度目は、同い年の子が魔法学校へ行く馬車を見送った日。
そのとき、私はもう分かっていた。
自分には魔力がないことを。
内心は悔しさで一杯だったけど、馬車は、平気な顔をして見送った。
帰り道、空を見上げたら、夕焼けの中を飛んでいた。
夕日で身体が赤く染まっていて。
まるで大きな赤い鳥のようにも見えるその姿は、優雅で、とても綺麗で。
あれは、一生、”なれないもの”だ。
目を逸らしていた現実を突きつけられた気がした。
視界がかすんでも、その残酷で美しい姿から、目を離せなかった。
三度目は、今だ。
空を横切るそれを、私は工房の窓越しに見上げていた。
ふわりと方向を変え、ゆったりと空を進むその姿は、相変わらず眩しかった。
「……いいな」
声に出すと、胸の奥がきしんだ。
——魔法使い。
この町では、特別な存在だ。
尊敬されて、頼られて、遠くへ行ける。
私は、そうじゃない。
特別な才能も、特別な家柄もない。
空を飛ぶ誰かを見上げるたびに、
自分の足が地面に縫い止められているような気がした。
それを悔しく思う気持ちも、寂しく思う気持ちも、まだある。
だけど、見上げ続けるのは、少し疲れてしまった。
町の端にある、小さな工房。
父は木工と金属加工を少しずつやる職人で、母は帳簿と接客。
ごく普通の家庭で育った。
「おねえちゃん!」
足元に、勢いよく何かがぶつかった。
「……あ」
弟のエミールだった。
まだ小さくて、でも力だけは余っている。
「聞いて! 今日ね、丘の向こうまで行ったんだよ!」
「え、ひとりで?」
「ううん、友達と!途中で戻ったけど」
誇らしげな顔。
可愛くて、私は思わず笑った。
「でもね」
エミールは、急に声を落とした。
「もっと向こう、行きたかった」
その一言が、心に刺さる。
向こう。
街の外。
道の先。
私は、何も言えなかった。
だって、私も行ったことがない。
魔法が使えたら。
空を飛べたら。
弟を連れて、どこへだって行けたのに。
「ねえ…」
エミールが、私の服の裾を引く。
「大きくなったら、僕も、馬みたいに足、速くなるかな」
「え?」
「馬みたいに速く走れたら、もっともっと遠くに行けるのに!」
その瞬間、胸の奥で、何かが小さく弾けた。
馬みたいに速く。
遠くへ。
空じゃなくても。
「……エミール」
「なあに?」
「もし、足で走るより、もっと速く進めるものがあったら」
「うん!」
「乗りたい?」
「乗る!!」
迷いのない声だった。
できるかどうかも分からないものに、当たり前みたいに手を伸ばす声。
その無邪気さに少し救われる。
私は笑って、弟の頭を撫でた。
そして、空を見上げるのをやめた。
代わりに、工房の中を見る。
木材の山。金属。
——空を飛べなくても。
自分の力で、遠くまで行けるものを作ればいい。
私はそのとき、まだ知らなかった。
この思いつきが、町を、そして世界を変えることになるなんて。




